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6-09

 恐怖。

 ミーティングに出向いたらライバルヒロインが室内に居た。

 いや確かに留学に出すのはあなたの弟妹でしょうけど。


(今回の留学で重要なのは次男の方では!?)


 などと真っ先に考えてしまったのは理性よりも早く脊椎反射が表面上の背景しか脳から引き出せなかったからだと思う。

 今回の留学、メインは3年の滞在を敷かれた次男坊のはずだ。わたし達が随伴する四女様はワンシーズンのみのお試し、顔見世、交流事業。添えられた花、刺身のタンポポのはずだ。

 しかし、第一歩を冷静に踏み出せば異なる答えを引っ張り出せる。


(ブルハルト家は女性当主のお家だもんね、跡継ぎになれない次男よりこっちを優先しても不思議はなかったわ、不覚ゥ!)


 家内でどんな位置を占める人間を交渉の場に出すか、これが如何に重要なのは言うまでもないだろう。筆頭公爵家の子供格付けランキングで見れば継承権のない男より継承権のある女の方が格上なのは道理。


(ブルハルト家が表立っての国際交流だけど、やっぱり差し出す長期滞在人質は軽い扱いの人を選ぶ程度の関係なんだなァ……)


 隣国リンドゥーナとの関係は未だ明るいとは言い難いようで、こんなところでも滅亡バッドエンドに繋がるお国事情が垣間見えた、再確認できた。

 つらい。


「……」

「……」

「……」

「それでね、それでね、ねえしゃま、それでね!」


 グループ分けされた後の人員は歓談を交えつつも各々の役割分担を話し合うのが理想だった。にもかかわらず魔女ホーリエの登場で面談の順番を待つ控え室めいた雰囲気で皆が硬直しているおかしな状況に陥っていた。

 この固い空気を読まずにはしゃいでいるのは四女様のみ。話し相手を務めているはずの魔女ホーリエもほとんど相槌も打たないのだから異様な空間完成だ。


 結局四女担当グループ全員が揃い着席するまで身動き取れない時間を強いられた。

 誰だこの段取りを整えた奴は。ブルハルト姉妹は別室で待機させるとか他にも適切な方法があっただろ!


「……えー、人員も揃いましたところで打ち合わせの方に移らせていただきます。短期留学班の班長を務めさせていただく、ハーディンと申します」


 お前か、貴様が、あなたがこの下手な段取りを?

 との視線が矢となってひとりの男に突き刺さる、矢が実体化すれば彼は蜂の巣か剣山かの二択の運命だったろう熱量で。

 無論わたしも同様に浴びせておいた、原稿を読む姿勢で顔を上げないのだから多分彼も視線の正体に気付いている。顔を上げてこちらを見なさい、こんな目に合わせてちきしょう、みんなで射殺してやる!

 睨みつけるのは原初の呪いやぞ。


「……我々の班は一季、秋から冬にかけての滞在となりますが、その間に備えて取り決めるべき事柄は条文化しておりますのでこちらの配布物を確認していただきたく」


 くそうハーディンさんとやらはオジギソウのように強い。

 一切顔を上げずにこちらの無言圧力非難を黙殺してくる。腰を曲げてもはやノートルダムの鐘状態になりながら原稿を読んでるだろう格好以外は実に強心臓の持ち主のようだ。

 ほとんど班長の独演会状態で各項目を聞き続ける窮屈な時間が流れ、手応えのない不平不満は静かに霧散する、そう思われた時。


「……では配員説明詳細の前に四女様よりお言葉をいただきたく存じま」

「その前に、少し我那よりいいかしら?」


 立て板に水の勢いでミーティングを締めようと急いだ班長を遮ったのは、沈黙の舞台劇を彩った主演にして原因。

 宝石の瞳を携えた悪役令嬢、ホーリエ・ブルハルト。

 声を荒げたり殺気を放ったり、そんな様子は全く示してないのだけど、周囲は借りて来た猫のようにおとなしく嵐が過ぎるのを待つかのよう。

 わたしの場合は未来の可能性を見据えてさらに倍だ。超こわい。


「は、な、何か問題がございましたか?」

「いえ、ただ可愛い妹がお世話になる方々に改めて挨拶を、と思ったのですわ」

「は、はい、それならば、ぜ、是非お言葉賜りたく」


 無敵の強心臓も正面突破に為す術なかったようだ。声を震わせながら壇上を退き、麗人に場を譲る。

 彼の慄いた様子に気付いたのか気付かないのか、静々と上品な姿勢と足取りで高台に立つひとりの魔女。姫将軍とニアミスした時も思ったことだけど、ただ歩く、ごく自然な振る舞いが他人を率いる者の雰囲気を放てるのだから生まれながらの上級貴族という人種は格が違う。


 こんなのを相手に運命の舵取りをするのかと思うと心が冷えて重くなろうというものだ。助けて『公爵』ルートのライバルヒロイン、あなただけはゲーム通りに絶対強者のオーラを放つことなく安らげる陽だまりのままでいて。


「──さて、予定になくこの場をお借りしたのは、ブルハルトの名代としてではなく我那個人、我が家の四女アリティエの姉として一言お願いをしたかったのですわ」


 悪意を纏わない筆頭公爵令嬢は楚々として──わたしうそをついた、年下なのに最早色っぽさを浮かべつつ威圧感少な目に挨拶を始めた。

 これがロミロマ2の誇る悪役令嬢、ナイスバディナンバーワンキャラの威容。ただし威圧感は左程無い、何故なら


(語尾が「のですわ」になってるから公務モードじゃないってことね)


 あくまでゲーム知識の話だが、ホーリエは立場を背負った話し方と普段の口調が分かり易く変わるキャラなのだ。

 貴族の立場では堅苦しく、私人としてはお嬢様語っぽい「のですわ」語で話す。これはこれで立ち位置と機嫌が読み取り易いのでわたしにはありがたい。


 ──この一見チョロいお嬢様に見えたキャラがゲーム内で悪役令嬢担当なのはプレイヤーを騙す引っかけ要素だったわけなのだが。お家を背負う覚悟において彼女は姫将軍に負けない矜持と持っていたのだから。


 ともあれメインキャラの口調個性はキャラ付けとして大事、薄氷踏むような上級貴族とのやり取りに差し込む一筋の光的に。


「アリティエはまだ8歳、短期なれど他国に留学するには早いと我那も心では思っているのですわ。しかしあの子もブルハルト、為すべきを為さねばなりません」


 魔女の双眼がこちらを向いた。ヒエッ。

 ──いや、反射的に心の口を引っ込めたものの、視線はわたしひとりに向けられたものではないようだと悟る。

 彼女の視線の先には、わたしを含めた四女様のお友達役4人が縦並びに座っている。


「特にあの子と生活空間を共にするあなた方には平に願います。アリティエとどうぞよろしくしてあげて欲しいのですわ」


 魔女ホーリエ、いずれヒロインと対立して悪の華扱いされる激情の女性。

 しかし今ここに居る彼女は妹の身を案じている長女に過ぎない、そう感じ取れる。

 ホーリエ・ブルハルトはゲームでも情愛の深いキャラだった。しかしここの彼女はゲームの役割を全うするだけではない、生きて他の誰かも愛する人なのだ。


 だから、つい。


「頑張らせていただきます」


 つい、素で応えてしまった。

 他の3人は誰も返事らしいことを吐息ほども漏らさなかったのに。


 ちょ、あんたら黙ってるってずるくない!?


「……あなた」

「は、はいッ」


 4人に広く向けられていた宝石の瞳がわたしひとりに集中してきた。

 落ち着け、落ち着くんだ、心は常に冷静に第一歩を踏み締めるんだ。第一歩から踏み間違えてフライングしたですって? 心の中のセバスティングは厳しいなあハハハ。


「あなた、確か教会推薦の」

「は、はい。この度はドクター・レインより過分な推挙を受けて恐悦至極に」

「……全属性持ちの?」


 ヒエッッッッッ!!

 心というか魂が縮み上がるとはこういう事か!

 声にも視線にも殺意はない、無いように思う、思いたい。

 だけどわたしは知っている、『大公』ルートのライバルヒロイン、ホーリエの勘所、触れてはいけない3種類の逆鱗の存在を。


 ゲームでヒロインのマリエットと決定的に亀裂を差し込んだ3つのポイントを。


(即ち『魔術』『魔法』『婚約者との関係』!)


 現時点でわたしは3つ中で2つの地雷に足をかけている。バレてないにせよ、そのつもりは無かったにせよ『魔術』と『魔法』でリーチをかけている、下手に動けば爆発が待っている。


(魔術の全属性所有、そして魔法の先んじた覚醒。どっちもマリエットが学園でやらかして睨まれる奴ゥ!!!)


 ホーリエ・ブルハルト。

 魔女の家に生まれた傑物、宝石の瞳を持って生まれた長子、魔術属性を5種類備えて生まれた才媛。

 だからこそ、星ひとつ欠けた彼女の前に全属性所持で現れたマリエットは存在するだけでホーリエの自尊心を甚く傷つけたのだ。


 そして今、わたしがそれをやってしまっている。


(おおお落ち着け、落ち着けわたし! 大丈夫、まだリカバーできる切り札ワードがあるッ!!!)


 引き上げられたものは落とせばいい。

 嫉妬と羨望は「取るに足らない」と思われればいい。

 だから告げる、真実の言葉を。


 ノーマルエンドのために、その6。ニアミスすれども興味は引かず。

 今こそ魔女対策に用意したキーワードを放つ時。


「恥ずかしながら、全属性の資質がDランクですけどね……アハハ……」

「……ええ、不思議な話もあるものですわね」


 全力で力なく弱々しく笑う。おかしな表現だが的確な現状認識だと思う。

 その甲斐あってか雷光閃く宝石の輝きが困惑の灰色に染まった。計測の日にミギーヒダリーが陥ったのと同じ状態、羨めばいいのか蔑めばいいのか迷った色。

 究極の才能とどん底の素質無しの共存、そりゃ困るよね、わたしだってどうかと首をひねったし。


「……ともあれ、アリティエは未だ魔力を伸ばす修行の身。この留学期間、或いは魔術に目覚めた場合にあらゆる属性持ちのあなたが控えてくれていれば心強いのです」

「は、はい。短期留学の際にそのような機会があれば」

「妹をよろしくお願いしますわね、アルリー・チュートル」


 かくして魔女は穏やかな視線で周囲を見回し、改めて四女様への力添えを皆に願って場を後にした。

 しかし室内に残る緊張の痕。誰も動かず、姿勢を正したまま。

 この時のみんなの心はひとつ──今度こそ退場した、退場してくれた、くれたよね?


 それまで横に控えていた仕切り下手の班長ハーディンが廊下に顔を出し、しばし左右を見渡した後、両手で大きな丸を出した。


「────ほッ!!」


 全室に響く安堵の呼吸、これにて一件落着。

 予想外の魔女演説を越えて、ようやくわたし達はそれぞれの役割を果たすミーティングを始めることが出来る。


「では此度の座長とでも言うべきブルハルト家の四女様、アリティエ様に挨拶していただきましょう。アリティエ様、こちらにどうぞ」


 そう、ここからようやく当事者たちの話し合いが始まるのだ。

 ──だからこの時は気付いていなかった。

 ホーリエ・ブルハルトが。

 自己紹介もしてないわたしのフルネームを完璧に知悉し、全魔術属性保持の相手だと把握した上で行動してきた事実を。


 ここで変に目立たなくても魔女からロックオンされてた危機を迎えていたことを。

 後で理解して冷や汗が止まらなかった。

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