待ち伏せ
馬車は止まった。
「牧師小僧がいないぞ?」
客室の前方、御者台へと続く扉が開いている。
そこから通り抜けたのか、ゲス聖職者パストールが客室からいなくなっていた。
「赤い光点多数。すでに囲まれておるわい」
クープは天瞰図を見ながらそう言うと、冒険者たちに向かって目配せをする。
「追走と待ち伏せの挟み討ち。馬車に弓矢でも射掛けられたら、わしらはひとたまりもないぞ。このままでは護衛としては落第だな」
デルモンドがそう言うと、ソシエールとアヴァンは弾かれたように馬車から飛び出した。
「チィぃぃー!」
すでにアヴァンは抜刀し、ソシエールは樫の木の杖を握りしめている。
「頑張ってねー」
ミスランティアは笑顔で戦士と魔法使いを見送る。
「……あらあら。でも、外をよく確かめもせずに、……減点1ですわね」
「御者が倒れているぞ」
デルモンドはそう言うと御者台から御者を客室に引き寄せた。
「ゴブリンの汚れ矢じゃ。止血と解毒を!」
クープはそう言うと冒険者に続いて外に出ようとする。
「ワシは敵の格付けをする。例の赤盾がいるかもしれん」
「クープ、気を付けて。脅威を近くに感じます。力を持つものがそれを秘匿して隠れているようです」
そのようなミスランティアの言葉を受けて、クープは馬車から外に出た。
※※※※※※※※
「パストール!! 無事か?!」
アヴァンは辺りを見回す。
街道の石畳と森。木々の向こうに切り立った崖が左右から迫る。
渓谷を渡る風は厳しく、しきりに木々を揺らしていた。
「アヴァン、敵は見える?」
樫の木の杖の先に風に消されぬ火を灯し、ソシエールが囁く。
「見えないが、風の音に混じって大勢の息遣いが聞こえる。ゴブリンたちが伏せているようだ」
アヴァンの表情は厳しかった。
既に敵のテリトリーに深く入り込んでいる。
「パストール!!」
アヴァンは大声でゲス聖職者を呼ぶ。
「やれやれ、あの若い牧師は逃げたのかの?」
馬車からクープがヨタヨタと降りてくる。
「えー、陽はやや傾いとるようじゃが曇天で良うわからん。先ずは善し」
クープはアヴァンの方に歩いて行こうとする。
「おじいちゃん! 馬車に入ってて!!」
ソシエールが慌ててクープを押し戻す。
その時、道を縁取る灌木がガサガサと揺れ、背の低い小鬼が躍り出て、手にしていた弓から矢を放った。
「ゴブリンか。弓の訓練を受けておるな。ゴブリンアーチャー、単体脅威ランクE+」
ソシエールの押っ付けに反抗し、クープがニョロニョロと出てきて、ゴブリンの現れた灌木の方を覗き込む。
ゴブリンの放った矢は、アヴァンとソシエールに殺到した。
「フンッ! フンッ!!」
アヴァンは自身に迫り来る矢を、抜き身の剣で払い上げ、返す刀でソシエールに当たりそうだった矢も叩き落とす。
「お美事! 迫る矢を落とすには技量と度胸が必要じゃ。鍛錬を積んでおるな。パートナーを守ったのも良し! キンキラ剣士加点1じゃ!!」
クープは日傘代りにしていた紙束に、黒炭でなにやら走り書きをしている。
「ゴブリン達も初撃から当てにくるとは。よく訓練されているな。こちらも加点1!」
『ブォォォオオオオーー!!』
『ブォォォオオオオーー!!!』
ゴブリンアーチャーの背後、灌木の向こうの森から、角笛の野太い音が響く。
「ゴブリンコマンダーの角笛か! ゴブリン中隊がおるな! 集団脅威ランクCCじゃ!! しのげるかの?」
クープは閻魔帳をたたみ馬車を見返す。
ちょうどデルモンドがノシノシと降りてくるところであった。
「御者はどうじゃ?」
クープが訊くと、デルモンドはアヴァンとソシエールの方を見ながら答える。
「うむ。命に別状なしだ。師匠が診ておる。しかし、……」
デルモンドはクープに何事か耳打ちをした。
「……。留意しよう。……おい! 自称Aランク冒険者?! やれそうか? お前達の所の回復役は見当たらぬようだが」
アヴァンとソシエールはお互いに顔を見合わせうなずくと、武器を構え直した。
「ああ! 仕事をする!!」
「おじいちゃんたちは馬車の陰に隠れてて!!」
それを聞いたデルモンドはうなずく。
「うむ! まだ、Bランクくらいの仕事じゃ。挑戦してみよ!!」
『ブォォオオオオ!!!』
再び角笛は響き、灌木を飛び越えて剣と盾で武装したゴブリンの一団が躍り出た。
「赤盾!!」
デルモンドが叫ぶ。
「いや、デルモンド、アレは違う。ただの盾を赤く塗っただけじゃ。真似をした偽物じゃ!!」
「しかしクープ、真似をすると云うことは手本が居るということ……、」
「タアアアァァ!!」
年寄り二人の会話をよそに、アヴァンが突撃する。
大きな両手持ちの剣で、一番手のゴブリンの顔を横薙ぎにし、そのまま剣の勢いを止めずに一回転し、二番手のゴブリンにも当てた。
『ビン!』
『ビン!』
ゴブリンアーチャーのニ射目が飛んでくる。
木陰から現れた二人の射手と、茂みの中からさらに三人のアーチャーが加わって、以降五月雨式にゴブリンは射掛けてきた。
「発火!!」
ソシエールが杖をかざして叫ぶと、ゴブリンの放った矢は空中で燃え尽き、燃え残った矢尻だけが勢いを失って冒険者たちの足元に落ちた。
「だりゃ!!」
アヴァンは、遅れて灌木を超えた二人のゴブリン剣士に向かって駆け出す。
『ブォウブォォウ』
角笛が鳴り、ゴブリンアーチャーは茂みに退避した。
それぞれが木を盾にして矢をつがえ、射掛ける機会をうかがっている。
『バキャ!!』
アヴァンは、先程と同じく大振りの横斬りで三人目のゴブリンの首を刎ね、少し離れた四人目へ向かう。
アヴァンが駆け寄ったゴブリンは、大剣の初太刀を盾でしのぎ、更に歩を進めて懐に入り込んた。
赤盾を屋根のようにして身をかがめて突進したのだ。
大振りを逸らされたアヴァンの脇は空いている。
『ギィイ!!』
ゴブリンは手にしていた湾刀から手を離し、盾の裏に挟めていたナイフを手早く掴むと、アヴァンの板金鎧の隙間、脇の下に差し込んだ。
「がぁ!!」
ナイフはアヴァンが鎧の下に着込んでいた鎖のシャツを貫通し内腑まで達した。
「アヴァン!!」
ソシエールが叫び、片膝をつくアヴァンに駆け寄ると、湾刀を取り直しアヴァンにとどめを刺そうとするゴブリンを、樫の木の杖で後ろから打倒した。
「パストール、回復を!! パストール? パストール!?」
ソシエールが見回すが、聖職者パストールは付近にいない。
『ビン!』
『ビン!』
『ビン!』
そのタイミングで木の陰に潜んでいたゴブリン射手が一斉に射掛ける。
その矢は三本。
ゴブリン射手を背にしたソシエールには、もはや逃れるすべはなかった。
「ひっ! アヴァン!!」
振り向き、矢が避けられぬことを悟ると、ソシエールはアヴァンの上に覆い被さった。
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