2-08
足早に薄暗い舞台裏に逃げ込み、どうにか一息つく事が出来た。
とても恐ろしい経験をした。
この世界にレベルの概念があれば相当のレベルアップが見込めたと思うのに。
残念ながらロミロマ2にレベル項目は存在せず、ステータスにも『胆力』の項目はない。
これが恐怖、ぶっつけ本番でリテイクの利かない恐怖。
──もっと鍛えようと思う。入学までに全部のステータスを12にする、応用力を身に付けるのだ。
「あ、あれ、お嬢様? ご挨拶は?」
「もう終わったわよ……」
「え、あれ? え?」
エミリーにとっては全てが忘我状態のうちに終わっていたらしいデビュタントの挨拶。これ以上パラライズ状態を維持されても困るからこれで良しとする。
ゲームだと魔術に状態異常回復は在ったから将来取れるなら取りたい、エミリー対策に是非。
「わたしに適正あるのかが不安要素」
「そういえば、な、何やら拍手が聞こえますね。お嬢様、私めがフワフワ気分の間に、ぶ、舞台で何かなさったのででですか?」
「……そこは最早気にしてはいけない」
改めて考えると顔面から熱光線を発射しかねない。多分魔術を極めれば出来る気がする。
なんでだ、誰がどう見てもただの奇行、常軌を逸したアピールプレイ未満のアホ行動に何故拍手が送られる。それも微妙な、満場一致のオベーションとも言えない戸惑いの拍手。
貴族社会に、騎士道に武士の情けはないのか、見なかったことにする機微は無いのか。
「ここに居ると心が治らないから降りよう、何もなかったことにして、社交はむしろここからが本番──」
せめてわたしの中だけでも舞台上の奇行は無かったことにして、前向きに物事を考えようとした矢先。
ひとつのアナウンスが入り込む。
『──皆さまにお知らせ致します。今宵デビュタント予定の令嬢は以上12名でしたが、もうひと方ご紹介させていただきます』
「へえ、追加ねえ」
そういう事もあるか、と思った。
デビュタントを兼ねた社交場は季節毎、年に4回行われる。何処でどの貴族が主催者となるかはその都度違うのだけど、今回のように伯爵家主催は下級貴族間の社交として見れば参加者も多く、交流目的の観点からすれば「当たり」回。
娘の政略結婚相手に格上のお家を欲する上昇志向高い親なら、誕生日すぐのデビュタントよりも大勢にお披露目できる伯爵家主催回を狙ったりもするだろうなと納得はできた。
──中身は庶民なのに貴族思考がすんなり予想できるのはサブカルチャーに沈んだ我が身のサガであろうか──などとぼんやり考えていた。
「──様、お戻りください。どうかあちら側から入場を」
「他家の者達もこちら側を通ったのでしょう? なら私もこれ以上特別扱いは避けて前例に倣うべきでしょう」
「おっと、噂の追加令嬢さんが来たみたい」
何やら言い争いをしつつ2つの声が近づく。
せっかくだから見学もといお顔拝見していこうかなと舞台袖の端に寄る。本来の参加者たちとは控え室で面識を持ったのだから、最後のひとりも顔くらい覚えていく方がいいだろう。
やがて舞台袖の奥、控え室と繋がる通路から現れたのはひとりの少女、後に従う執事らしき人物。
舞台袖は照明が暗いため、やや離れた端からは駆け込み少女の全体像や色彩を掴み難い。半ば影絵的に確認できるのは、フワリとした柔らかそうな長髪と、
(あれ、花冠が無い……?)
デビュタント3点セット、長手袋、イブニングドレス、花冠。
このうち「売約無しですよ」を象徴する冠を少女は付けていなかった。つまりあの少女には既に婚約者がいる事になる。にもかかわらず伯爵主催のデビュタントにねじ込んで来たっぽい。
(正式にデビューしておかないと夜会や舞踏会には出られないから、許嫁がいてもデビューだけしておこうってのは分かる。だけど、わざわざそれだけのために飛び入りで参加する?)
婚約者は居れど、もっと上のお声がかりを狙うのか。それとも早く夜会や舞踏会に出たがる欲目があるのか。どちらにせよ通常ならざる事態である。
今回の世話役は伯爵家、下級貴族グループで一番偉い爵位。
そこに無理を言って聞き入れられたのだから余程関係が近い相手なのか、それとも伯爵家自身のご意向か。
(そっか、伯爵家嫡男の婚約相手お披露目も有り得るかしら。婚約の申し込みが殺到したから早めに発表して他が唾をつけたりしないよう牽制ってパターンが一番スッキリと嵌りそう)
妥当性ある推理が成り立って満足を覚え、ひとり頷くわたしの近くを件の少女が通り過ぎる。
──立ち止まる。
そのまま首だけを傾けて、わたしを見つめてきた。予想外の展開にギョッとせざるを得ない。
「え、な、何か?」
「ユニーク」
「……へ?」
刹那の邂逅とでも言うべきか。
少女はそれだけを発して歩みを再開、会話らしい会話は成立しなかった。
(え、何? いや、今のは何だっけ? 何か、何か?)
いつか何処かで遭遇した何か。
あまりに場違いで噛み合わない何か。
既視感に囚われ呆気に取られたわたしを置き去りに、少女は舞台袖の影をすり抜けて光差す舞台の中に足を踏み出ていった。そう、ひとりで。エスコート役を連れることなく、ただひとりで光の中に。
不可解な感覚の中、思わず視線で追った先。少女の纏った闇のベールがスポットライトによって剥がれていく。
豪華な衣装、見事な刺繍を這わせたドレスが色を取り戻す。一目で今回デビュタントを飾った令嬢たちのドレスと格の違う仕立てなのが分かる出来映えにエミリーなどは感嘆と羨望の声を上げる。
だけど。
わたしの目に飛び込んだ色は。
少女の髪を彩る赤金色の鮮やかさだった。
(「ユニーク」)
色と記憶が頭の中で繋がった瞬間に正解を導き出せた。
あれはそう、『第2王子』ルートの初期イベント、社交ダンスの授業でのこと。
ヒロインの友人キャラが──わたしと入れ違いに採用された友人キャラがナントカ言う子爵の令息に嫌がらせを受け、ステップの練習中に尻餅ついて恥をかかされるイベントがあるのだ。
嘲笑を浴びる友人にヒロインはすっと手を差し伸べ、見事なリードで課題曲のダンスを披露、子爵令息が不甲斐ないだけと証明する。
それでも文句をつけようとする彼を制したのが赤金色の髪をした女性。平手ひとつで男を黙らせた彼女はヒロインを指して一言。
「ユニーク」と告げたのだ。
この上級生キャラの正体が明らかになるのは中盤、ヒロインと第2王子がイベントの回数を重ねてそこそこ仲良くなった後のこと。
王子と件の女性が会話しているところにヒロインが通りがかることで判明するのだ。
そんなミステリアスな彼女の名前は、舞台の司会者が改めて教えてくれた。
『我が主セトライト伯爵家の主筋。レドヴェニア大公家に咲いた一輪の薔薇をお招きする栄誉を預かりました。ご紹介させていただきます』
『レドヴェニア大公家令嬢フェリタドラ様、どうか万雷の拍手を以って今宵の締めをさせていただきたく存じます』
遠くから響く雷のような拍手の中で思い出す。
フェリタドラ・レドヴェニア。
ロミロマ2のキャラ絵でひとりだけ絵力の違うデザインで美形として描かれ、在学中の3年間を全て首席で通した文武両道最強美少女。
そしてベリーハードに挑んだファンの間では『姫将軍』と呼ばれた、第2部最強の敵ユニットキャラでもあった。
(なんで彼女が、大公家の姫将軍がこんなところに!? おかしくない!? い、いや、それよりもわたしってヒロインより早く「ユニーク」言われちゃったよ!? 確かにヒロインのイベントと似た状況だったけど!?)
フェリタドラの「ユニーク」は褒め言葉。
この投げかけ、麗しの彼女が一目置くに相応しいと評価された証なのがストーリー上で明らかにされる。攻略対象の好感度とステータスを上げる事でさらに褒め言葉を受け、段階を踏んで比較級・最上級に言葉も変化していくのだけど。
それは姫将軍に動向を監視されるのと同義であって。
ヒロインのフラグを折るため暗躍する立場には酷く枷を嵌められる未来に繋がりかねない。
(違う、違うって! わたしが先に目を付けられてどうするの!? 外部から干渉してルート未成立を狙ってたのに、わたしがロックオンされてどうするの!!)
エミリーの不思議そうな視線に応える余裕もなく、わたしは頭を抱えて身をよじる、
学園編よりも早く、ライバルヒロインの一角に声をかけられた。
この事が今後にどう影響するのか、全く見当つかないのだった。




