8-04
アホか!!
これはアホ友達とかバカ友とかポジティブで明るさや親しみを象徴する意味で用いた表現ではなく、直截に侮蔑語として使っていることを留意されたし。
家出。
主に若者の振る舞いとされ、保護者や家主に無断で所属する家を離れて戻らないことを指す言葉。
昔はただ反抗期の無計画な行動とされがちだったものの、近年は大人も含めて家庭内暴力から避難しているケースも見られたり、はたまたJK層が一時的な自由を求めて遊び歩くプチ家出なんてよく分からない概念が生えたりしていた覚えがある。
まあそれはともかく、
「アホか!!!!!!!!!!」
「こ、この女、ハッキリ言いやがった……!」
「うん、まあ意見の方向性は否定し辛いんだけど、もう少し穏便に、君」
心の中だけで罵声が消化しきれず、思わず口をついたことを誰が責められよう?
現にバカボンの近侍たるミギーヒダリーですら直接的な反論を言ってこなかった辺りから二人の苦慮も窺える。
彼らとて苦情は申し上げたいのだろう、不満も積もっているのだろう。
でもそれ以上に監督責任で追及されるのを恐れているのだろう、うん世知辛い。
「それで、家出ってことは書置きでも残ってたの?」
「ええ、ここに。ソルガンス様の押印に間違いなく」
押印された家出の書置きとか初めて聞いたわ。
深刻なバカ騒ぎの予感に早くも嫌気を抱えつつ、それでも問わずには居られなかった物語の導入部分。わたしの心中など知る由なきミギーが一枚の紙を示してみせる。
手紙とも言い難いペラ紙にはただ一言、意外と下手ではない字で「捜索無用」と書かれていた。
(小難しく格好つけた書き方だけど見事な「探さないでください」だこれ!?)
情緒もへったくれもなく、ただあるがままに受け取ればヒダリーの気取った出奔よりミギーの家出表現の方が的を射抜いている気がする。
一言でまとめれば「拗ねた子供が他人の気を引く」典型。自分を追い詰めた誰かに「お前が悪いんだからね!」と言い訳を作っておく雛形。
「……探すなって言ってるんだから放置しておけば?」
「そういうわけにもいかないだろ、君!?」
「お腹空けば出てくるでしょ多分」
「お前のような粗雑な奴と一緒にするな、無礼者!」
無礼者が棚を投げながら激昂してきたが事実は事実。
本気で出奔を考える者はわざわざ書置きを残したりしない。少し姿が見えないくらいで行方不明と騒がれることはないわけで、その方が捜索される初動を遅らせることが出来る。
探さないでくださいは「ちゃんと探せよ」との露骨なサイン。直接言えない不平不満がありますよアピールする前振りでしかないのだ。
──いや、そもそもの話。
(だってあのバカ息子に、絵に描いた駄目貴族の典型みたいな男に他国でひとり生きていく根性があるはずないでしょう????)
わたしの本音はこんなものである。
相手は特に親しい間柄ではない、心理状態を把握し完璧なプロファイリングを行えたと保証できるものでもないが。
他人事なことを差し置いても、あの甲高ボーカル系ぽっちゃり少年に単身で独立行動をやり抜く意気はないだろうとの冷静な視点がそうさせる。
生まれながら恵まれた環境を得ている人間が、それに拘泥せず全てを捨てさって自由に生きるのは難しいものだ。振る舞いぶりからむしろ権力ある立場を謳歌していた風にしか見えなかったバカボンに、
「ないない、有り得ない」
「何をひとりで納得している!」
「それでも真面目に捜索したいっていうなら、とりあえず学園の守衛さんに朝早くから小太り少年が出て行ったか聞いてみれば?」
「む」
「ここはカーラン学園ほどでないにせよ、広い敷地の学園だもの。出て行ってなきゃ内に潜んでるんでしょうよ」
ぶっちゃけその可能性が高いと踏んでいる。
同じ土地勘が無い状態でも外より内を逃げ惑い隠れる方が安全というものだ。特に貴族子弟が御用達の教育機関内部であれば。
「それで聞きそびれたんだけど、家出の原因に心当たりは?」
「いや、どうだろう」
「フン、それが分かれば苦労しない」
思考無しの即レスできっぱり否定してくれやがったミギーに比べてヒダリーは言い淀む気配があった。偏見込みの正答を入れるが脳筋の騎士子息よりもセトライト伯の姓を持つ彼の方が繊細で機微に長けているのは何度かの接触でも片鱗を窺わせていたことを思い出す。
貴公子然とした脳筋と野武士然とした官僚タイプ、外見と内面も好対照すぎる。誰が組ませたんだろうか凸凹コンビ。
「じゃあミギー、ちょっくら学園の正門まで走って確認してきてよ」
「何だと!? どうしてオレが──」
「この中で一番下っ端だからに決まってるじゃない、分からないの?」
「ぐぐぐぐ!!」
己の分を弁えないこの男にはあえて権力を笠に着る方が話が早い。理由に反論は無理かろうし今回は彼を追っ払う意味合いがあるから早期決着が望ましいのだ。
「ほら走って走って。守衛さんの詰め所までは割と遠いわよ」
「お前、覚えてろ!!」
それでも悪態だけはついていく根性はバカボンより備えていると認めてもいいのかもしれない。所詮は良かった探しに過ぎない程度の評価だけど。
ともあれ今重要なのはミギーではない、残したヒダリーの方である。もはや走り去った脳筋を見届けてあげることもなく、
「で、分かってると思うけど──」
「ああ、上手く彼を引き離してくれたんだね、理解しているよ」
腐っても貴族リフレイン、彼も伯爵子弟である。こちらの意図は読み取ったのだ、流石はバカボン衆の中で一番の常識枠。
──こいつを倒せばバカボン一党は破滅して、わたし的には局地的なハッピーエンドではなかろうか?
「などと早まってはいけない、誘惑に負けるなわたし」
「何の話かな?」
「いや、今聞きたいのはさっきそちらが言いそびれたことよ」
「ああ、うん、やっぱり読まれたんだね、表情を」
十代半ばにして武骨な顔に浮かぶ苦笑。伯爵家の人間が男爵令嬢に心を掴まれたことに驚きと苦みを覚えたのかもしれない。
同年代相手なら負けない程度の社交スキルが鉄面皮を貫いた結果である。しかしこれがメインキャラ勢に通用するかは未知数だ。揃いも揃って軒並み優秀な設定のある連中だからして、人格を横に置けば。
「それで、原因の心当たりを口ごもった理由があるわけね」
「口憚られることではあるんだよ、君。直接申し上げなくとも批評になるからね」
今でも充分批判される立場にあろうに、とはあえて指摘すまい。ヒダリー自身が誰かの差配で泥船に載せられている自覚があるのかないのか、あったとしても将来の上役に疎まれる覚悟で改善の意思まであるのかはわたしに関与しない事象である。
今のところは。
ミギーが隠れルートの攻略キャラだった場合はまた別の側面が出てくるだろうけど……そうでないことを祈っておくことにする。
「原因の究明と改善はトラブル回避の基本でしょうに、どうしてしなかったの」
「やりようが無かったから、悲しいことにね」
「そのココロは?」
「雑務が苦役だったみたいでね」
「それ根本的な奴じゃない……」
子供じゃあるまいしちゃんと躾なさいよ、と追い打ち口撃しなかったのは慈悲というより言っても無意味だからである。
相変わらず言い方を気取って来るが、要するに使用人と同じ労働をさせられるのが嫌だったということだ。彼らは留学メンバーに配慮する下働き、雑用係に編入されて留学同行を言いつけられた立場。背負わされた役割そのものに不満があるとすれば成程、確かにやりようは無い。
「さしずめ『僕君が庶民に混じって肉体労働させられてるなんて間違ってる!』ってそんな感じかしら」
「うん、まあ似たようなことは漏らされていたよ」
「そんな根性で出奔を本気でやり通す気力があると思う?」
「……うん、まあ」
「ミギーを走らせたけど無駄だったわね。絶対学園内に隠れてる、お腹周りに福福しさを誇るソーデガンス様にはそれが限界でしょうよ」
言い回しを着飾る傾向のあるヒダリーが返事を差し止めた。名前の訂正すらしてこないのは飾りようが無いと降参した故だろう。
「とりあえず雑務で立ち入ったことがあって人目のない場所でも探してみれば?」
「……承知した。迷惑かけついでに申し訳ないのだが、君も」
「はいはい、乗りたくない船だったけど頑張らない程度には協力してあげるわよ」
「感謝する」
「しなくていいけど恩に着なさい」
「ハッキリ言うね、君は」
軽く頭を下げたヒダリーはそのまま正門の方に走っていった。おそらくミギーと合流して方針を伝えるためだろう。こういうところで現代文明における通信機器の便利さを理解する。携帯ひとつでやらずに済む無駄の存在が明らかになるからだ。
そして『戦争編』でこの苦労を、意見交換や情報伝達の不便さで驚くべき情報が伝令兵によってもたらされるという劇的シチュエーションを生むために取り除かれたロミロマ2世界の辛みを再確認する。
「とりあえず腹ごしらえしてから見て回りましょうか。腹が減っては馬鹿に付き合えないと言うしね」
言わないかもしれない。
******
学園の食堂は広さ以外、前世の高校で利用した学生食堂と大差なかった。
机を椅子が調度品の大半を占める中、壁際に割と高価な魔導自販機まで完備されているのは貴族学校ゆえだろうか。売っている品々の値段もそれに見合ってお高い、映画館のそれよりお高いからそうかもしれない。
今日は目覚めがよくいつもより早く起きたのだけど、ミギーヒダリーに付き合って時間を取られたこともあり、既に食堂にはパラパラと利用者が先んじて食事を取っている姿が見られた。
そしてこの場において視覚よりも刺激される五感は嗅覚、スパイシーに胃袋を攻撃してくる独特の香りが当初の目的を思い出させる。
(学生食堂にカレーは定番だからねェ)
ストレスのダブル解消で健康を取り戻した若い肉体には耐え難い衝動を煽る芳香に早く食べようとの思いが先走るが慌てない、慌ててはいけない。
古人いわく「慌てる乞食は貰いが少ない」、第一歩は冷静にと近しい言葉が遺されている。まずは敵情視察、情報収集こそが最終的な勝利に結びつくのだ。
まずはメニューを確認する、様々なカレーらしき名称が挙がっているものの名前だけではどんな料理かを推察するのが難しいものもある。
次に食堂内を見回す。既に食事中の人々が口にする料理を目にすることで見た目の情報が手に入るのだ。
少ない人数の賑わい、黙々と食を進める人々を失礼にならないよう観察する。成程なるほど、日本風カレーとはそぐわない深皿を幾つも並べてるのがインド風の──
「……は?」
視線走らせるカレー観察の途中で。
食堂の隅に座り、むぐむぐカレーを食べているバカボンを発見した。
──事実だけ述べれば楽に発見できたのは喜ばしいことだろう。
危険性もなく、たいした手間をかける必要もなく、無駄な労苦を最低限で済ませられたのだから。
でも、でも、あえて突っ込む。
…… せ め て も っ と 遠 く に 逃 げ ろ や 根 性 無 し め 。




