5-03
魔力の測定。
専用の魔導器具を使うと聞けば、大仰な儀式を想像しても不思議はない。
しかし体重を量るには体重計に乗れば済む、その程度に測定自身の手間はかからないのだ。
「ではお嬢様、ご武運を」
「何と戦えと」
特に意味の無いエールを送られ「計測室」と書かれた部屋に入る。
雰囲気的には標本の置いてない実験室。
明度を落とした暗めの明かりに照らされた、そんな感じのがらんとした部屋には何人かの先客と机の上に置かれた物体がひとつ。
「ほほう、これが属性水晶……」
ゲームのグラフィックで見たことのある物体だけど、こうして本物を目の前にするのは初めてだ。外見は握りこぶし大の水晶を6個組み合わせた燭台、或いはランプ。
水晶のひとつひとつが地水火風光闇の6属性と対となり、明滅度で5段階の資質を表す。部屋の明かりが暗めなのは測定結果を見易くするためだろう。
しかし体重計と異なり、本当に普段は使い道のない道具である。
「えーと、本日は魔力計測にお出でいただきありがとうございます。一日に複数人が申請してくることは珍しいので、ちょっと驚きです」
わたしが最後の申請者だったのか、白衣を着た大人のひとりが前に出て挨拶を始めた。担当職員の彼は冗談か本気か、微笑みを浮かべながらの内情トークを交えてくる。
改めて室内を見回せば、わたしと同年代の少年が2人、少女が1人いる。彼らがおそらく計測希望者。成程、魔力測定を『学園編』までやる気のない少年少女が多い設定を踏まえれば希望者4人は千客万来に等しいのかもしれない。
「測定自体は簡単、水晶の前に置かれた鉄板に触れて魔力を注ぎ込んでください。それだけです」
簡単といえば簡単。
しかし『魔力』ステータスが10を超えていないと「魔力を何かに注ぎ込む」挙動が出来ないという罠が待つ。『魔力』を鍛えるのは時間がかかる、それをゲーム上でも転生後でも体感したわたしは世界一そのことを理解していると言っても過言ではないだろう。
(『学園編』まで魔力測定する子が少ないのって、そういう理由なのでは?)
意欲の無さより自信の無さが講じた結果な気がする。わたしのようにステータスを数字で確認できるわけでもないなら尚更だ。
物理的・魔術的な威力は無いけど努力の成果が見て取れるステータスの数字化って意外と強力なチートなのかもしれないとしみじみ感じる。
「では申請順で測定を始めます。ミクギリス・アーシュカ様、どうぞ」
先客3人のうち、背の高い少年が進み出る。まだまだ成長途上の体つきで、どちらかといえば細身の少年が属性水晶の前に立つ。気負いからかどこかぎこちない動作で手を突き出し、測定用のパネルに触れた。
水晶はしばらく様々な色に明滅する、正直直視すると目に悪そうだ。
徐々に明滅はゆっくりと、脈動をやめるように静寂を取り戻し、輝きを固定する。
色づいた水晶は6個中2個。灯る色は赤と茶、明度は赤が強く茶色はやや弱い。
「属性は火と地、資質はBとCですね」
「そうか、分かった」
判定結果をミクギリス少年はどう思ったのか、鷹揚に頷いた姿からは読み辛い。
ただしわたしがロミロマ2のゲーム視点で結果を評すなら、あまり高いとは言えないだろう。属性2種類持ちは平均的、資質はBならややマシ、Cが可も無く不可も無いレベルだ。彼の将来の展望は知れないが、魔術師にはあまり向いているとは言えない結果だった。
ただし生まれながらの才能が全ての属性はともかく、資質は努力で1ランク上げることが可能だ。彼は火属性なら資質A、一流の域に達することも出来る。
火属性は言わずもがな、戦闘に秀でた魔術が多く前衛職には必須とも言える。
(わたしが運用するなら火属性一点特化の魔術騎士かな?)
脳内で他人の人生をシミュレートしてしまうのはゲーマーの習性かもしれない。
すまし顔で失礼なことを考えているうちに、2人目の少女がパネルに触れていた。先程と同じように明滅を繰り返した水晶は少女の適正を的確に表示する。
「属性は水と風、資質は両方ともBですね」
「え、やたッ! やりましたよミッキー!」
(そうだね、羨ましいかもしれない)
育ちの良い令嬢らしく無邪気そうに喜び、先に測定を終えていた少年へと笑いかけた少女に心の中で同意しておく。
水属性は回復と清浄を司る属性。
クルハと対戦した後にメイドさんが汚れを落とす『浄化』の魔術や、わたしがエミリー対策に覚えたいと思った『状態異常解除』など、便利に使える魔術の多さが特徴だ。
風属性も決して悪くない。空を飛べたり他人を窒息させたりとトリッキーに使える魔術が揃っている。
そして資質がBなら努力でAを狙える。頑張り次第で一流になれるのだ。実に羨ましいことである。
「次はヒルダルク・セトライト様、こちらに」
(セトライトォ?)
3人目の少年、1人目の子に比べるとやや背が低く、やや体つきががっしりした少年の家名に驚く。
セトライト、言わずと知れた伯爵家の家名だ。
この辺り一帯を治める辺境の頂点、上級に手を伸ばした下級貴族と評判名高き一族に名を連ねた者。権威の脅威をサブカル知識で理解したわたしでも警戒心を持たずには居られない名前だ。
──ただし、不自然にも感じる。
セトライトの家名を持つ少年が供のひとりも付けた様子なく、計測室の外に待たせた供の者も居なかったように思う。それに伯爵家ともなれば親類の数も相当で、一族の一挙手一投足も注目され易い。
計測の手間と保有資産、注目度を考えれば本家に属性水晶のひとつふたつ所有していてもおかしくない。
(教会に調べに来て『魔術D』なんて判定されると色々言われるものねェ)
魔術D。
属性の資質がもっとも低いDランクしかない人を指す。ロミロマ2世界の人間には魔力の無い者は存在しないので、魔術の行使に見込み無く資質の薄い人をそう言い表していた。
魔導、魔術、そして魔法。
少なからず世界の成り立ちに「魔」を擁するロミロマ2世界では無能の烙印を押されがちである。特に貴族社会では辛い立場になるという。
(ある意味主人公体質のように思えるのはサブカル脳の為せる業かしら)
こう、無の属性とか魔術キャンセル能力とか生えそうな期待が持てそうで。ちなみにゲームではそういう特典は無かった。魔術行使が肉体強化全振りの脳筋になるだけだった。
クルハかな?
「最後にアルリー・チュートル様、こちらにどうぞ」
「はい」
ざわり。
わたしが名前を呼ばれた瞬間、何故か室内の空気が変わった。そして同質の彼ら、少年達から感じる強い視線。
え、何、そんなにわたしの測定結果が気になるのか、との感想は的外れだろう。
おそらくは、わたしの名前そのものがトリガー、引き金、契機。
──良くも悪くも、わたしの名前は普通の下級貴族令嬢に比べれば知られている方だろう。積極的にコネを作るべく立ち回り手紙攻勢を仕掛けている予定調和と、何故か社交界でおかしなイベントを起こしてしまう想定外により、わたしにも把握できてない範囲で名前が浸透している可能性があるのだ。
水晶でなくわたしを見つめたままの彼らも、どうやってアルリーの名を聞き知ったのか。手紙か、デビュタントか、それともアームロックか。
67%の確率でろくでもない知られ方だと予想できた、せつない。
「では参ります」
プレートに手をかざし、魔力を集中させる。
攻撃的なイメージをする必要は無い、ただそこに体内の魔力が集まる想像をするだけだ。既に体内に巡り、満ちる魔力を掌握できている人間にはそれだけで──
「こ、これは!?」
今までの3人とは明らかに異なる複雑な明滅を繰り返す水晶に、職員が驚きの声を上げて立ち上がった。
はて、はたして判定や如何に。




