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6-01

 それはどこかで見た光景。

 過去に何度も繰り返したイベントシーン。


『知っているかしら? ブルハルトの別称──蔑称を、あなたは?』


 彼女は妖しく微笑んだ。

 その咲き方は他人を魅せる華には遠く、芳しくも惹き付ける鮮やかさをも欠いて。

 魔術師ならばこう評しただろう、ただ禍々しいと。

 妖艶なる花を前に唇を結んだマリエットに対し、彼女は誇らしげに、どこか蔑みを堪えた声で自ら答えを告げた。


『輝かしき大公家と違ってこう呼ばれているのよ、我がブルハルト家は──「魔女の家」と』


 わたしは知っていた。公爵家第1等、御三家の長、大公家に次ぐ名家ブルハルト。

 その名家が何故そのような蔑称で言い表され、国内の貴族たちから敬愛よりも畏敬、畏れを以って囁かれるかを。

 当主には必ず女性を据える、女は他家に嫁がせ血縁を繋ぐ風潮の強い貴族社会で異端となる家訓も理由のひとつだろう。


 しかしその最たる理由は、魔の力。

 大公家が王家を血で支える『王国の影』であれば、ブルハルトは魔を駆使する『王国の闇』を司るがため。


『ブルハルト家の女は総じて魔術に才気表す者が多い』

『其の力を以ってブルハルトは王家に尽力してきたの』

『故に家を継ぐ条件と言っても良い程に、魔とは家そのもの』

『そして時には魔法を授かる者も──この我那(われな)のように』


 ようやく気付く。これは『大公』ルートのイベントシーンだ。

 ブルハルト公爵家の長女にして『大公』ルートライバルヒロイン。そして彼女もゲーム中に存在する4人の魔法使いのひとり。


 彼女の瞳は氷のように冷ややかで、炎のように情念を秘め。

 そして堪えきれない痛みのように黒い光を放つ──色違いの双眸、別なる感情を混ぜた虹彩異色、白紫と暗黒のヘテロクロミア。

 左右別色の瞳が敵対者を射抜く。


『ブルハルトの血は魔女の血脈。魔なる有り方が一族の誉れ……それを易々と、軽々と、そして無自覚に才気をひけらかす』


 やがて両眼に宿るのは怒りの一色に染まる。

 ヒロイン視点でなく観察者、第三者視点だと彼女の意見にも頷ける点はあった。マリエットはあまりにも自分の才能に無頓着だったから。

 ──眩しすぎる光は時として他人の目を灼くにもかかわらず。

 その才能が従来の関係を壊し、未来に悲惨な結末をもたらすのだけどそこはそれ、そういうゲームなので。


『あの方に代わりシルビエントの名を背負う、アティガ様の御心を惑わす虫でなくとも……否定されるべきなのです、ブルハルトの血にかけて、あなたは』


 ほんの一瞬垣間見える、筆頭公爵令嬢の本音は増幅する悪意と魔力に掻き消える。

 これは『大公』ルートで発生する激突イベントの前口上。第1部では珍しいヒロインとライバルヒロインが直接対決するイベントの中でバトルに展開するものだ。


 でもやめて止まって。

 そのイベントは貴女が信奉者を使って裏でやっていた陰湿なイジメ工作が本格化、表面化しちゃう契機になる事件だから!

 最終的に貴公子アティガとの婚約が破棄される流れを作る奴だから!!

 貴女の激情が墓穴掘っちゃう奴だから!!!


『なればこそ、ここ死ぬるが──』

「ストップゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!」


 ──時間は深夜。

 ベッドの上で跳ね起きた状態から即座に状況を理解できるのはきっと第一歩は冷静に務めて事態を整理できる余裕があるからだろう。

 大声上げて飛び上がった過去は忘れよう。


「……何か嫌な夢を見た気がする」


 残念ながら内容は覚えていない。

 ただ過去の経験から面白い夢とはどこまでも続きを見たくなるもので、脳もあまり目を覚まそうとしない傾向があるように思う。

 逆に眠り深いはずの真夜中で目が覚めてしまうのは。


「あんまりいい夢じゃなかったんだろうなァ」


 ポリポリと頭を掻いて、思い出せない悪夢に気を向けたのも数秒。

 再び布団と大きな枕にポテリと身を預け、熟睡の姿勢に入る。

 記憶から零れた夢に拘泥しても何も得られない、時間の無駄なのだから明日に備えて体調を整える方が大事なのだ。


 ──そう、意味はない。

 思い出せても意味は無かった、それは正しい。

 たとえ内容に多少の近しい未来が篭められていても。


******


 わたしがロミロマ2世界に転生を果たして5年が経過した。

 年にして14歳、中身の精神年齢と近付く今日この頃。転生人生が順風満帆なのかは評価し難い。王国の未来を救うべく本番の『学園編』に備えて研鑽すること幾年月。

 得たものも「なんでこうなるの」と得られなかったりハプニングを起こしたりもしながら過ごした日々も山場を迎えつつある。


「ついに来年の春、カーラン学園に入学するんだよねェ」

「時間が経つのはお早いものですな」

「そうとも言えるしそうとも言えない気分」


 カーラン学園。

 いわゆる『学園編』の舞台となる貴族専用教育施設。

 「学園では身分の差に囚われず」との建前の下、入学条件が爵位持ちの子息子女並びに関係者のみといきなり足切りかけた矛盾を体現しつつ。

 3年の在学期間で内政外交のシミュレーションを行ったり将来の人間関係を見据えたり媚を売って構築したりする、ついでに礼法作法を習い武力を高め魔術を修める長期滞在型の社交場である。


 この解釈は多少の偏見が入っていても大きく的は外していないだろう。一応は本気で学問を修めたい人用に院制度もあるのだけど院生進学者はあまり……との事実も偏見予想を補強していた。


 ちなみに西洋風情緒の溢れる町並み世界観だけど入学時期は春、4月。

 ゲームでも桜並木の背景が美しかった、西洋ファンタジーなのに。

 ここはワシントンかな?


「気の早い話だけど、寮生活が基本だからしばらく家ともお別れなのよねェ」

「は、既にセバスティングめは一時の別れを惜しみ流す涙を拭うハンカチを用意してございます」

「嘘八百万の鬼が笑わない? それ」


 学園は王都近くに置かれているため、辺境の地から遠く離れた都会にある。

 往復しての通いなどは到底不可能であるため、ほとんどの生徒は3年の寮生活を強いられるのだ。

 わたし的には遊びにいくのではなく未来を勝ち取る戦いに向かうつもりで出向くのだからそれはいい、いいのだけど。


「わたし、ひとりで何でも出来るけどそれで問題ないのかしら」

「流石に使用人のひとりは付けるべきかと」

「うーん、お給金」


 当然ながら家での役目あるセバスティングは勿論、家事一切を取り仕切るエミリーすら連れて行くわけにはいかない。

 そうすると寮生活で身の回りを世話する使用人が新たに必要になる問題が発生。


 ここでも「学園では身分を忘れて」云々の建前が崩壊しているように思うが、生徒の中には既に親の仕事を手伝う、後継者として辣腕を振るう子息子女がいるのだから雑事にかまけてられない面もある世界観設定が光る。

 結果、使用人の付属は学園内での快適生活に不可欠とされている。さあどうする貧乏男爵家、というわけだ。


 正直に言えば全ステータス12のわたしに生活関連で出来ないことはない。炊事洗濯掃除となんでもござれ、なんだったら庭木の世話や壁の塗り替え、今なら魔導機械の魔力補給や簡単な整備だってしてみせらァって寸法。

 セバスティングの領域には遠く及ばずとも大抵のことはこなせるのだけど、貴族の面子的にそれはどうなのかと頭巡らせる必要が出てくる。

 しかし人を雇うと人件費がかかる、かかるのだ。


「普通なら手隙の執事などを雇うんだろうね、高いけど」

「有能な者は既に雇われているのが常とはいえ、そうでございますね」


 自営業の方々はバイトひとり入れるか入れないかでも効率と出費の関係で悩むと聞き及ぶ。いわんや複数年契約で優秀な万能選手を雇おうとすれば。

 下手な騎士を召し抱えるよりもずっと高くつきそうな相場が頭痛の種。


「一応騎士階級の家々から自己推薦を待ってる状態ではあります」

「それ、何かお得なことあるの?」

「自分からやりたいと言うのですから、多少はお安く雇えるかと」

「世知辛いィ」


 騎士階級の子息子女であれば最低限の礼儀作法を身につけている。名乗り出たそういうお家の次男女三男女を吶喊で執事メイドに仕立て上げる、との算段らしい。

 あくまで対外的な措置、最終的に自分でやればいいと思っているので別に問題はない。その件は有能執事の采配に任せておくことにした。

 まだ1年ある、彼に任せれば悪い結果にならないとの信頼もあることだし。


 ──そう、まだ時間がある。

 そんな風に思っていたのに数日後。

 セバスティングが余所行きの顔で一枚の封書を取り出した。


「お嬢様、お手紙が届いております」

「え、公文書? またサリーマ様?」

「いえ、そちらはいつもの絵画でございました」

「うん、そう……」


 ペインテル子爵家令嬢のサリーマ様は芸術肌のKYだ。

 悪い人ではない、良い悪いで区切れば確実に良い人に分類されるお方なのだけど。

 ちょっと距離感や踏み込み速度が常人とは違うだけで。


「もはや季節毎の定番イベントですな、ペインテル子爵令嬢の絵画は」

「気持ちはうれしい」


 時節の挨拶と共に贈られてくるサリーマ様の風景画。彼女が新進気鋭の天才画家と知られ、時折あちこちの画廊で展覧会が開かれている様子は色んな手紙や風説で耳にする機会が多い。

 ただし。


「お嬢様のお部屋を公営で開放すれば、並の画廊に勝る展覧会場になりましょうな」

「わたしもそう思ったけどやめて」


 腐っても貴族令嬢の私室、わたしの部屋は現代日本の一般家庭に比べればそこそこの広さを誇っている。

 その部屋の壁を埋め尽くしているのは気鋭の天才画家が手掛けた風景画だ。

 冬の訪問を経て友情を誓い合ったっぽいイベントをこなして以降、わたしの家にはサリーマ様からの絵が届くようになった。基本は季節の変わり目、時々ランダムで。

 なので換気はかかせない、シンナー中毒になりそうで。


「またお礼の返信を書くとして、わたし宛の手紙っていうのは?」

「こちらに。封蝋は『カルアーナ聖教会』のものですな」

「教会? なんで??」


 カルアーナ聖教会、魔術及び魔法の測定でお世話になった機関だ。あの時の契約に基づき、今でも時々足を伸ばしては個人的な魔力の計測に協力している。

 ──魔法を授かったことを報告した時はひどい目を見た。

 魔力の消耗が激しいから何度も使えないと言ったが最後、大量のMPポーションを積まれて好きなだけ飲めと言われたのだ。


 結果、転移のしすぎとポーションの飲みすぎで吐いた。

 お嬢様をなんだと思ってるんだあの博士は、と思ったのも悪い思い出である。


「まさか正式な協力要請で召還とか? 嫌な予感しかしないんだけど」


 敬虔な信仰心とやらと無縁なわたしと教会の関係などその程度にしか心当たりがない。むしろその線で無理難題を吹っかけてきそうな心配の種が萌芽しそう。

 愚痴っても仕方ないと封書を開く。時節の挨拶などのない、極めて事務的な文章がつらつらと書かれた内容とは。


「は? 留学ゥ??」


********************

あけましておめでとうございます。

本年も御贔屓くださいませ。

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