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7-11

 運命の翌朝が来た。

 早起きは苦にならない、令嬢生活を始めてから訓練鍛錬漬けの日々を過ごしていたのだ。これくらい普通普通。

 この後に展開するだろう不遇不吉不安の三揃いに比べれば全然普通だった。

 『不』の文字に殺される。


 顔を洗い、髪を整え、旅装と訪問先用のドレスを用立て。

 まるでわたしの身支度が終わるのを待っていたようなタイミングで──多分待ってたんだろうドア向こうからこちらの気配とか読みながら、ニンジャ怖い──とにかく扉がノックされた。


「アルリー様、失礼致し候」

「あ、うん、準備は出来て…………????」


 音もなく入室してきたのは言わずと知れたニンジャ執事。

 そしてわたし。


 いや、冗談でも間違いでもなくセバスハンゾウの後ろには()()()()()()()()()のだ。


「は? え、は?????」

「こちらは某の同胞、アヤメイトと申す間者にござる」

「ハンゾウ頭目の一葉、アヤメイト。本日は此の国の者を欺くべくお嬢様の影武者を言いつかりました。ご容赦を」

「あ、うん、そう……」


 わたしの顔をしたわたしじゃない人がわたしの声で丁寧に頭を下げて来た。成程、これが昨日セバスハンゾウの言ってた見張り対策。

 影武者。

 替え玉や身代わり、陰法師やデコイとも呼ばれるが要するに本物の居場所を騙し隠すために置かれる偽者だ。創作上の存在のように思われがちだが史料を漁れば国内外を問わず意外と実在していた記録にぶち当たると兄は語っていた。


『でも影武者って似てる人が居ないと用意できないんじゃないのブラザー?』

『昔は写真や映像記録なんて無かったし、偉い人の顔を直視するのは失礼だからって似てない肖像画が量産された背景があるからな。貴人の顔なんて身近な者しか知らないし、下手すれば他人に対して本人が自分の証明も難しかったらしい』

『本末転倒ゥ』


 それでも記録上の存在、遠い彼方の存在、自分が関わることなど無いと思っていた影武者が今ここに顕現。うん、そうね、ニンジャなら変装なんて簡単だよね……。


「いや、そもそもどうやって用意したの、いつから準備してたの????」

「無論最初から、密命を帯びた時からでござる」

「あの日以降頭目の命に従ってお嬢様を観察し、擬態するために必要な情報を蓄積していたでございまする」

「やだ、とっても覗き見ストーカー告白……!」


 わたしの顔で明かされた衝撃酷薄、もとい告白。

 人目に晒されるのが宿命たる貴族とてもこれは辛い、きつい真相だ。下級貴族の特権とでも言うべき公務の少なさ、見世物要素の少なさが大貴族の配下に侵害されていた、いったいどこから何を見ていたのか聞くのも怖い塩梅。相手が相手だけに訴訟しても勝てる気がしない哀しみ。

 というかウチの執事募集の件で内情把握されてた件といい色々見張られすぎではなかろうか、下っ端男爵家がレドヴェニア大公家に。なんでや。

 これで万一にもパパンが領地運営で不正行為に手を染めてたらアウトだったに違いない。未だ処分されてないのは誠実なんだろうありがとうパパン。


「手筈通りに此の場はアヤメイトに任せ、某たちは目的の館に向かうと致し候。委細よろしいですかなアルリー様?」

「え、あ、うん、まあ」

「アヤメイト、後のことは頼むでござる。くれぐれもアルリー様らしさを失わぬよう」

「承知してございまする」


 果たしてわたしらしさとは何か、どんな振る舞いが正解と受け止められているのか、他人の判断がそら恐ろしくもあり聞いてみたくもあり。

 問い詰め処ツッコミどころは道中に聞けばいいか、と半ば投げやりに頷いた。一日が始まったばかりなのに既に精神が疲れ切っている点からは目を背けて。


******


 まだ日が昇り切らない時間、普段なら乗合馬車も動いていないだろう頃。

 町の一角、馬車の停留所ではないはずの片隅に立派な馬車が停車していたのはニンジャの仕込みなのだろう。いつ、どうやって手配したのかは影武者を用意したのに比べればまだ常識的範疇に収まるだろう、多分。


「お待ちしておりました、お嬢様、旦那様」

「運ぶ荷は某たち二人のみ、直ぐに出発していただきたく候」


 どんな契約で雇われているのか、簡単なやり取りで行き先すら指示せずにわたし達を乗せた4人乗りの馬車はそのまま朝靄を跳ね除けるが如く馬を走らせた。

 乗り心地は悪くない、むしろ記憶する限りではトップクラス。まあ比較対象の大半は我が家特製の装甲厚め武装馬車なのだけど。武骨さ優先のそれに比べてサスペンションが優しい。好き。

 これでただの観光なら文句なしだったのに!


 少し揺れる馬車の中、防音魔術の働く中でセバスハンゾウは口を開く。主の退屈を晴らそうとする楽し気な話題の提供とは掛け離れた事務的口調で、


「目的地は馬車で3時間ほどの距離、此度の件に質疑あらば今のうちに確認していただきたく候」

「3時間? 訪ねる先が辺境伯家にしては王都と近すぎない?」


 辺境伯。

 「辺境」との文言が誤解を招く率ナンバーワン。現代では地方の田舎領主を思わせる響きの単語は貴族と無縁な人々に本質を見誤らせる。

 我らが王国にも辺境伯位が無いため知名度認識度は共に怪しいが、実は偉い。


 辺境伯の『辺境』とは王家の直轄にはなり難い場所、即ち紛争戦争を想定した他国や異民族と隣接する土地を意味し、対応に即時性を求められるがゆえに王様の裁可無しに動ける独自権を渡された「王国の中に置かれた小国の王」をすら指す。

 最低でも侯爵クラス、任じられた役割や地域によっては大公に匹敵する権力を与えられるのだから超偉い。地方行政や軍事的判断を一手に担い「王家の代行」を務める場合もある者の称号、それが辺境伯である。


 その巨大な権限ゆえに任命されるのは王家に覚え良い、信頼を寄せられる御家に限られるのも特徴といえる。王国で言えばリンドゥーナと接する南方域を取りまとめるレドヴェニア大公家が概ね該当するだろう。


「辺境伯家ならもっと北、王国との国境沿いを統括できる辺りに居を構えてるんじゃないの?」

「元、との括りが付く。それが答えでござる」

「ああ、今の王様に睨まれて没落したって話だっけ」

「現状では伯爵位に降格、転封減封され候」


 降格、それは空前絶後におつらい仕打ち。

 体面大事の貴族社会で「お前は駄目だから地位下げるね……」されるのはもう顔面破壊、恥辱の極みと断言できる。元JKのわたしには実感しきれなくても知識では散々に読み解いたしゲームでも見届けた。

 そもそもわたしが抗っている第2部『戦争編』の突入はこの体面、プライドが引き鉄になって生じるわけで、貴族が貴族と胸を張るための立て看板なのだ。


 そして転封とは配置換え、減封とは領地を減らされること。

 「要所任せられないから左遷してお給料もダウンね」と降格処分に相応しいペナルティを負ったというわけだ。現代風のニュアンス的には大企業の重役がド田舎支部の係長に降格された、そんな感じになるだろうか。ただし体面的には市中引き回しにされたような恥辱付き。信賞必罰、権威主義には大事だね。

 ──とまで思考が追いついた途端、クーベラ家とやらが国から受けた屈辱の扱い、そこから繋がるもうひとつの理解が走る。


(そりゃ他国の大公家が接触なんて掛け値なしにヤバすぎる!!)


 没落名家に仮想敵国の名家が接触、もう陰謀の気配マシマシ、調略や内通、謀反や蜂起誘導の匂いしかしないし是が非にも警戒せざるを得ない。

 ロミロマ2にレドヴェニア大公家とリンドゥーナの名家が手を組んだ話なんてルートは無かったはずだけど、これも隠しルートの要素かもしれないと疑えばキリがないシリーズの勃発だ。


 『戦争編』で大小の規模差あれど離反させたりされたりの覚えが次々思い出される。貴族社会は血の繋がり、それでも太平の世ならともかく戦時の頃なら野心と保身で簡単に付き従う河岸を変えたのだ。

 ゲーム的処理とはいえ美術品ひとつ贈るだけで忠節を貴ぶ騎士が寝返ったりするんだからもう誰も信じない。


(この辺の事情は突っ込まない方がいいわね! 私文書届けたいだけっていうのも嘘なんだか本当なんだか判断つかなくなってきたし!!)


 問題の先送り、現実逃避と言うなかれ。

 いずれは直面しなければならない、事の是非確認を避けられないかもしれないが、対策しようのない難事に突っ込むなんて無謀を取らないだけなのよ。

 古人いわく、急いては事を仕損じる。石橋を叩いて渡る。こういう時は臆病なくらいがちょうどいいのよね──軽挙を嗜める言葉は沢山あることだし。


 こうして心の中に作った棚には「隠しルート案件?」のラベルが貼られた疑問難問が山積していくのである。

 ……ああ、おなかいたい。

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