8-13
「──失礼ですが、あなたは誰ですか」
他人に投げる誰何の声、可能な限り平坦な音を作った。
四女様の脇に控える小娘、護衛官なら男爵令嬢でしかない存在だと知っているはずの相手から横槍。
男は、護衛官の恰好をした男は困惑を隠せないといった素振りで口を開く。
「あ、あの、自分はデレク隊の──」
「デレク・カンサース隊長の組は昨日不寝番で今日は休息日のはずですね」
VIPの四女様をお守りする護衛官は4交代のシフトで構成されている。アレックス、ベルダ、シーダ、デレク隊がそれぞれ朝昼夜休の勤怠を組んで回していた。
デレク隊は昨夜不寝番、徹夜の護衛任務に就いた後で今日はお休みだ。
体を休めて万全の護衛を務めることを至上とする護衛官、余程の緊急事でもなければ休息日の彼らが動員されることはないと規定されており、現場の混乱を避けるべく関係各所に通達が必須と旅のしおり改め今留学における護衛官隊規に記載されていた。
火事場鉄火場なら連絡が遅れ間に合わない状況もあろう、しかし艦内放送を完備した陸上船の中でそれは有り得ない。都合よく、或いは悪く故障でもしない限り。
「その、自分は」
「あなたの制服、デレク隊の騎士マックス・ウェルゲの召し物ですよね。袖口に記名が刺繍されています。そしてあなたはマックス氏ではない」
慌てた態度で何か言い募ろうとした舌を先んじて両断、続けて追撃する。気のせいだとか借りたとか、そんな台詞は言わせるだけ無駄がすぎる。護衛官が何の通達も無しに入れ替わりを認める、護衛対象に面通しなく勝手に配属を変える、まして隊服を貸し与えるなど考え辛い。
むしろこう考えた方が自然だ、奪い取ったと。
これらを総じ、そもそもわたしが知りたいことは最初に聞いた通り。故に今更言い訳を聞く必要性は感じない。
「四女様付きの護衛官総勢16名、わたしは全員の名前と顔を覚えています。訳あって任務を交代したとかそういう無駄な言い訳は不要。もう一度繰り返します」
「あなたは誰ですか」
沈黙の時間は長くなかったと思う。
常ならば強気に発言を挟むだろう四女様すら黙っていた僅かな時を置いて
「……油断した」
男の狼狽ぶりが収まる。
それまで息を乱し、慌て、オロオロと焦った態度を見せていた男の一切が鎮まる。挙動不審を表す目の色も淀みが消え、不自然なくらいに平静を取り戻した。
いや、あれらは演技、擬態だったのだろう。
泡食って四女様の下に駆けつけた護衛官、未熟なれど忠誠心だけは一人前の青年騎士を模した擬態。
「流石は魔女の末裔、まさか端女に目端利く腹心を抱えていたとは想定外」
──なんだか犯罪計画を暴いた名探偵のような構図になっている気もするが。
真実はそんな格好いいものではない、断じて違う。本当に真実見抜く少年探偵が居れば腹を抱えて笑うだろう。
わたしがここまで護衛官の構成や役割に詳しかったのは、保身のためだ。
(だって護衛官って騎士階級の人間が就くけど、そういう人ってだいたい派閥貴族の三男四男が配属される役職だからさァ!)
そう、わたしが必死こいて護衛官の顔と名前、役割や仕事ぶりを覚えたのは全員が全員偉い人の子息かもしれないから。単純な地位を比較すれば騎士階級の護衛官は男爵令嬢に礼儀を以って接し無碍に扱ったりはしないだろう。
しかし実家の影響力を上乗せすればどうなるか。
派閥こそ違えど下手に地雷を踏めば後々実家経由でおかしなクレームが飛んできたりするかもしれない、故に相手の素性を把握し気を配っておこう。そんな転ばぬ先の杖だったのだ。
今はカーラン学園入学前、『学園編』こそを本番と睨むわたしにとって揉め事を避けたい大事な時期。ここでおかしな物言いをつけられて入学不可など陥った場合は目も当てられない……などと近い将来を見据え見越した保身的腹積もりが四女様の魔術鍛錬協力係でお部屋に通う頻度が高まり、ほぼ全員と顔見知りになったのは嬉しいのか嬉しくないのか。
ともあれ想定以上に護衛官の皆々様と親しくなり、動向に詳しくなったせいで不審者に気付いたのだ。この事実、護衛でなくとも指摘しないわけにもいかんでしょVIPに側仕えしてる立場なら。
でも、でも、しかし。
この展開って、もしかして。
(まさか『暗殺』!? 『戦争編』の内政じゃあるまいし!!)
暗殺。
ロミロマ2ではイベント演出上の劇的さよりも第2部『戦争編』の内政ターンに実行できる謀略コマンドで思い起こされる。
文字通り敵勢力に暗殺者を送って標的を始末させるコマンドだ。正直成功率は高くなく大物狙いほど失敗し自軍の評判が落ちる。しかし万一にも成功すれば一局面を引っ繰り返せる、ハイリスクハイリターンなギャンブル。
セーブロード繰り返しを躊躇わらないプレイヤーなら活かせたかもしれない救済要素、半ば意地になってプレイしていたわたしは使わなかったけど。
それがまさか、こんな形で相まみえるとは。
不意に現れた暗殺者らしき男を前にして理性と感性は一致して逃亡を却下する。
理性は語る。
転移魔法を用いれば逃亡は容易、しかし四女様を置いてひとり遁走した事実が明るみになれば処罰は免れないと。
感性は叫ぶ。
幼女を置いて逃げようって即断出来るほど思い切りよく薄情に生きられないィ!!
「『警笛』!」
「『消音』」
淡々と、想定外を口にしながらまるで動揺の気配なく、男は腰に吊るした剣を抜き放つ。咄嗟に放った風魔術、外部に異常を伝えようと発した警笛音を鳴らす術も対抗魔術で封殺され、そのまま男は防音領域を拡張させて室内周辺を覆う。
魔術適性ランクはわたしより上、そして手慣れている印象だ。音も無く音を立てさせず、静かに殺める作業に。
無駄口を叩かず、慌てることもなく、鋼の剣を片手に油断なくしずしず間合いを詰めてくる。あからさまな殺気など発しないが害意は明らかだ。
戦争の引き鉄軽く、決闘文化も真っ盛りな貴族社会のロミロマ2世界。剣抜いて歩み寄るなどアメリカンだと銃口を人に向ける以上にアウト、冗談で済まされない敵対行為、ジョークでも笑い話でもない明確な悪意に対するわたしは無手、武器など持ってるはずはない。
何しろ四女様のお部屋を訪れるのに帯剣許可など下りるはずもなかったし、普段から武器を持ち歩く習慣も権限も理由も無いんだから当たり前だ。常在戦場を旨として常に武器を帯びてるなんて戦時くらいのもので。
(武器、なんでもいいから武器は無いの!?)
男を見据え、それでも周囲に視線を走らせて武器になるものを探る。
無い、無い、無い。白い悪魔よろしく背中のランドセルにビームサーベルが生えているラッキーも存在しない。
流石は純魔術師一族ブルハルト家令嬢の詰め所、武骨な鎧を飾って剣や槍などを身近に置いてるはずもない──
「後で謝ります!」
「は? なあッ!?」
ひらめき思いつき、わたしは背中に庇い下がらせる幼女様もとい四女様のドレス胸元にズボリと手を突っ込み前後左右に弄る。
少女の珍しく威厳なき悲鳴に構う余裕はない。世が世なら通報ものの蛮行、社会的な制裁が人生を終わらせかねないアウトな行為。しかし程なく目的の物を探り当てたのだ、わたしは賭けに勝った!
「お借りします!」
そのままむしり取るように指触れた固い物体を取り出す、抜き取る、拝借する。
四女様の胸元、正確には脇腹辺りからゲットしたのは細身の短剣、綺麗な意匠の鞘に納められた懐剣だ。
帯びた寸鉄の存在に無言を貫く男の目が細まる。弱々しくとも敵が武装したことの警戒心の表れか。
(あって良かった! 無かったら二重の意味で駄目な結果だったわ!)
幼女の懐に短剣。普通は有り得ないし考え付かない、ドレスの上からも見通すことは出来ない隠し武器の存在。
どうしてわたしが見抜けたかは簡単で。
(魔女ホーリエが装備してたからね、これで自死したのよォ……)
ロミロマ2のバッドエンドには幾つか種類がある。
わたしを含めたプレイヤーの大半が一番多く経験したのはおそらく時間切れのリンドゥーナ進軍バッドエンドだけど、他にも個別バッドエンドなる物も存在し。
その中のひとつ『大公』ルートの敗北エンド、自軍がブルハルト軍にヒロイン同士の直接対決で負けた時に起きるバッドエンドは。
(ヒロインマリエットを庇った貴公子アティガにホーリエの魔術が炸裂、彼女が愛する男を殺しちゃうの酷かったわァ……)
呆然自失のホーリエは懐剣、魔術増強用の儀礼短剣を胸元より取り出してそのまま自害する鬱いエンディング。
慣れないウォーシミュレーションゲームに苦労して敗北、挙句に誰も救われない物語の終わりをお出しするとか開発スタッフは鬼畜かな? との思い出が今となって生きて来た。
(この時の記憶を頼みに、魔女の自覚を誇りと思う四女様なら魔術増強用の懐剣も身に着けてるのに賭けた! そしてわたしは勝った、第1部完!)
胸元でなく脇に忍ばせていたのは体格違いで誤差の範囲、しかし残念ながら目の前で第2部、暗殺者激闘編が始まっている欠点はどうしようもない。
現実は厳しい、そして今はここがわたしの生きる現実なのだ。
「しゅッ!」
「ッ!!」
留学完結直前の刃傷沙汰、否、れっきとした上級貴族子女を標的とした事件。まさかの展開、まさかの実戦に慄く暇もなく渦中のわたしは短剣を揮う。
ゆったりした男の挙動が呼気を挙げて急速にしなる。長剣が閃いてわたしの肉を抉り削ろうとする。
右下より駆け上がるような剣閃に、借り受けた短剣を寄り添い這わせる形で合わせていく。ギギンと硬い音を僅かに引きずらせ、男の剣をあらぬ方向に弾く。
一撃を易々と凌がれた事実に頓着せず、男は第二撃三刃と繰り出してくる、ドレスの身で受ければ紙よりも柔く断たれる必至の斬撃、それでもクルハと過ごした訓練の日々は無駄になっておらず、
(なんとか見える、追えるッ!!)
舞うように、踊るようにとはいかないが男の凶剣が打ち据えるのは小さな刃のみ。
魔女の懐剣は短くとも男の振るう鋼に打ち負けない力強さを持っており、矢継ぎ早な攻撃を全て受け逸らし弾くことが適っていた。
これは鍛錬により磨いた技量、突然の荒事に緊張する余裕すらないこと、魔女の短剣の意外な強度もあれど、あまり思わしくない状況で唯一わたしに有利な点も味方してくれていた。
即ち、室内の狭さ。
ここが本物の一流ホテル、だだっ広いスイートルームなら圧倒的に不利だった。四方八方に阻む障害なく縦横無尽に動き回れ、剣を自在に振り回すスペースがあれば短剣ひとつで左右に散らす撃剣を捌き切るのは困難だっただろう。
しかしここは船内、貴人用のお部屋でも充分な幅を取れず天井もそれほど高くない一室、おまけに色んな機材や本棚、書物が積み上げられた手狭世界。
左右に回り込めず正面から手狭に長剣を振る男より、十全に短剣を取り回し受け手に徹するわたしの方が上手く立ち回れるのだ。
(だからって、こっちから攻めるのは無理ィ!)
基本的に戦いとは遠くから攻撃できる方が有利。
白兵戦に限定してもいわゆる「剣道三倍段」、武器の長さ、間合いのリーチで劣る側は勝る側の3倍は強くないと互角にならないとの言葉があるように、相手に早く攻撃の届く方が強い真理。
(「懐に飛び込めばいい」なんて論、やってみたけど無理だったし!)
クルハとの訓練課程で何度か武器の有利不利議論となり、お互い手を変え品を変えて試してみたものの、ほぼ定説通りに武器の長い方が勝った。
体が覚えた、セイバーがランサーに有利取れるなんて相当の力量差が無いと無理だと。突きを連打されるだけでもう懐に飛び込むどころでなく手に負えなかった。
そりゃそうである、相手だって敵の狙いや攻撃の有効距離は理解しているのだ。簡単に間合いを詰めさせる道理はなく、踏み込みにはカウンターを繰り出す。警戒してる相手に肉薄接近できるならそれはもう圧倒的に実力で勝っているのだろうとしか。
「ふゥ……ッ」
連撃をどうにか捌き切り、呼吸を整え乱れそうな心で冷静な第一歩を踏み締めて、それでもわたしは防戦一方の選択肢を選ぶ。武器の不利がそうさせるのだけど、おそらくこの戦い長引くのはこちらの有利に繋がるはず。
防音魔術を貼られたものの、異変に気付いた誰か、進路妨害の経過報告をすべく誰かが駆けつける確率は時間が経つほど高くなる。暗殺にせよ誘拐目的にせよ目の前の邪魔者を排除しなければ叶わない男にとってこれ以上ないプレッシャー。
この場で焦燥に身を焦がすのはわたしではない、男の方である。
──この判断自体は正しかったのだろう、可能か不可能かを置けば。
「……?」
わたしを睨む男の気が逸れた。注力殺到していた射抜く視線の圧が弱ったのだ。
諦めたのか、撤収を視野に入れたかと思ったのは誤り。
背中から怯えの気配が強く走った。気配の元は言うまでもない、四女様。
常に強気で高慢で、貴族の責務を背負う覚悟を決めている少女が隠すこともなく発した恐怖の感情。
理由は、
(気を逸らしたんじゃない、わたしの向こうの四女様を見たんだ──!!)
理解が及ぶよりも早く、反射的にわたしは左手を差し込み遮る。
男の視線を、四女様を捉えたであろう男の殺意を。
「ひ……!」
そして瞬きの合間もあけず、四女様の悲鳴と血しぶきの華が咲き乱れた。




