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6-07

 この日のカルアーナ聖教大教会は主に多目的ホールの役割を果たしていた。


 常ならば事務的な役所の雰囲気が強い建物が、珍しく実務より虚飾を以って塗り固められた一角に支配されているように感じられる。輝かしく、それ以上に独特の緊張感を以って空気を染め上げている故に。

 大貴族ナンバー2、ブルハルト家の威光が建造物にすら及んでいるというのは決して大袈裟な表現ではないだろう。


「実際の煌びやかさは社交界ほどでもないのにねェ」

「そうでございますな」


 此度の企画はリンドゥーナ留学に伴う事前壮行会。

 本格的な見送り会は出立時に行われるのを前提にした顔合わせだ。

 既に関係者各位に配布された壮行会スケジュールを一見したわたしの感想は、


「これ入学式だ」


 現代のニュアンスに置き換えるとそんな表現がピッタリ嵌る。

 まずは体育館に一同を集め、人員が揃いきったところで偉い人の挨拶と各部門の担当官発表。

 後にクラス分け通りに人員は割り振られ、個々の懇親。

 流石に集合場所は体育館ではなく多目的ホール、パイプ椅子に座って待たせるのではなく立食パーティ形式など細かい差はあるし、入学生在学生の送辞答辞タイムは無いにせよ、全体の構図はそっくりなのだ。


「お嬢様、何やら不審な点でも?」

「なんでもない」


 慣れない式典に戸惑わずに済む、知識に関して何が役に立つか分からないものだね、と感心しただけである。

 着替えを終えたわたしは早速会場入りしておく。今日は流石に自分のコネ作りに精力を上げるのは自重するつもりだけど、何がどう作用して良縁が転がり込むかもしれないし。

 犬も歩けば棒に当たるのである。

 ──いや、これは必ずしも良いことわざではなかったんだっけ?


「流石は筆頭公爵家の仕切り、周囲の衣装が豪華すぎるゥ」


 第一印象はこれである。

 目算では主役のブルハルト家次男と四女に数名のお付き、さらに数名の護衛官に背後控えの護衛騎士達が十数名、水属性魔術の特化術師数名。

 重要人物を守るには少ない構成は、あくまで国際交流を建前にした留学の証。相手を信用していますとのポーズで武装も護衛も厳重に、しかし国元から連れて行くのは最低限。相手の国に任せるのが礼儀だからだ。

 かくしてここに並ぶのは選ばれた精鋭、さぞかし高貴な家系のお方たちなのだろうと想像のつくお召し物の数々。


(社交界じゃないって前置きがあってこれだからお金持ちは)


 お値段評価はさておき、人数が少ない理由はもうひとつ、ここに居並ぶのは全員お貴族様オンリーだから。

 大名行列に参加するのはお殿様とお侍さまだけではない。別仕えに雑務全般を取り仕切るメイド隊、単純に肉体労働担当の人足などの方が多く組み入れられる。そんな裏方の庶民たちはこの場に参加する資格が与えられていないだろう。

 貴族万歳ロミロマ2世界、格式高い上級貴族ほど権威を示すべく庶民には厳しいのである。

 このような上級貴族空間をざっと一回り歩き、ひとつ得た結論は。


(わたし程度が話しかけてオッケーな相手が少ないィ)


 身分が下の者が上の方に話しかけるには正当な理由が必要との不文律が横たわる。

 例えば伝言、公的な用向き、決闘の申し入れなどなど。

 元が筆頭公爵家の集めたメンバー、大半が男爵家よりもずっと格上のお家柄だ。とても話しかけられない。稀に見かける騎士階級らしき人たちもおそらく偉い人のお付き、かつ明らかな年上なので接触が難しく。

 とてもアウェー感が激しく厳しい。


(部屋の隅で会が始まるまでおとなしくしてよっか)


 それともドクター・レインの研究室で暇つぶしも悪くない──


「お、お前、こんなところで何してる!」

「……は?」


 身の置き所なく精神的な猫背になっていたわたしに斬り付けて来たのは、どこか聞き覚えある甲高い金切り声だった。怒声という程ではない。多目的ホール全体に響き渡らせるには声量が足りない小声といってもいいだろう。

 ただし蚊の羽ばたくモスキート音を彷彿とさせる不快さを伴う声に覚えはあり、振り返り動作が完了するよりも前に記憶の糸は手繰り終わっていた。


「これはこれはお久しぶりでございます、イルツハブ子爵家嫡子ソルガンス様」


 視線の先には小山が丸い体を揺らしていた。

 イルツハブ子爵令息ソルガンス。

 心の中で様をつける必要性の無い彼とは、とある社交界で腕をアークロックしたりされたりの仲である。あの騒動から3年は経過したにもかかわらず、彼の印象はあの時とほとんど変化無く、小太り体型と声に至ってはまるで威厳を宿していない。

 同じセトライト伯爵家の派閥かつ筆頭子爵の座にあるお家の嫡男らしいのだけど、家柄以外の部分ではあまり良い育ち方をしていないように思う。失礼ながら未来が危ない、子爵家の。


「くそッ、お前なんかに挨拶されたくない!」

「それは失礼をば。ではこれにて」

「ま、待てよ! なんでお前なんかが」

「そういえばどうしてソルガンス様はこの場に? 何やらブルハルト家から拝命を?」


 こちらも別に会いたくなかった。

 格上渦巻く会場で揉め事は御免と退出しようとしたのに、空気を読む気の無いバカボンが面倒な質問を放ちそうだったので先に封殺する。


 それに一応不思議に思ったのも事実だ。

 チュートル家もイルツハブ家も上を辿ればセトライト伯爵家の膝元、さらなる上流はレドヴェニア大公家に辿り着く。筆頭公爵家に連なる家ではないし、お声がけされる身分でもない。

 わたしにはドクター・レインに情報を売られた経緯があってここに出向かざるを得ない理由が生じた。ならば彼にも似たような原因があるはずだ。

 ──例えば、彼も全属性持ちだとか?


「フ、フン! お前なんかに教える理由は無いな!」

「それは残念です。では改めて失礼致します」


 最初から素直に答えてくれるとは思っていなかった。

 それでもこちらが質問者、あちらが回答者の形に落ち着き、思惑通りに彼の中ではわたしをやり込めたとの自己完結はしてもらえたようだ。

 ならば話はここでおしまい、改めて解散と相成りまして。


「あ、お前! なんでこんなところにいやがる!?」

「おや本当だ、これは驚きだよ、君」


 うん、嫌な予感はしていた。

 真ん中がいて右と左が居ないのは不自然だとは思っていた。なら最初から一緒に並んでおきなさいよ、半端に割り込んで退場を阻止しないで欲しい。


 ごく自然な離脱の演出を台無しにしてくれたのはミギーとヒダリー。魔術測定の時に少々会話を交わしたバカボンの近侍たちである。

 ミギーは優男系オレ様キャラで、ヒダリーは屈強な小型ゴーレム体型の似非紳士。それぞれがバカボンを守る護衛を兼務しているはずなのに、今日は帯剣せずに正装をまとっている。


「つまるところ場内スタッフじゃないってことになるわねェ」

「何をブツブツ言ってやがる、ここはお前みたいな奴が入り込んでいい場所じゃないだろ。何やってんだ、ああん?」

「それは自分にも当て嵌まるのでは? ねえ騎士令息のミギーさん?」

「こ、こいつ!」

「止めておけ、話術で彼女に勝てるわけがないと忠告しただろう、君は」


 瞬間沸騰を果たしたミギーを抑えるのは外見よりもずっと冷静なヒダリー。

 いかにも無骨そうな見た目をしているが、この凸凹3人組の中では一番理知的な性格をしている。それも当然かもしれない、彼はセトライト伯爵家の一員。

 伯爵家の人間が筆頭子爵家嫡男の近侍をしている図式、主従の結びつきをさらに強める意図が見える構図なのだけど。


(ただし、あんたがバカボン達と一緒にランディをイジメてたことは忘れてないわよ)


 遠く離れた友を思い出す、あの男もまた心根は立派な高慢貴族の一員である。

 そんな個人的な怨恨とは別に、主の軽挙を嗜めて嫌われ役を買うほど思い入れてはなさそうだとの貴族的分析も向けている相手だ。将来的に何かの役に立つかもしれないと。

 他人を利用する際に良心があれば痛むものだが、ヒダリーには呵責を感じずに済むメリットは脳裏に刻んでおこうと思う。


「同僚が失礼したね。それで改めて聞かせて欲しいのだが、どうして壮行会に出席しているんだい、君は?」

「それ、お答えする必要ありますか?」

「出来ればね。何しろ現状に戸惑っているんだ、僕達は」


 如才なくミギーの行状を詫びながらも続く問いかけに婉曲的な否定を返したのだけど、言葉を継いだヒダリーの声には確かな困惑が混じっていた。


「急遽、そう、急遽だね。突然、父──セトライト伯から推薦されたんだ、僕達は。ブルハルト家が主導するリンドゥーナ留学に随行し勤めを果たせってね」

「……詳しい説明は何もされなかったと?」

「その通り。何も分からないままここに来て、見つけたってわけさ、君の姿を。なら答え合わせが出来るんじゃないかと期待したんだが、どうだろう」


 成程、一応筋は通っている。

 訳も分からず他派閥主導の政策に歯車として組み込まれた。政治的に物が見れるなら何らかの力学が作用したと察して居心地も悪くなろう。

 自分のため、お家のため、座りをしっかりさせたいヒダリーの気持ちは理解できる。

 ──とはいえ、わたしの置かれた状況が彼らと合致する保証はない上に。


(あまり説明したくないんだよねェ……)


 理由は教えてもいい。特にミギーとヒダリーは理由の一端を既に知っている。

 わたしが推挙されたのは魔術の全属性持ちが原因で、同時に魔術測定をした2人はそれを目撃しているのだから今更隠す必要はない。

 だけど。


(原因がもたらした結果を話すと多分こじれる。バカボンがいるからまずこじれる、場合によってはミギーもうるさくなる)


 過去の僅かな接触でも彼らのプライドの高さ、肥大ぶりは窺い知れた。

 魔術の全属性持ちを端に発する結果はどう転んでも彼らの無駄に大きな矜持を悪い意味で刺激するだろう。

 さてどうするか、無視して逃げるのが早いけど問題の先送りでしかない。しかしここで教えれば直後がうるさくなる。どちらがベターの選択か、


『皆様、長らくお待たせ致しました。これより壮行会につきまして上長の挨拶をさせていただきたく──』


 わたしの迷いを魔導スピーカーが切り裂き、壮行会の本格開始を告げ始めた。

 これ幸いと話を切り上げ、ついでに男爵令嬢の身分で何故この場に立っているかの回答も残しておくことにする。直接答えないのは少々憚るから。

 せめてわたしの居ない場所で騒いでくれますようにとのよりベターな選択。


「あ、おい、君」

「壮行会の参加者リストを見ればよろしいかと。それで答え合わせしてくださいませ」


 筆頭公爵家の四女様に付くお供のひとりに選ばれたからです。

 経緯や個人的心情をさておき、事実だけを並べれば自慢が過ぎる理由ゆえに遠まわした理由。この配慮が彼ら全員に通じるかは定かではない。


 ……無理かな、バカボンやミギーは逆恨みしそうだし。

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