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雑事屋、ことはじめ  作者: 一枝 唯
第3章

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08 飯を食ってない

「せっかくまたきてくれたが、俺は何も、知らんぞ」

 まず青年はそう言った。だがリンはちっとも信じないようだ。

「おかげでいろいろと判った。いまの私の材料は、おそらくあんたとほぼ同じにまで揃った」

 何しろ彼女は、ヴァンタンの「知らない」をきれいに無視したのである。

「明日の朝には面会の約束を取り付けたが、若くて気の弱そうな町憲兵の口約束だから、明日には駄目だと突っぱねられるかもしれない」

 間のやり取りをすっ飛ばしてリンは結論だけ話した。

 即断即決即実行のお姉ちゃんだな、とヴァンタンは感心した。

 あれから詰め所に行ったとしても、面会時間外。時間内だとしても、人殺しだと思われているクレスに簡単に会わせてはもらえないだろう。

 諦めて素直におとなしくしているかと思った――期待したが、それどころではない。この状況でできるだけのことを全部やって、また彼のところに戻ってきた。

(大したもんだ)

「あんたの協力が要る」

 リンはそう切り出す。

「俺に何をしろと?」

 ヴァンタンは片眉を上げた。

「脱獄のお手伝いなんてのは、無理だぞ」

「魔術に耐性はあるか」

 リンはやはりヴァンタンの言葉を無視して、自分の言いたいことを続けた。

「何?」

 思いもかけない一語に、青年は思わず聞き返す。

「俺ぁ魔術になんざ縁はないが……君、やっぱり本当に魔術師だとか」

違う(デレス)

 リンはまたも否定した。

「ただ私は、いろいろと魔法の品を取り扱ってる。厳密に言えば、魔術師が使う魔術とは異なる理で動くものも多い。だが、そんなことを話してもいまは仕方がないから『魔法の品』でまとめておく」

「有難うよ」

 別に皮肉ではなく、ヴァンタンは礼を言った。学などはないから、小難しいことをあれこれ言われてもちんぷんかんぷんだ。無意味に嫌がるほど無知でないのならそれでいい、などと娘は言い、有難うよとヴァンタンはまた言った。

「で、どんな品だって?」

「現状で役に立ちそうなものを幾つか持ってきた」

 リンは腕にかけていた小さめの荷袋を軽く振った。

「《《今日の失せ物》》はクレスだった訳だが、私がそんなことを知っても仕方がない」

 〈失せ物探しの鏡〉のことを知らないヴァンタンは、苦笑をした。少し意味の通らない言い方ではあるが、少年を遺失物扱いとは面白い表現をする娘だ、と思ったのである。

「私の持ち物の効用は確かだと、ひとつ教えておく。私があんたにここで追いついたのは、〈深刻の妖精〉を使えたからだ」

「何だって?」

「普段は、美しい羽根を持つ小妖精(ルルファラン)が刺繍されているただの手布だ。だが名前の通り、深の刻になると、それが脱け出す。その瞬間に正しい合言葉を唱えれば、妖精はその刻の間だけ、人探しを手伝ってくれる」

 時間が合わなくてクレスには使えなかった、などとリンはつけ加えた。

「……何だか判らないが」

「判らないのか?」

「いや、判るが」

 ヴァンタンはクレスと似たような反応をした。即ち、言う意味は何となく判るのだが、そんな物語めいたものが実在していると普通に語られてもちょっと困る、と言うような。

「作り話だとでも?」

 その戸惑いに気づいてリンが問う。ヴァンタンは肩をすくめた。

「さあね。ただ、街のどこをうろついてるかも判らない俺を探し当てたことは確かだ。君が神界から降臨した幸運神(ヘルサラク)の娘だと言うのと、何か魔法っぽいことが関わっていると言うのだったら、後者の方が納得いく」

「それくらいの理解でいい」

 年下の娘は何とも偉そうにうなずいた。

「妖精とかは、誰でも探せるのか?」

「依頼人、この場合は私の知る人物なら、だ」

「そうか。それじゃ」

 ヴァンタンは少し迷ってから、続けた。

「《《真犯人》》を探してもらう、なんてのは無理か」

「怠け者だな」

 容赦なく娘は言った。

「それを探すのは私とあんただ。いいな」

 例えここで断ると言っても、リンが無視することは判りきっているように思った。


 ヴァンタンとリンは人目を避け、小道でぼそぼそと話を続けた。

 傍から見れば、どうにも怪しかろう。

 リンに娘らしい感じはないから、若い男女が物陰で云々、というような誤解はされそうになかったが、後ろ暗い密談をしているとは見えたことだろう。

 彼らは改めて手持ちの札を全部広げた。

 いちばん問題であるのはやはり、クレスが自分の小刀を持っていたという点だ。

(トルーディ旦那は意気揚々だ)

 自信たっぷりだった町憲兵の様子を思い出し、ヴァンタンはげんなりした。

 これまでヴァンタンがトルーディを打ち破ることができたのは、向こうに何も証拠がなく、こちらがしっかり用意できたという僥倖による。だがこの状況では、ヴァンタンが吠えて噛み付いてみたところで、トルーディは彼を一蹴するだろう。

「本当のことを言う。ヴァンタン」

 リンの冷静な青い瞳が彼の茶色いそれを捕らえた。

「私は、〈赤い柱〉亭の主が、何か関わってるんじゃないかと睨んでるんだ」

「――バルキーか」

 彼は両腕を組んだ。リンはその彼を観察するように眺める。

「……驚かないな。当たり(レグル)か」

「いやいや、そういう意味じゃない。彼もそれなりに苦労してきてるんでね、過去にはやばい真似もしたらしい。だが競争に生き残るにはそれしかないという場合も」

「過去のことはどうでもいい、現在だ」

 きっぱりとリンは言った。

「クレスを騙して手懐けているようなら、許せない」

 娘の目に強い光が宿った。ヴァンタンはじっとそれを見てから、ゆっくりと口を開く。

「しかし、いったいどうしてだ」

「何がだ」

 リンの瞳から力が消え、疑念が宿った。

「君がそんなふうにクレスを気にかけ、そこまで首を突っ込む理由だ。昨日、会ったばかりなんだろう? 何と言うか」

 ヴァンタンは咳払いをした。

「好き合って将来を約束したという感じもしないんだが」

 言われた「婚約者」はにやりとした。

「昨日はそんなことを言って、彼をからかっていたじゃないか」

「まあ、これから仲良くなることはあるかもなとは思ったよ」

 当人を目の前にして言うことでもない気がしたが、リンが大人びているので、ヴァンタンはついつい、同年代の友人と世間話をしているような感覚で言ってしまう。

「だが、〈恋の女神(ピルア・ルー)の口づけを受けた〉って感じはしない」

 一目惚れの恋を表す言い方を使って、ヴァンタンはまた同じようなことを繰り返した。リンは肩をすくめる。

「私はまだ、クレスの飯を食ってないんだ」

「……は?」

「彼はいい料理人(テイリー)になると思う。いい目をしているから。でも、私はまだ食っていない」

「……ええと」

 ヴァンタンは何か言おうとしたが、巧い言葉が見つからなかった。リンは首を振る。

「私の理由なんかどうでもいいだろう。あんたはあんたと奥方とまだ見ぬ子供のために、街をよくしたい。そうだな?」

「まあ、そう言ったな」

「ならそれでいいじゃないか。私の考えることなんて関係ない」

 リンはひらひらと手を振った。いまの、飯だ料理だというのは、いったいどこまでリンの本音なのだろうか、とヴァンタンは訝ったものの、答えは出なかった。そうか、などと意味のない相槌を打ち、バルキーだったな、と話を戻す。

「〈赤い柱〉亭の店主は、昔はともかく、いまはいい親父だよ。ただ、娘のことになると見境がないところもあるがね」

「そんな感じはした。だから、クレスの世話をしているのが不思議だ。他の雇い人みたいに通いじゃない、住み込みだな」

「みたいだな。実際、ウィンディアとは姉弟みたいな感じのようだが」

「見てりゃ判るだろう。クレスは恋愛なんてまだ知らないだけだ。本当の姉貴でもないんだし、惚れたと自覚したら突っ走って何をしでかすか判らない」

 リンはそう言った。意外な評価だと感じて、ヴァンタンは片眉を上げた。

「そう思うのか?」

「いや、私は思わない」

 少女の返答はそれだった。

「だが、世間の一般的な父親なら、心配するんじゃないかと思う」

「うーむ、俺もまだ父親じゃないからなあ」

 ヴァンタンは、娘が生まれて年頃に成長し、周囲に男が群がることを想像してみた。そんなことになったら、酷く腹が立つような気がした。バルキーと同じように、近寄る男をみんな遠ざけようとするかも。

「君が疑問に思うのは、何故バルキーが、クレスのことはウィンディアに近づく虫と考えないのか、ということか」

 ヴァンタンが考えをまとめて確認すれば、リンはうなずく。

「聞けばクレスの生い立ちは不幸らしいな。バルキーがそれに同情したとか、アーレイドで右も左も判らないのを見かねて放っておけなかったとかいうのも、美しい話ではある。だが私は、そう簡単に信じない」

「疑り深いんだな」

「あんたは判ってるはずだ。『自分と妻と子供のため』。たいていの人間はそれで手一杯。見知らぬ子供、それもいまで《《あれ》》なら、以前にはもっと貧相だったんだろう。つまり、戦力になりそうにもない。そんなのを拾い上げるのは神殿(クラキル)か、やっぱり力で言うことを聞かせ、奴隷のように使おうとする連中か、どちらかだ」

「バルキーはそりゃ神官(アスファ)じゃないが、暴力に訴えるような男でもないぞ」

「だから気になる」

「どう気になるんだ」

 ヴァンタンは追及した。

矛盾(レドウ)があるようだな。バルキーが『貧相なガキ』を『手懐ける』利点は」

「それを調べたい」


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