Ⅰ
ここは、地球から遠く遠くはなれた異世界です。
そこには、洋服を着た動物たちが、だれもけんかすることなく、なかよくくらす森があります。
そこは、いつもぽかぽか陽気で、木の実や魚もたくさんとれ、きれいな草花がいっぱいの、とってもすてきな場所です。
洋服を着た動物たちは、洋服を着ているという点を除けば、私たちの世界の動物たちと変わらない見た目をしています。
でも、にんげんと同じように二本足で歩くことや、自由になった手で器用に道具を使うこと、なかまとお話が出来ることが違ってます。
おもしろいでしょう。
そんな不思議な動物たちの中に、チョッキを着たうさぎの少年ダンと、ワンピースを着たうさぎの少女スーがいます。
ふたりは家がおとなりさんで、いつもいっしょに遊んでいます。年は、少年の方が少女より一才だけお兄さんです。
今日は、このふたりのうさぎたちについてのお話しましょう。
*
ある日の朝のことです。
小鳥たちがにぎやかにおしゃべりを始めたころ、にんじんとチモシーの朝ごはんを食べ終えたダンは、ティーシャツからチョッキに着がえ、いつものように、おとなりのスーの家へと出かけて行きます。
「ごちそうさま。いってきまーす」
「いってらっしゃい。暗くなる前には帰って来なさいよ」
「わかってる」
バスケットをかかえて庭へ洗たく物を干しに行く途中のお母さんを追いぬき、ダンはいきおいよくピョンと柵を乗りこえ、おとなりの庭へととびうつります。
そして、げんかん先に立つと、ドアをノックしながら呼びかけます。
「スーゥーちゃん。あーそーぼ」
「はーぁーい」
返事といっしょに、あいたドアの向こうからスーが姿を見せました。
その小脇には、一冊の古ぼけた本をかかえています。
「それ、なぁに?」
「うふふ。パパのおへやにあったの。いっしょによみましょう」
「あぁっ、いっけないんだー。あとでおこられてもしらないぞー」
口ではスーのいたずらをとがめるように言ってますが、ダンはおもしろい物を見つけてうきうきしています。
ふたりは、ネズの木の根方に腰を下ろし、肩を寄せ合って本を読み始めました。
本にはさし絵もありましたが、ほとんどは文字ばっかりです。
まだ幼いふたりには読めないところがいくつもありましたが、その中でも、なんどもくり返し出てくる単語の意味が、ふたりにはわかりませんでした。
「この『こい』ってなにかしら?」
「さぁ。ぼくにもわかんないや」
そう。スーがお父さんのへやから持ち出したのは、恋愛小説だったのです。
背のびしておとなのふりをしてみたのはいいけれど、このままではおもしろくありません。
ダンはパタンと本を閉じると、スーから本を取り上げ、立ち上がりながら言いました。
「よーし。こうなったら、もりのみんなにきいてみようじゃないか」
「あっ、まってよ、ダン」
だっとのいきおい。
言うやいなや、本を持ったままいせいよくかけ出したダンを、スーはあわてて追いかけて行きます。
*
てくてく、ぴょんぴょん。
手足のうらに汗をにじませつつ、坂道をのぼっていると、こーん、こーんとかわいた音が聞こえてきました。
ふたりは、大きな耳を音がする方へ向けつつ、より大きな音がする方へと向かいました。
みしみし、ぎー、どしん。
しげみをかき分けていくと、そこではくまの木こりが、鉄のおので大きな木を切りたおしたところでした。
おのを切りかぶの上におき、手のこうでひたいの汗をぬぐってひと息ついている木こりに、ふたりがかけ寄って話しかけます。
「おはよう、きこりさん」
「おはよう、じょうちゃん」
「おはよう、きこりさん」
「おはよう、ぼうや。ふたりそろって、今日は何をしてるんだい?」
ダンが持っている本に目を向けながら、木こりが返事をすると、ダンは持っている本を開いて見せながら言います。
「ねぇ、きこりさん。ここにある『こい』って、なぁに?」
「どれどれ。ずいぶん細かい字の本を読んでるんだねぇ。ちょいと貸してごらん」
木こりは、シャツのポケットから虫めがねを出すと、ダンの手から本を取り上げ、ページに近づけて読み始めました。
ふたりは、木こりが本を読んているあいだ、切りかぶの年輪を数えたり、花のみつを吸ったり、クローバーでかんむりを編んだりしました。
木こりは、ダンが言う「こい」が「恋」であると分かると、虫めがねをポケットにしまい、しばらくうでを組んで考えてから、ちょうちょを追いかけているふたりを呼び寄せ、こう言いました。
「ふたりには、大事にしている物はあるかい?」
「あるよ! ぼくは、おとうさんにもらったトランペット」
「わたしは、ママからもらったイヤリング」
「そうか。恋というのは、それと同じくらい、だれかのことを大事に思うことだよ」
「トランペットおなじくらい?」
「イヤリングとおなじくらい?」
「そうだよ。さぁ、おじさんは仕事の続きをするから、話はこれくらいにしてくれ。よっこいしょ」
そう言うと、木こりはダンに本を返し、おのを持ってべつの木へと向かいました。
「ねぇ、ダン。きこりさんのいったこと、わかる?」
「ぼくにもわかんないよ、スー。ほかのひとにもきいてみよう」
ふたりは首をかしげたあと、ふたたびしげみをかき分け、べつの動物を探しに行きました。
どうやら、くまの木こりの説明だけでは、なっとくがいかないようです。




