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新企画 「大人も子供も楽しめる新しい異世界小説を読ませてください」  作者: みんなの異世界小説・作品集
『カーネル・ダグラス物語』 作:Kan
12/26


挿絵(By みてみん)



(よし、今日、脱け出そう)

 葵はある日の夕方、見張りの目を盗んで、バルコニーから木の枝を伝って、屋根に登り、そこから城壁によじ登った。そして、城壁の向こう側へ降りることにした。

 葵が、城壁の上に立ってみると、城下町の向こう側に荒野が広がっているのがよく見えた。そこには、さまざまな形の岩山が広がっていて、数多(あまた)の魔女や魔物が潜んでいることを想像させた。

(不気味な空……)

 眼前に黒い雲が迫ってきていた。


 葵は、城壁の上を歩いて、(つた)を掴んで、門の下にするすると滑り降りた。ふたりの門番は、掘に向いて、煙草をふかせていたので、葵の存在に気がつかなかった。


「アオイ王女は本当にべっぴんよ」

「可愛いよな」

「もう最高だわ」

「結婚したいよな」

「それってアルゴニア王国の男全員の夢だよなぁ……」

「でも、あの熱心なお兄様がいるからな」

 葵は先を急いでいたが、この門番の会話だけは聞き流していなかった。わたしはものすごい美少女らしい、とても上機嫌になった葵は、この世界はわたしのためにあるのだわ、という気持ちになって軽やかにスキップをしながら、門の下の坂道を下っていった。


 城下町に出ると、これが中央の大通りなのだろう、馬車が土埃(つちぼこり)を舞い上げながら、絶えず行き交っていて、両側にはさまざまな西洋風の建物がずらりと並んでいる。のっぽな時計台の他は、それほど高い建物はなかった。

 葵は今、オパールのように光り輝くドレスを着ていたので、さすがにこれでは目立ってしまうと思った。どこか、着替えられる場所があればいいけど、と思ってふと左側を見ると、赤煉瓦(あかれんが)造りの建物に洋服屋の文字が。それはどこの国のものか分からない文字で書かれていたが、なぜか、葵には読むことができた。


 洋服屋に入ると、白髪をくるくるのパーマにした老婆が鼻歌を歌いながら、今まさに洋服をつくっているところだった。すぐに葵に気づき、そのオパールの色をしたドレスに呆然とした。

「あれま、あなた、この世のものとは思えないほど美しいドレスを着ていらっしゃいますのね。ねえ、どちらの高家のお方なのかしら」

 老婆は、アオイ王女の顔を知らないと見える。葵は都合がいいと思った。


「わたし、事情はあまり聞かないでほしいんです。あの、すぐに庶民の洋服とこのドレスを交換してくださらない?」

「そりゃ、もちろん、構いませんよ。そんな素晴らしいドレスをいただけるのなら。でも、なんだか、悪い気がしますね。町娘の格好なんてね。とっても地味なものなんですよ」

「いいんです。むしろ地味な方がいいんです。ほら、この青っぽいロングスカートの安っぽいワンピースでいいんですよ」

 追っ手が来ることを恐れて、葵は焦っているので、軽く失言した。


「それじゃあね。すぐに着替えましよう。どうぞ、奥の部屋で……」

 葵は、老婆が言い終わらぬうちに、どたどたと音を立てて、奥の部屋に入った。色鮮やかな織物(おりもの)がずらりと掛けられている狭い部屋で、暖炉(だんろ)があり、炎がぷつぷつと音を立てている。それ以外は、時間が止まったように静かだった。

 葵は庶民の格好になるとオパールの色をしたドレスを老婆に渡し、裏口から路地裏へと飛び出した。



 路地裏には石畳が敷かれていて、さらに左側に曲がった坂道となっていた。葵はひたすらその坂道を下った。巨大な黒い鳥がバダバタと音を立てて羽ばたいている。それはなんとも不吉だった。

 葵は、ボロ布をまとった人々が座り込んでいる汚らしい通りに出た。汚れた看板の酒場があり、赤や青の洗濯物が干されていた。路地裏の排水溝(はいすいこう)には濁った水が流れていて、悪臭が漂っていた。


(ここは貧民の住処なんだわ)

 葵はそう思った。子供たちが集まってボールを蹴っている。皆、泥まみれで、ぼろぼろの服をまとっている。

(お城ではあんなに良い生活をしているのに、なんという貧富の差だろう)

 葵は、衝撃を覚えた。もしも、この生活を少しでも改善することができたら、どんなに良いだろう。そう思っていると、

「お嬢さん。あなた、こんなところにいるべきじゃないよ。ここはどん底なんだから……」

 と近くの石段に座っている腰に布を巻いただけのやせ細った老人が話しかけてきた。


「ここ、どん底なんですか」

「そうよ。みんな城下町にゆけば良い生活ができると思って集まってきて、結局、上手くいかなかったものたちさ。税金は高いし、賃金(ちんぎん)は安いし、今じゃ腕の良い職人だって、パンも買えないのさ」

「パンも買えないなんて……」

「ふふふ。もう慣れたよ。あのアルゴス王は暴君だ。庶民のことなんてこれっぽっちも考えてやしねえ。その上、歯向かうものは、これだよ」

 老人は、自分の首に手を当てて、横に切る真似をした。


「そんな、いい人よ。アルゴス王は……」

「いい人だって、馬鹿いうんじゃねえよ。今日も誰かが首切られんだよ……」

 葵は、老人にきっと睨まれて、脳天を斧でかち割られたような衝撃を覚えた。


 葵が、憂鬱(ゆううつ)になって、ふらふらと路地を歩いてゆくと、あたりの貧民が広場に集まって何か話している。側に近寄って話を聴くと、何の話か、よく分からない。

「ロドルフ・ヴォロンソフさんが、例の酒場で演説をしたってよ」

「あの人は本当にすげえ方だかんな」

「やるのかい? 本当に」

「ああ。ヴォロンソフさんについていきゃあ、俺たちゃ、なんも怖くねぇ」

「そうだ。やるなら今だよ!」

「西街のやつらもやんのかい」

「そうよ。みんなでひっくり返すぞ」

「パンケーキみてえにな!」

 葵は、何の話をしているのか分からず、ロドルフ・ヴォロンソフという人物のことも知らなかった。

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