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6-06

 隣国リンドゥーナは王国の南方に位置し、こちら側には北方に領地を構えた筆頭公爵家ブルハルトに属する貴族領は存在しなかった。

 故にブルハルト家が音頭を取る壮行会といえども、南下する一団を集め準備する拠点にブルハルト家傘下の貴族領を選び執り行うのは現実的ではなく、代行して場所を提供するのが王国より協力要請をされていたカルアーナ聖教会になるのは妥当な判断だと言えた。


「それで~、セトライト伯爵領の大教会を間借りする~、筋は通ってるよね~」

「元より多目的に人数の集まることを想定した建造物でございます。貴族の社交会は政治的あれこれが発生致しますが、今回のようなケースにはうってつけかと」


 セバスティングが操る馬車に揺られ、カルアーナ聖教会を目指すのは随分久しぶりだ。何しろ魔法に目覚めてから教会に訪れる手段は転移魔法だったから。

 時間短縮になるし、優秀な執事を御者の立場で拘束する時間も減らせるのだから一石二鳥だったのだ。

 個人の用件には最適な魔法、個人用限定で応用は全く利かないのが玉に瑕。


「気が重いな~」

「やはり緊張致しますかな、お嬢様でも」

「『お嬢様でも』って点に多少の憤りは覚えるけど~、そうだね~」


 基本的に筆頭公爵家が人選しただろう留学スタッフの顔合わせ。大半は上級貴族の関係者、係累か仕える立場の人間なのは容易に想像できる。

 そんな中、教会のトンデモ博士の推薦でねじ込まれた、爵位も低ければ違う派閥の小娘がわたし。素性にはどこにも歓迎される要素が無い。


(四女様の友人役だもん、普通は絶対伯爵家以上の子供が付けられるだろォン!?)


 ブルハルトの四女様は当然のこと、周囲に侍る友人役にも気を遣わなければならない環境がわたしを待っている。控えめにいって居心地の悪さが保証されていた。

 事前に知らされた関係者リストを頭に思い浮かべる。報告書毎に更新される内容にちらほら書かれた伯爵家令息、侯爵家令嬢の名前。あの辺りがお付き候補なのだろうことは想像がつく。

 消えたり追加されたりする貴族子弟の名前、筆頭公爵家の覚えがいいように色んな派閥内駆け引きが起きているんだろうなと考え巡らせられたのは他人事である間。


(燦然と輝く、一向にリストから消える様子のないわたしの名前ェ……)


 教会推薦の意向、或いは威光が働いているのだろう。

 幾度と無く刷新される関係者一覧からアルリー・チュートル男爵令嬢の名前は一度も消えることなく、こうして壮行会の日を迎えた。

 余計なお世話である。そこは頑張れよ政治圧力、忖度なんかに負けるな。


「偉い人、いっぱいなんだろうね~」

「比率は少ないでしょうが参列はしているでしょうな」

「それだけでもしんどいんだけどな~」


 ──まあそれだけならいい。よくはないけどいいことにして先に進む。

 わたしの気が重い理由はそれだけではないのだ。


 懐をゴソゴソ漁り、摘み出すのは一通の封切られた手紙。壮行会のお知らせと並行して届いた高級紙仕様な封書。

 周辺域のトップにしてウチの男爵家も属するセトライト伯爵家からの手紙。明らかすぎる関係性、2段階上の貴族から親を通さず告げられたのは。


 わたし個人を召喚する旨であった。


******


 パパン相手でなくわたし個人を直接狙った公式文書。

 このパターンは以前ペインタル子爵家のサリーマ様から奇襲を受けた経験がある。しかしあの時でさえ間接的に子爵家の子女と友人だったからとの関係性を持っていた。

 だけど今回はまるで繋がりがない、もとい向こう側にとって眼中に無いはず。仮にパパンは知っていてもわたしの存在など知る由もないはず。

 伯爵家の当主からすれば、男爵家の令嬢などは部下の部下の子供に過ぎないのだ。


『それが何で……?』


 即座に開封し、謎めいた伯爵家からの手紙に目を通す。


『……うぐゥ』

『お嬢様の胃の痛みを考慮したホットミルクでございます』

『気が利いてるのか皮肉なのか分からないけどありがと』


 僅かに砂糖と蜂蜜の入ったホットミルクの味は優しかった。事態は何も変わらないけれど多少気が楽になる、気分だけ、ほんの気持ちだけ。

 幾分顔色が改善しただろうタイミングで気の遣える執事は問いを投げてきた。


『それで、如何なる内容で?』

『……「おめでとう」と「ちょっくら顔貸せや」ってところかな』

『はあ』

『出だしは「短期留学でブルハルトの四女様のお付きに選ばれる名誉を我が一門の令嬢が賜ったこと」云々の文言だったんだけどさ』


 ひとしきり隣国との緊張緩和に動いたブルハルト家の役割を褒めつつ、事業の一助にチュートル家が参画している賛辞を記した後。

 これ絶対最後のが用件だよね、って感じに付け足された一文。


『壮行会の後、一門からも餞別を渡すから教会に人を送る、だって』

『ほう、それは名誉なことですな。額面的には』

『素直に受け取れないよねェェェェェ!』


 餞別をくれるというのなら直接物を送ってくればいい。わざわざわたしに接触し、あまつさえ会場に別室こしらえて話し合おうなんて構図にはならない。

 これは直接対面して何かをする意図が透け透けすぎるのだ。


『そもそも関係者のわたしですら壮行会の時間と場所をさっき知ったばかりなのに、なんでこの手紙はそこまで把握してるのよ!? 怖いよ!』

『流石は上級昇格を窺う貴族の諜報合戦、魑魅魍魎でございますな』

『筆頭公爵家の事業に探り入れるとか、伯爵が本気すぎてドン引くゥ……』

『派閥間の火種になりかねませんな、ホッホッホ』

『丸ごと見なかったことに出来ないものか……』


 無い頭であれこれ予想を立てても愉快ならざる結果にしかならなかったので、わたしは考えるのをやめた。


******


 伯爵家からの餞別、実質の召喚状。

 あの時放棄した思考は未だロクな結論を導き出せていないままだった。


「なァんで伯爵家から呼び出されるんですかね~……」

「お嬢様は3年ぶり、2度目の召喚ですな」

「スポーツの優勝記録みたいな言い回ししないでくれない~?」


 野球もサッカーもあるロミロマ2世界では通じる表現であっても、誇らしげな様子からはかけ離れた不名誉な記録なのは変わりない。


 マリエットのデビュタント偵察の際、ランディをいたぶっていたバカボンの腕を捻って以来の扱い。あの時は目撃者多数かつ呼ばれた理由も分かり易かったので特に臆する必要はなかった。正々堂々と己の主張を繰り返せばよかったのだけど。


 セトライト家。

 コネの拡充を求めるわたしとっては垂涎の、しかし関わると予想だにしないイベントに巻き込まれる因子の発生源としか思えない伯爵家。

 これ以上の突発的イベントを避けるべく距離を置いた対応をしていたつもりが、今回は向こうから押し寄せてきた。遠因は別にあるにしても、だ。

 そしてその遠因こそがブルハルト家。

 『大公』ルートのライバルヒロイン実家。あまりにも遠く、『学園編』まで関わることもないはずだった爆薬。


(前門のブルハルト、後門のセトライト。逃げ道が無さ過ぎるんですけどォ!?)


 隙を生じぬ二段構えイベント。

 ひとつを越えてもふたつ目の待つ心理的トラップ感。立ち向かうのは必須、ならば如何にして事を荒立てずにやり過ごすか。

 名誉ある役目を仰せつかった高揚感などとは縁遠い心境で馬車に揺られる。


 待ち受けるのは光の神殿か、それとも闇の伏魔殿か。

 ……あんまり光明が見えないけどなんとか二択ってことにしたい。させて欲しいプリーズ。

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