5-04
わたしの魔力に反応し、水晶が点燈または脈動する。
「こ、これは!?」
今までの3人とは明らかに異なる複雑な明滅を繰り返す水晶に、職員が驚きの声を上げて立ち上がった。
正直に言えば目がチカチカする。激しいフラッシュが鳴り止む気配を見せず、幾重もの残像を作っていく様子はパケモンショックなる単語が脳裏を走る程だった。
(まぶしい)
ゲーム上の魔力測定イベントはルーレット形式。
どの色が固定されるかの演出方式で、決してここまで大袈裟なネオンフラッシャーではなかったのだけど。
これがリアルか、と現実逃避気味に光が収まるのを見守っていた。壊れたりはしないだろうとの確信はあった、才能の申し子たるヒロインですら計測不能で爆発するスカウター事変は起きなかったのだし。
はたしてわたしの予想が正しかったのか、暴れるミラーボールめいた光の乱舞ショーは終わりを見せた。あれほど明滅した水晶も今は落ち着きを取り戻し、柔らかな光を灯すに留めていた──全ての色を。
「ろ……ろ……」
「ろ?」
「6属性全て、ですって……!?」
目に焼きついた残像を払う間もなく、静まった水晶の代わりに今度は職員さんが大袈裟な悲鳴を上げた。
魔術には6種類の属性があって、個々人によって所有する属性が異なる。ほとんどの人は2種類、才能によってはそれ以上の属性を有し、基本属性3種類と特殊属性1種類でも所持すれば飛び抜けた才能を有した天才と褒め称えられる存在なのだ。
王国史上でも数える程しか居なかった全属性所有なんてトンデモ設定が付与されていたキャラはヒロインだけである。
(そうそう、マリエットはこのイベントで全校に名前を知られる存在に──)
「って、あれ?」
目の前で全種類の光をピカピカ放っている水晶を見立て、何か他人事ではいられないイベントが起きているような気がしてきた。
いやいや、いやいや。
魔術の6属性全て反応している?
そういうのはヒロインが背負う宿業であって没キャラに与えられるような代物ではないのではあるまいか。ねえ。
「あの、その……」
「ドクター・レイン、ドクタァ・レインンンンンン!!」
わたしの呼びかけに応じる気配すら見せず、職員さんは奇声を上げながら部屋を飛び出していった。彼が叫ぶ名前は『学園編』の教師キャラ、伸び上がる大蛇ことレイン・ソルイボゥヌさんに違いない。
魔術学の教師になるキャラだったし、きっと魔術の学問的権威なのだろう。
「何故オオゴトにするゥ」
子供だけが取り残された室内で大音響を奏でた彼が消えたことで、今度はボソボソヒソヒソが弱々しく反響する。
音の発生源は背後、振り返ると先に魔力測定をしていた少年少女がわたしを窺いながら仲良くヒソヒソ話をしていた。薄暗い部屋で3対の光を宿した瞳の光沢はあんまり好意的には見えない。
(なんでよ、せめて好奇の視線で妥協していただきたい)
素っ頓狂に駆け出した大人の暴走に付いていけないのはわたしも同じなんだから、そこは仲間に加えて欲しいんだけど無理っぽいので孤独を噛み締める。
ああ、ああ、やはり伯爵領は風水的に方角が悪いのかもしれない。訪れる度に何かよからぬイベントが発生するし。今度から出かける前は北東の方角に壷でも飾ったほうがいいだろうか、もしくは金色の財布を持ち歩くとか。
「おい、お前」
「そもそもこの世界で風水の理論って効くのかしら」
「お前だ、お前、アルリー・チュートル」
声変わりしきってない男の呼びかけがわたしを叩く。
──もとより好意的でない感情の視線には気付いていた。不本意ながら色々やらかした実績から小馬鹿にされる心当たりもあるのでその種の類だと考えていたのだけど。
わざわざ声をかけてくる程だとは想定していなかった。
(まさか、『学園編』を前にして同年代との対立イベントを味わう羽目になろうとは)
ある意味感慨深い。
貴族令息令嬢の間で発生する喧嘩、諍い、イジメ、派閥争い。これら避け得ない対立を取り扱うイベントは当然ロミロマ2でも幾度となく発生する。
特に『大公』ルートのライバルヒロインはいわゆる「悪役令嬢」であるため、他ルートに比べて多めに盛られていたのを思い出す。気位が高く自制心が成長しきらない子供の頃の「あの子気に入らないわ」で始まる因縁導入。
わたしも貴族令嬢に転生した以上、そういった人間関係の負の側面とは無縁でいられないとは思っていた。現に友人のランディがそれ系のイジメに合い、相手をアームロックする珍事に見舞われたのだけど、いずれは自身が渦中に置かれる覚悟はしていたつもりだった。
しかし、しかし。
(なんで相手が男?)
普通、令嬢をイビるのは同格以上の令嬢なのでは?
記念すべき初因縁の成り立ちがいきなり屈強な──というのは少々ひょろい体格ではあるけど、とにかく偉そうな男なのは納得できない点。
ほら、この男と一緒に語らってた女子とか、そっちが来るべきでは?
──ただし彼女の視線には強烈な敵愾心などが含まれてないので望み薄だったのである。
「聞こえてるだろ、アルリー・チュートル」
「…………はァァァァァァ~~~~~」
わたしの嘆きなど気付くはずもない無神経そうな声の連打。
礼を失した発言を無視するのもおとなげないので、盛大にため息をついてから視線を合わせて差し上げる。
「なんだお前、無礼だぞ!」
「ご自分を棚に上げすぎでは?」
「なんだと!」
やれやれ系の態度がお気に召さなかったのか、激昂したのは測定一人目のひょろ男。確かアーシャカという家名を呼ばれていたと記憶しているけれど、生憎わたしの作成した貴族リストにも交流リストにも載ってない名前だ。
物腰も特別洗練されてもおらず、騎士階級辺りの子息かと当たりをつけておく。
「そも初対面の女性相手に怒鳴りつけるあなた様はどこのどちらです?」
「しょ、初対面だと!?」
「少なくとも挨拶を交わした覚えはありませんが、はて?」
おや、と予想を外した怒り方に戸惑う。
遠まわしに「あなたの名前なんか知らん」と告げた形の挑発、怒声もそれを受けた反撃で返されると思っていたのだけど。
何故か「初対面」と言われたことに怒ってきた。
──そう言われても困る、嫌味でもなんでもなく心当たりが無いのだ。社交スキル12のわたしなら挨拶を交わした相手を忘れるはずもないのだけど。
「お、オレはミクギリス・アーシャカ、お前に社交場で恥をかかされたソルガンス様の近侍だ! 忘れたとは言わせないぞ!」
「……………………おお!」
手をポンと叩いてわざとらしく得心したポーズを取る。これは彼の主張もわたしの記憶も間違っていなかった。
ソルガンス、ソルガンス・イルツハブ。
マリエットのデビュタント社交界でランディにイチャモンをつけて絡み、わたしがアームロックを極めた子爵令息。その近侍ということは、関節極まった彼の後ろで取り巻きやっていた片割れということになる。
成程、彼の「初対面ではない」主張に嘘は無かった。しかしわたしの「挨拶した覚えが無い」との感想もまた誤りなく真実。
むしろあの場でただ後ろに立ってただけの護衛、近侍の素性を覚えておけというのはハードル高いのでは? もしくは、
「あれだけで自分が記憶されているはずとは、流石に自意識が高すぎではないでしょうかミギー」
「ミギーだと!? お前に愛称で呼ばれる覚えはない!」
「わたしもお前呼ばわりされる覚えは無いのですがミギー」
礼を失する相手に礼儀を通す理由が無い、それだけの話である。
ただ本当にミギーが愛称なのか、誰かの右側に立つ宿命を生まれながら背負っちゃったのか。
「そもそもアーシャカという家名に聞き覚えが無いのですが、ひょっとして騎士階級でいらっしゃいますかミギー?」
「……ぐッ」
悔しげに黙り唸り続ける彼の態度からして、子爵家に仕える騎士の息子な予想は当たったらしい。
最下級でもれっきとした貴族の男爵令嬢と、準貴族階級で枠の空き待ち状態な騎士の子息。この差を順序でみれば階級ひとつ差に過ぎない、しかし縦割り社会ではとてつもなく大きい差があるのだ。
本当ならこの手の身分を盾にした振る舞いは中身・現代高校生なわたし的には気恥ずかしいので御免蒙りたいのだけど、相手がそういう輩だと効果的なのだから仕方ない。
内心の羞恥を社交スキルで覆って押し通すことにした。
「あなたは騎士階級の出、わたしは末席ながら男爵家の出。ならどちらが礼を尽くすべきか、少し考えてみれは如何かしらミギー?」
「うぐ」
「この無礼な仕打ち、男爵家から正式に抗議を送る方がよろしくて? アーシャカがどのお家に仕えているかをお聞きしてもよろしいかしら?」
「うぐぐぐ」
「男爵家の令嬢が問うているのです、片膝をついて騎士臣従の敬礼をしながら答えるのが筋ではなくて? オッホッホ」
「うぐぐぐぐぐぐぐ」
演技からちょっと楽しくなってきたのは否定できない。
しかし礼儀を問う者が礼儀を欠いている因果応報を刻んでいるのだからこれくらいは追い詰めないと道理に合わない。仕える相手のイジメを放置していた騎士子息なのだからさらに倍。彼の顔色を恥辱で赤黒く染める程度は可愛いものだろう。
子爵令息の場合と違ってここには他人の目は無いのだし。
「──それくらいで勘弁してあげてくれないかね、レディ・チュートル」




