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新企画 「大人も子供も楽しめる新しい異世界小説を読ませてください」  作者: みんなの異世界小説・作品集
『童話「こい」とはどんなものかしら』  作:若松ユウ
19/26

 てくてく、ぴょんぴょん。

 しげみの先には、短いトンネルがありました。

 まず、ダンが先にトンネルをくぐり、ぬけた向こう側が安全だと確かめると、ダンはスーを呼び、スーも遅れてトンネルをくぐりました。


 トンネルの向こうは、少し開けた場所でした。

 さっきまでよりも木の背たけが低く、木と木の間かくが広いのです。

 そして、木が立ち並んでいる向こうには、すみきった水がいっぱいの、きれいな泉がありました。


「のどがかわいたから、ひとやすみしましょうよ」

「そうだね」


 スーが提案すると、ダンも同意しました。そして、かわいた石の上に本をおき、ふたりは泉の水をすくってのみました。

 泉の水は冷たく、ほてったふたりののどをうるおすには、ぴったりでした。

 手のこうやハンカチで口のはしをぬぐい、どうしたものかと考えていると、ふたりの目の前を、がちょうのおくさんが通りかかりました。そのうでには、とうもろこしの入ったかごをかかえています。


「こんにちは、おくさん」

「こんにちは、ぼく」

「こんにちは、おくさん」

「こんにちは、おじょうさん。今日もいい天気ね」


 ふたりがあいさつをすると、がちょうのおくさんは、あいさつもそこそこに、せけん話を始めようとしました。

 このおくさんは、話が長いことで有名だったので、ダンは話をさえぎるように本を見せ、木こりにしたのと同じしつもんをします。

  

「ねぇ、おくさん。ここにある『こい』って、なぁに?」

「あらあら、恋ですって? うふふ。今日はまた、ずいぶんとおませなことを聞くのね」


 おくさんは、エプロンから二まいのクラッカーを取り出すと、ふたりに一まいずつあげました。ダンが食べているあいだ、本はおくさんがあずかりました。


「はい、どうぞ」

「わぁい。ありがとう」

「ありがとう」


 ふたりがさくさくとおいしそうにクラッカーを食べ始めると、おくさんは本のタイトルをたしかめてから、ふたりに説明を始めました。


「おいしい物を食べると、おなかがまんぞくするでしょう? それと同じように、恋をするとね、心がいっぱいになって、とってもしあわせな気分になるの」

「ん? こいって、たべられるの?」


 先にクラッカーを平らげたダンが、ゆびや口に残ったくずを舌でなめ取りながらけんとう違いのことを言うと、おくさんはダンに本を返しながら、小さくほほえんで言いました。


「食べ物では無いんだけど、それと同じくらいまんぞくした気持ちになれるものなのよ。――あっ、いけない。午後からおきゃくさまがお見えになるんだったわ。それじゃあ、ごきげんよう」


 そう言うと、がちょうのおくさんは、さっきまでのおっとりしたようすとはうって変わって、急ぎ足で立ちさって行きました。


「ねぇ、スー。おくさんのいったこと、わかる?」

「わたしにもわかんないわ、ダン。ほかのひとにもきいてみましょう」

 

 ふたりは、また首をかしげたあと、泉のまわりを反とけい回り半周して、べつの動物を探しに行きました。

 どうやら、がちょうのおくさんの説明を聞いても、まだ、なっとくがいかないようです。


  *


 てくてく、ぴょんぴょん。

 泉の向こうは、小川がせせらぐ草っぱらでした。川の水はすんでいて、小さな魚がすいすいおよいでいます。

 川ぞいには、きれいな花が赤に青にさきほこり、空には白いくもが流れ、さわやかな風がふきわたっています。


「ら、ら、ラズベリー」

「り、り、リボン。あっ!」

「はい、またダンのまけ~」

「ずるいよ、スー。ぼくに、りとか、るとか、むずかしいのばっかりなんだから」


 川ぞいをあるくふたりは、しりとりをしながら歩いていました。

 なんともほほえましいかぎりですが、あそびに夢中になっているばっかりに、少しばかり足もとの注意がおろそかになっていたようです。

 ほらほら。よそ見ばかりしていると、あぶないですよ。


「うわっ!」

「きゃあ!」


 ぱっしゃん。川に近い方を歩いていたダンは、石の上にはえているぬれたこけに足をすべらせ、バランスをくずし、川の中へしりもちをついてしまいました。

 さいわい、とっさに持っていた本を土手へとほうりなげたので、本はぬれずにすみました。

 しかし、ダンは足の先からしっぽのあたりまでずぶぬれです。


「だいじょうぶ、ダン?」

「へへっ。へいき、へいき」 

 

 しとしとと水てきをしたたらせながら、ダンは石や土の上にぺたぺたと足あとをつけながらきしへとあがり、かた足ずつうしろへけりながら、毛についた水をはらいました。

 天気がいいので、そのうちかわくことでしょう。

 でも、それだけではありませんでした。


「あっ、ダン。ここのところに、けがしてるわよ」

「えっ、どこ?」

「はんたい、はんたい」

「あぁ、ほんとうだ」


 スーが自分の左手首のあたりをゆびさしてしめすと、ダンははじめ、かがみ合わせに自分の右手首を確かめたあと、すぐに反対の手首を確かめました。

 そこには、赤ちゃんゆびほどの小さな切りきずがありました。うっすらと、ちがにじんでいます。

 きっと、しりもちをついたとき、からだをささえようと手をついたからでしょう。

 

「でも、これくらい、すぐなおるよ」

「だめよ。ばいきんが入っちゃったら、たいへんなんだから。ちょっとまってて」

「はいはい」

 

 スーは、きょろきょろとなにかをさがし、そして、川ぎわで目あてのものを見つけると、その場にしゃがみ込んでつみ取りはじめました。

 そのあいだ、ダンはスーのことをおせっかいだなぁと思いつつ、なげ出した本をひろい上げ、かるくページのほこりをはらって持ち直しました。


「おまたせ~。それじゃあ、ひだりてをかして」

「はい」

「もぅ、そっちじゃないわ。こんどは、わざとでしょう?」

「ばれたか。はい」


 ダンが左手をさし出すと、スーは、よくもんだよもぎをきず口にあて、それを、一度ぬらしてしぼったハンカチでしばってこていしました。

 スーがハンカチをまいてむすぶとき、ダンは、かた目をつぶりました。

 よもぎのはっぱから出るしるには、ばいきんがやってくるのをふせぐ力があるのですが、ちょっときず口にしみるのです。

 

「これでいいわ。きつくないかしら?」

「きつくないよ。ありがとう、スー」

「どういたしまして」


 手あてが終わったところで、ふたりはまた、川ぞいをならんで歩き出しました。


  *


 てくてく、ぴょんぴょん。 

 しばらく歩いて行くと、とちゅうで二つの川が合流し、川のはばは広く、川のそこは深くなりました。

 そして、なおも歩いて行くと、川をわたる一本のつり橋が見えてきました。


「ねぇ、スー。あれは、きつねのおにいさんじゃない?」

「えっ、どこ?」

「ほら、はしのまんなかあたり」

「あっ、ほんとう」


 ダンの言うとおり、ボーダーのティーシャツを着たきつねのお兄さんが、つりざおとあみとバケツを持ってつり橋をわたるところでした。

 ふたりは、いそいでお兄さんのあとを追いかけ始めました。

 こんどのターゲットを、きつねのお兄さんにきめたようです。


「はやくおいでよ、スー。さっきのおにいさんが、どこかへいっちゃうよ」

「ま、まってよ、ダン。ぐらぐらするんだもの」


 橋のまん中あたりまで進んでいるダンが、りょう手で橋のロープを持ちながらゆっくりゆっくり歩いているスーにこえをかけました。

 スーは、ときおりふきつける風やダンが歩くことでふみ板がゆれるのがおそろしく、なかなか前に進みません。

 そのようすを見て、ダンはしんぱいになったのか、それとも、ただしびれを切らしただけなのか、スーのいる場所までもどり、本を持っていない方の手をさし出して言いました。


「こわいなら、つかまっとけよ」

「あっ、うん。ありがとう」


 スーが手をにぎると、ダンは、なるべくゆれないよう、しずしずと先を歩きはじめました。

 ふたりがつり橋をわたり切ったころには、お日さまがすっかり高くのぼっていました。

 そして、そこから道なりに歩いて行くと、ふたりが見かけたきつねのお兄さんが、たいらな石の上につりざおを持って座り、ますやふながおよぐ池へとつり糸をたらしていました。

 

「こんにちは、おにいさん」

「こんにちは、じょうちゃん」

「こんにちは、おにいさん」

「こんにちは、ぼうや。ずいぶん、橋の上であそんでたんだな。――あぁ、またぼうずか」


 つりざおを持ち上げ、つりばりの先に何も無いことを確かめながらお兄さんが言うと、ふたりは、びっくりしたように目を丸くしました。


「どうして、つりばしをわたってきたってわかったんですか?」

「そりゃあ、かんたんな話さ。そっちからこっちが見えてたんなら、こっちからそっちが見えてたっておかしくないだろう? ところで、その本はなんなんだ?」


 つりばりにえさをつけ直して池へとほうりなげつつ、お兄さんがよこ目でダンの手もとを見ながら言うと、こんどはスーが言いました。


「あのね。わたしたちは『こい』とはなんなのかを、いろんなひとにきいてまわってるの」

「こいって、さかなのこいか?」


 お兄さんがとぼけると、ダンが本のページをひらいて見せながら言いました。


「ちがうよ。だって、このおはなしには、つりをするところなんてでてこないもの」

「ははっ。じょうだんだって。そうだなぁ……」


 あたりのこないつりざおの先を見ながら、お兄さんはしばらくだまって考えてから、おもむろに口をひらきました。


「なぁ、じょうちゃん。さっき、つり橋をわたるとき、むねがどきどきしなかったか?」

「えぇ。すっごくどきどきしたわ」

「だれかに恋をすると、そのひとを考えるだけで、それとおなじように、どきどきしておちつかなくなるものさ。もっとも、恋のどきどきは、こわさだけじゃなくて、うれしさも入ってるけどな。――おっ、きたきた!」


 つりざおがしなり、つりばりになにかが引っかかった手ごたえをかんじたお兄さんは、立ち上がってかた手にあみをかまえつつ、なんとか引っぱり上げようとし始めました。

 さかなつりに夢中で、ふたりのことが目に入らなくなったお兄さんといっしょにいてもいみがないと思ったダンとスーは、そっとその場をはなれて行きました。

 

「ねぇ、ダン。おにいさんのいったこと、わかる?」

「ぼくにもわかんないよ、スー。ほかのひとにもきいてみよう」

 

 ふたりは首をかしげたあと、池からはなれ、べつの動物を探しに行きました。

 どうやら、きつねのお兄さんの説明を聞いても、まだなっとくがいかないようです。

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