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7-08

 魔術。

 生まれながら誰しもが有する魔力を用いた術式でありながら、使いこなすには並みならぬ努力と生まれながらの才能が資質を大きく左右する、「努力だけでは超えられない壁」を概念ではなく学術的に突きつける無慈悲な能力。


 こういった不条理を越えて一族が魔術に優れるよう常態化させた王国の闇、ブルハルト家の主催する魔術鍛錬教室に参加できるは誉れ──というのは派閥所属の令嬢がもらした意見であり休日を潰されたわたしが賛同できるかは別である。

 さて、そんな筆頭公爵家令嬢の身勝手が集めたメンバーは3種類。


 ひとつ、可もなく不可もなく参加もせず平素な表情で距離を置いて貴族の集いを見守る護衛&使用人グループ。

 ひとつ、魔術に前例を傾け身命を捧げるが如く教育を受けて育っただろうブルハルト派閥の令嬢2名、四女様とパナシルテ様。

 そして最後のひとつ。


「貴様、よくこんな厄介事に巻き込んでくれたな……!」

「それ四女様に大声で言ってみなさいよ、厄介事どころか現世からも解放してもらえるかもしれないわよ」

「ハハハこの野郎」

「もう諦めようミクギリス。彼女にちょっかいを出した君と、それを止められなかった僕も悪いのさ。主に運と判断力が」


 何故か異郷の地で集結するセトライト伯爵グループ。

 総勢わたし、ミクギリス、ヒルダルクの3名。この場では使用人グループに次ぐ2位勢力だよ、やったぜ。

 ……落ち着け、第一歩から冷静さをはみ出してはいけない。


 筆頭公爵家が取り仕切る此度の留学事業には他派閥の関係者も幾人か含まれている。

 例えばシルビエント家所縁のイスメリラ様、教会推薦で混ぜ込まれたわたし。

 そして雑務係にイルツハブ子爵家のバカボンことソルガンス、彼の取り巻きたるミギーとヒダリー共々セトライト伯爵の下、もっと上を辿ればレドヴェニア閥に属している。

 何故彼らがこの場にいるのかは正直分からない。おそらく大公家が押し込んだのだと思ってはいるのだけど本人達は不思議がり、姫将軍もセバスハンゾウも密命を寄越した時に何も言わなかった。


「それはそれとして負担は背負わせようと思った。まるで心は痛まない」

「なんだと!?」

「やれやれ、嫌われたものだね、僕達も」


 死なば諸共、或いは苦痛は分かつ物。

 意に添わぬ訓練に付き合わされる業を「あいつら入学前に教会で魔力測定終えたくらい魔術に熱入れてる子息ですぜ」と四女様に吹き込んだ結果がこれ。

 ダメージ分散はリスク管理の基本である。彼らを好きになれる要素もないし誰の良心も痛まない良い作戦だったと自画自賛。


(まあ巻き込んだ理由はそれだけじゃないけど)


 ミギーとヒダリーには「もしかして隠しルートのキャラかも?」との嫌疑がかかっている。特にミギーはロミロマ2に欠けている俺様系キャラの可能性を見出してしまったのが始まり。

 他の見分け方として家名の命名法則、メインキャラの姓には色の名がつけられているというのがあるが、ミギーことミクギリスの家名は「アーシュカ」。

 一見色と関係なさそうだが「赤」と「朱」が混ざってる、ようにも見えなくもないのが問題である。


(深読みが過ぎる? 赤色はレドヴェニア大公家で使っているから違うか? いや、朱色の英語表記はヴァーミリオンで別扱いだしプレイヤーを騙して驚かせる仕込みかもしれない、どっちよ!)


 との脳内問答に決着はついておらず。これが晴れない限りは一定の見張り、監視、関与を続けざるを得ない残念さが後を引いていた。

 嫌な奴らの動向も気にかけなければいけないのだから、つくづく隠しルートの情報ゼロが痛手過ぎる。


「さて、お前たちにはわたちの魔術鍛錬に付き合ってもらうでしゅ。アトロ、シュトラ、集積器を持って来るでしゅ」


 学園に借り受けた一室の教壇に2人のメイドさんが魔導機械をデンと置く。大きさはミシンサイズ、ただし周辺パーツらしき物体がぐるりと機械を取り巻くように付属されている。一目見た印象で言えばメリーゴーラウンド。中央の建造物を土星の環と環の上に固定された6種類の皿が組みあった謎の物体。

 そして中央建物の屋根に据え置かれたのはひときわ大きな水晶玉。どことなく見覚えがあるような無いような質感のそれは、


「アリティエ様、これは属性水晶ですか?」

「違うでしゅ、この機械はその辺の測定道具とは一線を画したブルハルト秘奥のひとつ『魔力集積器』でしゅ」


 魔力集積器とな?

 パナシルテ様の疑問を切って捨て、子供が自慢の玩具を披露するが如く胸を張り高らかに宣言する。

 そんな魔導機械はロミロマ2の用語辞典にも出てこなかったけど??


「大半の魔術適性判断は術者本人の魔力測定をしましゅが、そんなのは凡俗の手法。ブルハルトが誇る百識の前には非効率極まりないのでしゅ」

「それはどういうことでしょう、アリティエ様?」

「教えてやるでしゅ。従来の魔術適性確認は属性水晶を起動できるくらい満遍なく魔力を高めましゅが、適正のない属性の枠までを育てるなんて無駄も無駄なんでしゅよ」


 四女様の発言を脳内でレーダーチャート、五角形や六角形でステータスを全体表示するクモの巣グラフの図式にしてみるとなんとなく理解できた。

 魔術の属性は6種類、魔力を高める訓練とは6方向全てに平均して伸ばす形になるが、実際に適正があると判断される数は限られている。

 自分に扱える属性に合った形で魔力を育てる方が効率いい。

 理屈は分かった、分かったけど。

 どの魔術に適正があるかを調べるには計測できる一定量の魔力が必要なわけで。


「矛盾してませんか?」

「浅はかでしゅね。お前たちは『呼び水』を知らないんでしゅか」

「……呼び水?」


 呼び水。

 何かのきっかけとなるものを指す言葉。元々の意味は水を汲み上げるポンプの出が悪い時、出口側から水を注ぐことで循環を促す水のことだったと思う。

 転じて動因、トリガー、契機を指すようになったわけで──


「あの、アリティエ様、ひょっとして」

「さあお前たち、この集積器にお前たちの魔術属性に即した魔力を注ぐでしゅ。満たされた属性魔力にわたちの魔力が反応したもの、それがわたちの属性になるわけでしゅから」


 ものすごく他人頼りの計測器だった。

 成程、魔術師を一族を沢山抱える、魔術師推奨のブルハルト一門なら魔力供給も容易くできるし使い勝手の良い、無駄なく鍛える方向性を決められる魔導機械なのかもしれない。

 しれないけどォ!


「言っておきましゅがお前たちの訓練にもなるでしゅよ。『魔術を発動させず属性を帯びた魔力を放出する』のは属性のランク上げに最適な訓練方法なんでしゅから」

「え……っと?」

「高位魔術は属性純度の高い小魔力オドを呼び水に界魔力マナに働きかけるでしゅ。だから元の小魔力に不純物が混じるほど魔術発動が難しくなるのでしゅ」


 なんとなく概念的に理解できる。

 可燃物に不燃物が混ざっていると燃えづらいし燃料の嵩も無駄に増え、下手すれば火すら点かないかもしれない。魔力の場合は発動しないし使えない他属性の魔力も無為に消耗すると捉えるべきか。

 ただし、通常は小魔力単体にどんな属性が付与された状態かを観測する術はない。その不可能をブルハルトの秘奥は可能にしているという。ならば四女様の言う通り、必要な属性のみを持った魔力放出を自在に出来れば有為な訓練となる──そんな解釈でいいのだろう、おそらくは。


「アルコールの純度が高い方が燃えやすいみたいな」

「その喩えはどうなのかね、君」

「さあ、分かったならお前たちが持ってる属性の受け皿に手をかざすでしゅ。そこに属性を与えた魔力を注ぎ込むのでしゅよ。6種類埋めないと正確な測定が出来ないのでしゅ」


 四女様の命令の下、わたし達は魔力を貯める栄光を授かることになった。なったはいいが、いや良くないけど避けられないから仕方ないが。

 その前に、誰がどの属性を担当するかの問題を決めなければならない。

 ──既にこの時点で嫌な予感はしていた。


「わたしは一応全属性をいけるけど、他の人は」

「はい、わたくしは水がBランク、火と風がCランクです」

「僕は風がB、水がDだったね」

「オレは火Bと地Cだ」

「……」


 こういう時の嫌な予感は実に当たる、統計学がそこを補強してきた。

 魔力属性は地水火風の基本4属性と光闇の特殊2属性で構成される。基本特殊と呼び分けられるように特殊属性持ちは全体的割合で低い。

 要するに少人数を集めた場合、そこに光属性と闇属性の含まれる確率もまた低確率になるわけで。


「お前は全属性持ちでしゅたね。光と闇の器はお前が埋めるでしゅよ」


 無慈悲な采配が下される。

 おのれェ、ひとつの属性担当する人の2倍疲れる役ゥ!!!

 まさかこれがわたしのような外様を誘って鍛錬しようと決めた理由、負担の分散にバカボン関係者を取り込んだのに完全なる相殺は不可能であったか。


「はッ、他人を巻き込んだ罰が当たったのだろう。甘んじて受け取れ愚か者」


 ここぞとばかりにわたしを詰って来るミギー。

 一見反論しようのない責め苦への嘲笑、ざまあカンカンと言わんばかりに喜色を浮かべドヤ顔を晒しているのだけど。

 ──この男、まさか気付いてないのか。


「馬鹿な男」

「なんだと!?」

「アリティエ様、残り1枠『地』属性が埋まっていませんよね」

「そうでしゅね」


 先の申請、それぞれ高ランクの属性をそれぞれに分担させると水火風が埋まり、光と闇はわたしが担当すると振り分ければ『地』だけが足りないことになる。

 わたしが欠けた2属性をやらざるを得ないように、残り1枠もその属性を担当できる誰かが負担しなければならないだろう。


 さあミクギリス・アーシュカ、よく考えよう。

 はたして君たち3人の中で地属性適正を持っているのは誰かな?


 他人を笑う物は自分をも嘲笑う。

 そんなことわざがあるかは知らないが、因果は巡るのだ。


「3人のうちで地属性持ちはあの男だけです、アリティエ様」

「な、貴様!?」


 危ういところだった。

 もしあの男がいなければ、わたしが3属性分のチャージをやらされるところだったのを押し付ける相手が出来たのは不幸中の幸いというべきだ。


 これで2対2。わたしとミギーは相討ちになった。

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