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「──それくらいで勘弁してあげてくれないかね、レディ・チュートル」
もう少し追い打とうと言葉を放つ前に、鼻の詰まったような少年の声が先んじた。
消去法で誰の発言かを確認するまでもない、魔力測定の3番手。
ミギーに比べるとやや背が低く、その分を屈強さで補ったようながっしりした体つきをした少年。巌のような、との前置きが似合いそうな彼の家名は先程聞き及んでいた。
セトライト。
伯爵家の血筋を証明する名だ。この場での立ち位置はともかく、家の名前には一定の敬意を払うべき相手だと見据える。
「……セトライト家の方の仲裁であれば」
「ふッ、ありがとう。礼を言うよ、アルリー嬢」
はっきりと断言できるキザったらしい物言いで少年は微笑んだ。ポーズ的には手に薔薇でも持ってるところを夢想しているのかもしれないが。
──うん、悪いけど似合ってない。
そういう振る舞いは白皙の美少年、線の細いスタイルの子じゃないと少々辛い。国民的猫型未来ロボットアニメのいじめっ子を髣髴とさせる重心低い体型の人がやっても違和感を醸して滑稽に映る欠点があるのだ。
まだ少年期の成長途上、運命の裁定が下った後だとは言わないけれど、現時点では失礼ながらミギー少年の方がらしく見えると思う。
目指すべきはゴリマッチョではなく細マッチョだよ、気付いて。
「改めて自己紹介を。ヒルダルク・セトライト、彼と同じくソルガンス殿の近侍を勤めている。お見知りおきを、アルリー嬢」
「これはご丁寧に。アルリー・チュートルです、念のため」
表面上はにこやかに挨拶を交わす。
──心中でわたしは忘れていない、例え主人の行いに倣ったものだとして、彼もランディを痛めつけていたひとりであることを。セトライトの名前はコネ足りえるとしても心から仲良くはなれない相手だろう。
しかし彼もまたバカボンの近侍ということはヒルダルク、即ちヒダリー。誰かの左側に立つことを強いられた名前なのは面白い偶然と一致といえよう。
他に気になる点はセトライト伯爵家の人間、格上の子息が子爵家令息の側近を勤めている構図。そこに政治的な意図を感じるのは深読みではないだろう。様付けでなく殿付けなのにも注目だ。
「ミッキー、落ち着きたまえ。気持ちは分かるが喧嘩腰なのも良くないぞ、君?」
「だがなダルク、この女のせいでオレ達は」
「先に手を出したのはソルガンス殿だ、その事実が変わらん以上は口外するだけ利にはならんよ、君」
外見だけはそこそこ貴公子然した男の激昂ぶりを見た目粗野っぽい岩石少年が宥める図式。見た目で判断すれば反対になりそうなのにな、と思うと少し面白い。
他人の漫才を観察するのは楽しい、けれど高みの見物は長く続かないのが常。元々はミギーによるわたしへの敵意放射が発端だったのだから当然というべきか。ヒダリーの取り成しでやや落ち着きを取り戻した様子で、
「とにかくだ、こうしてオレ達が待機させられて迷惑を蒙っているのはお前のせいだろう。一言謝罪があってしかるべきだと思わんのか」
「もう少し頑張りましょう」
「何を!?」
そもそも難癖の原因はアームロック事件なのは見え見えなのだから、何を理由にしても口実でしかないのは丸分かりである。そこを採点して差し上げたのにお気に召さないご様子だった。
ミギーは沸点低いなあ、と冷めた目で見ていると左のヒダリーがやれやれ系のポーズで首を振っていた。お仲間の稚拙なイチャモンに取り付く島無しと判断したのかもしれない。ミギーよりは道理を弁えたお人のようだけど、やっぱり動作は似合ってない。客観視しよう自分を。
「責めるべきは担当職員の不手際であって、わたしに責を問われても」
「なッ、何を!」
「なので文句なら教会の職員にどうぞ。なんなら今すぐ受付窓口に訴え出ればすぐに帰してもらえるのでは?」
「ふぐぐぅ!?」
そもそも先の測定担当は慌てて飛び出す際、わたしも含めて誰にも「ここで待ってて欲しい」とは言わなかった。わたしは二度手間が予想されるので自主的に留まる選択をしたのだけど、そこに検査を終えた3人が含まれるとは思わない。
それくらい自分で考えて行動すればいいのでは? とのニュアンスでバカにしておく。最初から敵視されてるならこれ以上関係が悪くなることもないだろう。
「もう少しモノを考えて言葉にする知恵を身につけることをお勧めしますわ。取り成してくれたお友達も呆れてましてよ?」
わざとヒダリーに水を向ける。迷惑そうな視線を送ってきたがお互い様、むしろわたしの方が迷惑なのだから筋違いではあるまいか。
ミギーとヒダリーの力関係は分からないけど、暴れ馬を制御するのは持ち主なり御者なりの役割だ。ちゃんとしてもらわないと困る、他人が。
「そ──」
「そんな言い方無いと思うの!!」
何か反論しかけたミギーを超音速ボイスが追い越した。
すわ伏兵か、と目を向けた先には、両手を胸の前で握ったポーズの少女ありけり。そういえば居たっけ、程度の存在感に収まっていた測定2人目。
水属性がBで羨ましい少女だった。
名前は──なんだっけ、火属性魔術の運用構築に気を取られて聞き逃したような。
「ミッキーはいい人だもの優しい人だもの尊敬できる人だもの!」
「う、うん?」
彼女の名前を思い出そうと黙考したのをどう捉えたのか、少女は理ならぬ情いっぱいの言葉を投げてきた。
「そりゃ時々は強引すぎることもありますけどそれはミッキーが頼もしい方なのと裏返しですもの悪いことではないはずですもの!」
「あ、あの」
「第一将来の騎士様ですもの今は子爵様をお守りしてらっしゃるけど将来は可愛い奥さんを守ってくれるに決まってるもの!」
「え、えと?」
「でもあたしは既に嫁ぐ相手のいる悲劇ってきゃッあたしったら何を言ってるのかしら今はそれどころじゃなくてミッキーの話でしょそうそうミッキーを侮辱するなんて人の心がありませんの!?」
「ちょっと話を」
「あなたが一言謝れば全て丸く収まってみんな笑顔ニコニコでしたのに自分勝手な人ですわ恥ずかしいと思わないの思いなさいよそうは思わなくて!?」
「はな」
「それでもミッキーはお優しいから土下座まではきっと求めませんがどうしてもとおっしゃるのなら床に額をこすりつけて許しを請うのがよろしいと思いますわよホホホホですのよ!」
ひとりで一喜一憂喜怒哀楽している少女に置いてけぼりを食らう。
立て板にダム放流、そんな感じのトークに返事をするタイミングが掴めない。いや、そもそも彼女はわたしとの対話をする気が最初からないようだと社交スキルが囁いて来る。
あの舌から生まれたような少女は単にわたしに謝罪を要求しているだけなのだ。反論も異論も不要、命じるのだからそうなさい、ただそれだけ。
(ここで「サリーマ様」って固有名詞を思い出すのは失礼よねェ)
一瞬だけ脳裏を過ぎった芸術家系友人の姿を振り払う。サリーマ様は圧倒的に空気を読まないKYだけど対話をする気はあるし話を聞いてくれることも多い。恥ずい絵のタイトルを変えてくださいと言えば分かったと了承してくれたように。
しかしこのマシンガントーカーは違う、他人とは命じれば従うもの、そう思って声がけしているに過ぎないのだ。当て嵌めるなら悪役令嬢気質、
(なら相応に地位の高い令嬢ということになるけど……何者かな?)
性質的に格上のお家令嬢の可能性が高く、下手な手は打てない。さりとて最初から話し合うつもりのない相手に名前を問うても無駄だろう、ならばどうするか。
「ミギー、ミクギリス・アーシャカ」
「な、なんだ」
「男爵家令嬢としてお願いするんだけど、あの子をなんとか黙らせて」
「む、無理を言う──」
「んまあマッキーに命令するだなんて厚かましいおこがましい小賢しいですのね身の程知らずの我が侭も大概になさいこの自分本位の言い掛かり女!」
「ああうんそうだねごめんね、無理だったね」
古今東西、ヒートアップする対立関係を打開もしくは停滞させるのは第三者の乱入だ。場合によっては空気を損なう闖入者、歓迎されない雰囲気の破壊者、今回ばかりは早期の登場を願わずにはいられない。
当てはあるのだ、飛び出した職員が戻ってくれば──
「──メルシー、お待たせしたでございます。っと、随分賑やかですね」
がらりと部屋の扉を開けて登場したのは先の職員氏、そして氏に連れられてやってきたのは案の定、魔術学の圧迫面接氏。
のしかかるように身を乗り出してくる蛇怪ドクター・レインだった。
「珍しい測定結果が出たと聞いたのですけれど……お嬢さんはさっきの大物ミレディ!」
「あ、どうも……」
「お嬢さんなら何かやらかしてくれると思っていたでございますよ、トレヴィアン! しかしこんなに早くとは予想外でノンノン」
両手を牙に捕食されてブンブン振り回される。きっと獲物を弱らせるのが目的だ。それでも悪意が無い点で舌禍少女の銃弾に比べればまだマシかもしれない。
かくして尻尾をガラガラさせて喜びを示すか如くのドクターの登場により、不毛な言い争い或いは少女独演会は中断された。
ただし遺恨は何ひとつ改善されていない。




