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3-01

 想像したよりも過酷だったデビュタントを終えて半年。


 あれ以降わたしの環境で変わった事といえば、わたし宛に届けられる手紙の数が劇的に増えたことがまず挙げられる。

 原因はひとつ、社交場での懇子会とその前段、控え室での交流を以って面識ある貴族の人数が激増したからだ。それまではクルハとデクナ、2人の知り合いがいただけの頃に比べれば十数倍に膨れ上がった知己の数。

 色々なハプニングがあったのは記憶の隅に追いやりつつ、これを目当てで出席したのだから釣果には満足できる状態といえた。


 幸か不幸か、レドヴェニア大公家からの手紙が無かったことには安堵する。

 姫将軍フェリタドラ・レドヴェニアから不意打ちで「ユニーク」評価を貰ったせいでハラハラしていたのだが杞憂に終わった。ゲームの記憶を辿る限り「ユニーク」は加算制、複数回受けることで「ユニーカー」「ユニークエスト」と進化し、彼女からの関心が高まる仕組みだったように思う。ただ一度のユニークポイントでは危険性は低いと考えていたが、この世界は人の生きる世界。

 人間のする事に理屈や法則は通じない場合もあるのだ、警戒するに越したことはなかった。ライバルヒロイン達とどのような距離感を通せばいいのかを決めるまでは接触を避けたいものである。

 彼女達はいずれも上級貴族の令嬢、『上がり盾』令嬢など簡単に捻り潰せるお家の子たちなのだから。


「拝啓、サリーマ様。先日は……」


 ひとまずの危機は訪れることなく終息し、わたしは平穏の中でお手紙の返信を書き始める。ひとつひとつ手書き、この世界には魔導ワープロとプリンタも存在するが、貴族同士のやり取りは手書きこそが尊ばれる。

 ランクとしては「手書き」「代筆&一部手書き添え」「代筆&サイン手書き」「完全印刷」と落ちていく。時間の無駄というなかれ、誰のためにどれだけ手間隙かけたか、これが相手を重要視している目安になるのが貴族社会。様々な交渉事に直接顔合わせするのもこの一環だ。

 代理を立てるのは即ち相手を下に見ている証左。円滑なる人間関係の醸成には一筆の手間は不可欠なのである。


 貴族社会で世渡り上手を目指す。

 そういう実務的な理由の他にも、手紙を頻繁に書くのには2つの理由があった。


 ひとつは、手紙を書くとステータスの『巧力』に経験値が入ってるっぽいのだ。『知力』も微増しているようだけど、そちらは誤差と見るべき程度。

 『巧力』とは器用さを表す数値。

 ゲームでは戦闘関係の幸運な出来事を左右していたと兄は語っていた。ラッキーヒットとか偶然の回避とか、地味に効果を実感し辛いものだったと記憶している。

 また『学園編』では社交ダンスの正確なステップを踏めるかどうかの判定に使われていたようだけど、『魅力』の方が重要でそれほど気にされないステータスだった。社交ダンスの訓練でも『巧力』は微増するものの『魅力』が現段階でカンストの12に達している今は集中することも無く、手紙メインで鍛えている状態だ。


 しかし、この世界で『巧力』の別なる効果を知った。

 『知力』の高さと掛け合わせることで裁縫が上手くなったり、料理が上手くなったりするのだ──どちらもゲームでは効果を明記されていなかったジャンルである。イベントで刺繍の出来映え勝負や料理対決の機会こそあるものの、真面目に育てたヒロインなら特にステータス値を意識することなく普通にクリアでき、ただヒロインの評判が上がるだけのイベントになっていた覚えがある。

 なので『巧力』の重要性は第2部ばかり着目されたのだと思う。


 今のわたしは最下級貴族、それにゲームシステムで操作できた範囲の外でも生きている人間だ。故に使用人のいない場所で料理でも洗濯でも掃除でも針仕事でもやる機会は生まれて。

 効果を実感したのだ。


「……まずいです」

「え、美味しくなかった?」

「いえ、ここここのままでは遠くない将来、料理の腕でお嬢様に抜かれてしまいます、ここここ沽券にかかわります……!」


 忙しいエミリーの代わりに料理を作った際、あがり症と関係なく動揺していた。『知力』補正もあってのことか、料理上手の彼女が言うのだから現段階でかなりの腕前に育っていたのだろう。

 『巧力』ステータス8、そろそろ2桁の大台が見えてきた。

 料理人のプライドにかけてエミリーが抗ってくれるなら、これから先もっと美味しい食事を楽しめる。エミリーの奮闘に期待したい。


(けれどこの世界、主要キャラ以外のステータスって変動するのかしら……)


 オール18を目指すこの身、学園編の頃には遠く及ばぬ腕前になってエミリーが憤死しそう……ゲーム世界の厳しい掟にそこはかとない不安を覚えつつ、没キャラのわたしもいけてるから大丈夫だと自分を騙しておく。

 エミリー問題の結論を先延ばし、手紙を書く利点のもうひとつを挙げるなら。


 遠方の情報が手に入るのだ。


 通信機器の利用が軍事に制限されているロミロマ2世界、気軽に足を運べない地方との手紙のやり取りは情報の宝庫といっても過言ではない。

 勿論、大半は差し出し主の近況に過ぎない。

 育ててる花が咲きましたとか、この夏は雨が酷いですわとか、ウチの領地で取れた茶葉は豊作でしたわ、とか。

 もうこの時点で価値のある情報が含まれている。

 長雨が続けば災害の不安が出るし、特定品種の茶葉が豊作なら値崩れを起こすかもしれない……等々。

 活かす機会があれば些細な情報でも値千金の価値があるのだ──今のところ宝の持ち腐れになっている点は否めない。公共事業を動かせる立場になく相場に手を出せる財力も無いのだからやむを得ない。

 なので得た情報を欲しがってそうな人に回すのがせいぜいだ。長雨情報は河川の下流域に領地持つ子に、茶葉の情報は紅茶好きの子に……といった具合にである。


「これで意外と恩を売れてるから良しとしよう」


 わたしの流した情報は子供から親へ、大人からより権力を持った大人に通じているのだろうか。有益な情報をもたらした者への感謝、或いは「今後とも仲良くしましょう」との下心を隠さない一筆。その類の手紙も増えて、わたしは遠隔交流真っ盛りな状況に置かれていたりする。

 デビュタントの場でやらかした時は接触拒否を覚悟したものだけど、こうしてみれば悪名は無名に勝ったのだろうか。


「小バカにされても嫌悪をもたれるよりはマシだった……?」


 ヘイトを溜めなければちょっとした悪評悪名は損にならないのかもしれない。炎上商法に手を出す人の気持ちが少しだけ分かった気がした。

 とはいえ攻略対象やライバルヒロインからヘイトを買うと何されるか分かったものではない。全員上級貴族様なのだ、普通に断罪や報復をされて普通に人生詰みそうで。

 学園には彼らに限らず上級貴族の子息子女が集まっている。やはり下手な悪名は第2部前にエンディングを迎えさせられる予感が絶えない。


「……炎上路線は縁が無かったということで」


 悪名に手を出すのはやめよう。わたしは悪役令嬢でもないのだ、わざわざ公開処刑される方向に寄せて行く必要性はない。

 それに。

 悪役令嬢に該当するポジションはライバルヒロインにひとり居ることだし。


「ちゅうちゅう、たこかい、な……よし、これで手紙ノルマ終わり。セバスティング、これ全部お願いね」

「また大量に書かれましたな。お嬢様は筆まめでいらっしゃる」

「フフフ」


 筆まめ、そう、アルリー・チュートルは筆まめになるのだ。

 実利の外、実益とは関係ない部分での野望を秘めた遠大なる計画。

 日本人あるあるの『どうしてそんな事まで記録に残しているの?』を実践するのだ。

 未来の歴史家たちがニッチな何かを調べる時、あちこちで大量に見つかる某令嬢の手紙。蒔けば蒔くほど後世に残り、過去の日本人たち同様の尊敬と呆れを一身に集めて多少なりとも王国史にチュートル家の名前を刻む、そういう理想を目指すのである。

 ──勿論『戦争編』を回避した先で花開く野望であるけれど。


「手紙を残しても炎に焼かれちゃうからなァ、バッドエンド」


 そうはさせまいと誓いも新たに、ペンを握っていた手で竹刀を掴んで中庭に出た。

 この切り替えこそ文武両道である……違うかしら。

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