耳ブラジャー
「さてさて獣人共。ワシはこれから、刃向かう戯け者共を蹴散らしつつ、火竜アンカランの住まうアトミクラの大門。旧デール候国の首都へ向かう。貴様達は何だ? 刃向かう者か? 従う者か?」
アトミクラ山の麓。
旧デール候国の大盆地から、人間世界に挑戦するため、ゴブリンを主力とした侵攻軍は五候国目前まで進軍した。
しかし、峠道を塞ぐように忽然と姿を表した一夜城門が彼らの行く手を遮り、この城門を破らんと攻略戦が開始されると、その最中にヘラジカの頭部を持つ異形の悪魔が出現したのである。
悪魔の放った恫喝は左右の岩壁に反響し、まるで世界そのものが峠に攻め寄せた軍勢を、決断の瀬戸際に追いやってしまったかのようであった。
ヘラジカの悪魔フールフールは、侵攻軍に一歩にじり寄り、地面から抜きはなった翼蛇鉾を獣人達に差し向ける。
悪魔に対峙する侵攻軍の前衛。
獣人の群れは、その矛先に飾られた蛇の虚ろな視線を避けるため、波が引くように後ずさった。
踏み留まったのは、ワーボアの族長ガルボアと、ワーウルフの族長プリムステイン。
後は悪魔死霊使いガニシカ・アルマンが、何故かプリムステインに肩車されている。
乱闘の果て、彼女の半袖シャツは敢え無くビリビリに破けて飛散し、彼女の上半身はほぼ裸。
幼いの顔立ちにそぐわない豊満ボディを隠すのはズボンの吊りバンドのみと云う悲惨な格好になっている。
しかし肩車をしているプリムステインの両耳が後ろ向きにひっくり返り、かつ、誠に器用に動き、ガニシカの乳房にカポッとハマって、うまい具合に乳隠しになっていた。
「gururururu……。我が輩たち獣人は、大火竜アンカラン・マッハバアニィの庇護下にある。あんたは大火竜に敵対するのか? 彼の大火竜と戦うつもりなのか?」
唸りながら、耳ブラジャーのプリムステインが悪魔伯爵フールフールに訊ねる。
大悪魔は、和毛をたくわえる顎に手をやり暫し考え込む仕草をした。
「うむ? 古い仲と云えば聞こえは良いが、ワシとあ奴とは今まで何度となく戦ってきた。今回も話の流れ次第では戦うことになるのかのう」
鹿頭の悪魔は、やや投げやり気味に答えた。
「Whuuum……」
それを聞いた獣人達は不安げに顔を見合わせた。
「それでお主らはどうするのだ? ワシに楯突くつもりならば、容赦せんが……」
「garufu! 大火竜アンカランは我が輩ら狼人族に、この地に参集するように使いを寄越したのだ」
戦闘態勢をとりながらプリムステインがクープに告げる。
「狼だけではない、我ら猪人をはじめ『鉄火の森』に住まう全ての獣人達に五候国侵攻をアンカランは指示したのだ」
プリムステインの隣でガルボアが続けるが、それを聞いた鹿悪魔クープは首を傾げる。
「ううむ。あ奴がそんなこと言い出すとは到底思えんが……。昔は、どちらかというと、ワシが人間にちょっかい出すのを、あ奴がとどめていたのだがなぁ。まあ、昔の話だし、あ奴も呆けたかのう」
「伯爵さまー」
ここで、プリムステインに肩車されたままのガニシカ挙手をする。
「んん? どうしたガニシカ?」
生徒の回答を待つ教師ように鹿悪魔クープが続きを促すと、ガニシカは背後を指差す。
「ゴブリン達がしびれを切らして突撃してきたよー」
うまい具合にバストが隠れているガニシカの指し示す先。
『ぶぉぉおおおぉおぉぉぉ!』
恐る恐るクープを遠巻きに眺める狼人と猪人の背後で、ゴブリンの軍団は角笛の咆哮を合図に突撃を開始した。
盾と槍で武装したゴブリンガードが、街道の幅とほぼ同じくらいに広がって城門めがけて突進してくる。
ゴブリン軍団にとって、既に獣人達は敵認定らしい。
容赦なく獣人軍団の後陣に襲いかかった。
背後からの突然の攻撃で、獣人軍団は混乱するかと思われた。
「waaaaaag! ちっこいのに威張りくさりよって○○ゴブリンめ! ○○してやる!」
「Garuf! warf! タイマン勝負なら負けないぜ!!」
しかし、獣人達も、端からゴブリン達を味方だとは思っていなかったようで、待っていましたとばかりに、ゴブリン軍団に逆襲を開始した。
「guwaraaaaaag!!」
「あらららら」
ガニシカ・アルマンを肩に乗せたまま、狼人の族長プリムステインは、仲間達をかき分けて隊列の後尾に戻る。
城門めがけて進軍してきた獣人連合は、ここできびすを返し、今度は峠を駆け下った。
ゴブリン兵団四大隊二千四百と、峠を閉鎖し、クープによって潰走したアーゾックが指揮していた、一大隊の残存四百を加えた約三千の五候国侵攻軍本隊。
対するは、狼人族と猪人族を主力とした獣人連合約六百。
後に『五軍の会戦』と称される、峠をめぐる戦いの始まりであった。




