4-10
まだ夕刻にも早い、昼下がりの午後。
朝に駆け抜けたはずの街道を逆走する馬車ありけり。
社交界に出席する予定だった某家令嬢が体調を崩し、伯爵家の別邸からそのままとんぼ返りしている最中なのだ。
──体調崩したのならそのまま別邸で休ませろって気もするけれど、諍いを起こしたわたし達を帰らせるための口実。表面上の体裁を整えていれば問題ない扱いなのだろう。
「引き金を引いた僕が言うのもあれですけど、せっかく伯爵家から招待された社交界だったのに残念でしたね」
「いいのいいの、どうして招待されたのかは分からないままだけど、既に最低限の表敬目的は達しちゃってたから」
「そうなんですか?」
「うん」
「……ああ、それってペインタル子爵のお嬢様が開いた青空展覧会ですか」
「そこは断じて違う、ってかあれ見てたのランディ!? 助けなさいよ!」
「いえ、なんだか楽しげでしたし」
「節穴ァ」
目的とは言わずもがな、マリエット・ラノワールの観察。
欲を言えばもう少し見ておきたかったが、下手に関わった以上はここで切り上げるのも悪くない気がしていた。
当初の予定では「マリエットと面識のないわたし」が彼女を存分に観察するつもりだったものが、不意の遭遇でこの大前提が崩れたからだ。
(装いはお嬢様仕様ではなかったけど、顔合わせちゃったからなァ)
仮にあのままデビュタントの場に残っていれば「マリエットに顔を見られたわたし」が会場入りしている、との関係性になる。御者に身をやつしていたものの、相手は全ステータス18を2年少しで極める天才。何かの拍子に監視の目を察知したとも限らない、警戒してしすぎることはないのかもしれない。
素性が知られないうちに離脱できてよかった、そう前向きに結論付ける。
「まあサリーマ様が楽しげなのはいいんだけど、なんとなく圧が強くて状況的にわたしが不利な立ち位置感が半端なく」
「そうですか? あちらのお嬢様はお嬢をお慕いしてる感じでしたけど」
「わたしは花瓶であってひまわりじゃないから」
「……すみません、よく分かりません」
「わたしにも分からない」
意味は噛み合ってなさげだけど感覚的には同じようなものである。
何故、どうして。
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わたしはヒロインではないのに、何故か少なくないハプニングに見舞われている気がする。まあ転生からして最上級の異常現象なのだけど。
特異すぎる転生や不可解な偶然を除けば、イベントに遭遇する理由はある程度の察しが付いた。わたし自身の行動が原因だろうとは。
バッドエンドを避けるべく、コネを求めて出会いを模索した。
身近な友を作り、社交界での知己に手紙をバラ撒き、さらなる出会いを促進した。
──関わる人の数が増えれば、それだけ他人の人生に触れる機会も増える。わたしの事情など知ったことではない他人が自身のために起こす行動、知人のそれの影響を受け易くなるわけである。
近しいからこそ巻き込まれる、という言い方が一番しっくりするかもしれない。
全てのイベントは出会いから。
そこまで把握していながら、出会いのもたらすもうひとつの側面を失念していたのは、ロミロマ2には無いイベントで。
わたし自身が経験の少ない小娘だったから。
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突然降りかかった名目上の療養生活、5日目。
名目上に過ぎないそれでわたしの毎日がどう変わるでもない日々の出来事。
「お嬢様、お見舞いの品が届いてございます」
「見舞い? 誰から、誰に?」
「宛先はお嬢様宛ての物を厳選したものでございます」
「パパン向けじゃないってことね。それで誰さんから?」
「セトライト伯爵家と、イルツハブ子爵家ですな」
「うは」
思わず口から転がった声は、おそらく歓迎を意味していなかった。
わたしは体調を崩してパーティ会場から急遽戻った態なのだから不自然さは無いといえば無いのだけど。
(──まあ言うまでもなくお見舞いと称した口止め料代わりだろうなァ)
素直にお見舞いだと思ってあげる程に純粋ではないのだ、中身はサブカルに染まって貴族社会に偏見を持つJKだからして。
そして悲しいかな、偏見が凡そ当たってるのが辛い事実。ウチのような新興貴族と異なり、歴史を背負った貴族は見栄と体面なくして貴族足り得ない故に。
しかし主催かつ主家の伯爵家は分かるとして、まさか非があろうとも息子の腕をコキリと極められた子爵家からお詫びの品が届くとは思わなかった。
それだけ蓋をしたい醜聞との証かもしれないのだけど。
(これを受け取らない理由はない、っていうか受け取らないと揉め事続行を意味しちゃう奴だから受け取らざるを得ないんだよねェ)
特に伯爵家が同時に贈ってきた品だ、イルツハブ子爵家が根回しした上での仕儀だろう。拒否は間に入る伯爵家の体面をも傷つける行為になりかねない計算が入る。
子爵家の息子はあれだけど親は政治力をちゃんと使う人らしい。イルツハブって家名はゲームで覚えが無いのだけど、平均レベルのステータスは備えたその他大勢枠っぽい。それでもクルハの例もあるので警戒マークをつけておく。
これで互いに遺恨無し、今後は仲良くいきましょう──そう受け取れるほどおめでたくはなれないから。
「伯爵家の贈呈品目録によれば、中身は美術品。お見舞いと称して応用の利く定番ですな。飾って良し売って良し」
「売ってもいいんだ」
「お嬢様のお部屋は既に複数枚の絵がありますゆえ、美術品は充分かと」
「いきなり売ると角が立ちそうだけどね」
貧乏男爵家の小娘に過ぎないわたしだけど飾る油絵には困っていない。季節の挨拶とばかりにサリーマ様が自作を送ってくれるからで。
これが素人目から見ても立派なものだったりする。
美術スキルに関わるステータスの発達ぶりで現実よりも審美眼に勝る結果、それなりの見る目を得たわたしだけど、別に芸術の価値に目覚めた美の下僕ってわけではない。
金銀財宝に囲まれた成金風味も、真なる美術品の数々に囲まれ悦に浸るアーティストにもおそらくは縁もなければセンスも合わない。
結局心根は友人からのプレゼントで満足している小市民なのである。
「しばらくは飾っておいて、場違いすぎれば後から処分を考えよう。そしてもう一方は?」
「子爵家の贈呈品目録によれば……中身はドレス類ですな、小物数点含むとありますが少々露骨すぎるかと」
「これから体型の変化が極まるタイミングで、意味無さすぎない?」
「まだ布地を贈られた方が融通が利いたと言えましょう」
成長期の相手に採寸無しに贈るドレス。上辺のお詫びすぎて意味を感じない辺り、わざとやってる感すらある。
竹尺を片手に残念そうなのは縫製執事。布で贈ってきていれば将来はさぞかし素晴らしいドレスを生み出して差し上げたものを、と言わんばかりに。
「失礼ながら執事の監督が行き届いてない証ですな。主人を諌められない、志の低さの表れかと存じます」
「あら手厳しい」
「同業者に向ける視線とは甘くならないものでございます」
そういうものらしい。
しかしあのバカボンを見る限り、執事が途中で匙を投げた可能性も低くは無い。仕え甲斐のない、好意の対象外となる間柄でお給金以上の忠誠を期待するのは虫が良すぎるというものだ。
「念のために確認するけど、これはチュートル家宛でなくわたし個人宛ってことでいいのよね?」
「は、旦那様宛の『よく分からない』お心付けは別途送られて参りました。扱いは売却や焼却処分を含めてお嬢様の独断で決めてよろしいかと」
「いや流石に焼いたりはしないけど」
選んだ側に罪あれど、選ばれた品に罪はない。
選んだセンスに問題あれど品の価値に差は出ないのだ、着れないドレスの価値はともかく。使われた布が可哀相。
しかしこれらがお詫びだと称するならば、詫びられるべき人間はもうひとり居るのではないだろうか。
「なら金品に変えてランディと山分けしてもいいのよね?」
先方にそのつもりは無いのだろうけど、わたしからすればまずランディに謝れって気分なのだ。それにわたし自身の因縁に限れば馬鹿息子の腕を捻り上げれたので割と寛容になっている部分も無くは無い。
ただしランディに頭を下げたわけじゃないのでそっちは許されざる。
「問題はないかと。少年が受け取るかはともかく」
「そこが難点よねェ」
何も悪くないのに謝ってきた彼をどうにか言いくるめることには成功した。
あれもかなり強引な論法で丸め込んだのに、その上で「イソノー、慰謝料山分けにしようぜー!」な提案を飲んでくれるはちょっと難しそうだ。
「それならそれで、何気なく植木職人セットでも買って使ってもらえばいいか」
現金は難しくとも物品で押し付ければもったいない精神で活用してくれそうではある。となると今何が欲しいかのリサーチが必要だ。
善は急げ、ランディや親方に話を聞いてみることにしよう。
「親方さん、ランディは? 今日は姿を見かけてないんだけど」
「あいつ……お嬢さんに何も言わずに行っちまったのか」




