赤盾のアーゾック
「おい、背教者よ。話が違うではないか。本当にあの二人はAランク冒険者なのか?」
古い街道を縁取るように左右に崖の迫る森。
馬車二台がなんとかすれ違うことができる程の細道に、森から現れた二十人ほどのゴブリンが、倒れた若い冒険者二人を取り囲んでいる。
先程の戦闘時、ゴブリン兵団への指示の声がしていた方向。
茂みの奥から、大角笛を担いだゴブリンコマンダーが現れる。
次にゲスな背教者パストールを伴って、彼を超える背丈の大ゴブリンが現れた。
大ゴブリンは体中に拷問を受けたような無数の刀傷が有り、傷のない場所を探すほうが困難な程の有様だった。
そして、それでもなお、大ゴブリンは邪悪な力に満ち、強大だった。
「は、はい。剣士はドラゴンナイトの称号を得ておりますし、女魔法使いは第五階位の魔法を使います、はい」
額の汗を拭き拭きパストールが答える。
「ここへの探索依頼を出したという奴は?」
「馬車の中です。先程のククルカン教徒もその一味で、あと二人おります」
大ゴブリンはそんなパストールを胡散臭げに眺めた。
「この人間達では、子分共の演習にはなっても、俺のリハビリの練習台にはならん。こいつ等より馬車にいた僧侶の方が腕が立ちそうだったぞ。お前連れて来い。そこの剣士も回復させて二人で掛かってくるように仕向けろ。女は……」
大ゴブリンは、値踏みするかのようにソシエールを眺める。
「アーゾック様。馬車の中にも少し薹は立っていますが女が一人おりますよ」
媚びるようにパストールがそう言うとアーゾックと呼ばれた大ゴブリンは鼻で笑った。
「フフン、新しい子分を増やす『宿腹』がもっと欲しいと思っていたところだ。攫いに出向かねば若い人間の女は手に入らないからな。そこは褒めてやろう」
アーゾックは禍々しい赤火竜の描かれた盾を手にしている。
「やはり噂は本当であったか。『赤盾のゴブリン』。赤の火竜が紋章の盾といえば魔王の近習。魔王包囲戦の生き残り。しかもその姿、ゴブリンと言うより『ホブゴブリン』人とゴブリンの混血か」
馬車の前で腕組みをしていたデルモンドが、アーゾックの方に歩いてくる。
「ククルカン信仰格闘術『滑り込み毒抜き』!!!」
デルモンドは急に方向を変えてソシエールの方に全力疾走し、解毒成分を撒き散らしながら彼女の横を通り過ぎて、アヴァンを包囲していたゴブリンガード達の足元にスライディングキックをかます。
ゴブリンがたじろいだ隙に、左右それぞれの腕でアヴァンとソシエールを抱えると馬車の前まで駆け戻ってきた。
「ああ! 何と言う事?! 取り逃がしましたぞ!!」
パストールが悲鳴のような声を上げる。
「まったく……。五候国冒険者ギルドの怠慢ときたら! ろくな審査もせぬからこのような不心得者に護衛任務など斡旋してしまうのだ」
うろたえるパストールを呆れ顔で眺めつつ、デルモンドは地面にアヴァンとソシエールを寝かせた。
「しかし、事前調査で聞いてはいたが、本当に魔族に反り忠する人間が出ようとは……。末法も末法よ……」
「ア、ア、アーゾック殿ぉ!! こ奴らを取り逃がせば、私の五侯国での活動が、私の報酬が!! やっちゃってください! やっちゃってください!」
アーゾックの陰に隠れ、挑みかかるように拳を振り上げながらパストールは言った。
「ペラペラ五月蝿いわ! 役立たずの人間が!! もう潜伏は終わりだ。これから我らは人の都に攻め入る。お前など用済みだ!!」
アーゾックは不意にパストールの腹を足蹴にし、うずくまる彼の背中に赤盾のスパイクを突き立てる。
「グゲェ!!」
パストールは大量に喀血し、その場に倒れた。
動かなくなった血まみれのパストールを茂みに蹴り飛ばし、アーゾックはデルモンドに向き直る。
「既に我等ゴブリン大隊の包囲の内だ。元より貴様らは生きては返さん」
「ふん!」
しかしデルモンドは不敵に笑った。
そして馬車の方へ振り返り大声で呼びかける。
「師匠!! 師匠の依頼。冒険者ギルドの仕事は、終わりということで良いか?!」
その声に答えるように馬車の扉が開き、深緑のローブをまとったミスランティアが下車した。
「そうですねぇ。そもそもの依頼の元となった近郊の誘拐事件も未解決ですが、それ以降のクエスト連続失敗は、内通者が居たからなんですね……。応募冒険者のランク、依頼のランク、モンスターのランク、色々齟齬をきたしているみたいですしねぇ。クープ?」
馬車の裏側からクープがひょいと顔を出す。
「そうさのう。まあ、裏切りはともかく、ギルドの査定方法は抜本的に見直しをせねばならんようじゃなぁ。やはり、新たなランク指標『階梯新書』の制作を急がねばならんのだ」
アヴァンやソシエールがゴブリン達と戦っていた場所とは、馬車を挟んで反対側から現れたクープは、禍々しい大剣を抜き身で手にしていた。
「こ奴らの事だってそうじゃ。ゴブリンをひとくくりにEランクモンスターにしてしまうから、こういうことになるんじゃ。人間の女子供や街人と、歴戦の勇者を同じレベルで扱うのと同じじゃ。レッサーゴブリン、ゴブリンソルジャー、ゴブリンコマンダー……。正しく分類をすれば、モンスターランクも正しく運用できるのじゃ」
剣先でゴブリンを指し示しながら自説を披露していたクープを、デルモンドがさえぎる。
「ランクなんぞという曖昧模糊な物を指針としているから、見当違いな依頼や不心得者が絶えんのだ。そもそもがな、同じ天地を共に歩むご同道に、やれBだのCだのと格付けをするのが間違えなのだと……」
目の前のゴブリンたちを放置し、議論を始めるクープとデルモンド。
はじめは余裕顔で二人の議論を聞いていたアーゾックも、あまりに自分をないがしろにされたまま言い合いが白熱していくので、次第に顔が引きつり、とうとう隣に立っていたゴブリンコマンダーから角笛をひったくり、一息吹き鳴らすと号令を発した。
「いつまでも無視してんじゃねぇ!! 突進だ!!」
ゴブリン兵団は、隊列を組み直し槍の穂先を並べて突進した。
はじめの標的は一番近くに立つデルモンドであった。
「ククルカン信仰格闘術『護神の加護』!!!」
デルモンドが自身の拳と拳をぶつけると火花が飛び散る。
「早い話が、こ奴らが拙僧の防御を抜ければ、こ奴らはSランク以上だ」
デルモンドはゴブリン達を迎え撃つため駆け出した。