男はみんな狼よ
悪魔死霊使いガニシカ・アルマンは、城壁で隔てられた境界の、デール候国側にわずかに残る木々の陰に潜んでいた。
ガニシカは当初、門楼上から悪魔弓姫ゼルギス・ヒルギンドオルが放った鏑矢を合図に敵の前衛に襲いかかる算段だった。
その奇襲が、文字通り戦いの嚆矢となるはずであった。
しかし、攻め手は射程に入るや否や口上も無しに、岩礫や火球や氷塊などを次々と城壁目掛けて撃ち放ち、壁の上からはゼルギス・ヒルギンドオルが召喚した弓兵が、反射的に火矢や人魂のような火弾を撃ち返した。
ゼルギスは完全にタイミングを誤り、戦いは始まってしまったが取り敢えず鏑矢は放った。
それを確認したガニシカは勇んで飛び出そうとしたが、何せ動きの鈍いゾンビやらアチコチ部品の足りないスケルトンやらを率いていたので、まあ、モタついた。
「突げ……、」
それでも攻め手が、跳ね返しの爆風で混乱していたので、その前衛に、威勢良く襲い掛かろうと、ガニシカが伏兵と共に飛び出した刹那。
攻め手の後方から追加で放たれた破城魔法の第二弾が、またもや城壁でミスランティアの魔法障壁で弾かれて、何倍もの威力で攻め手側に跳ね返ったのだ。
伏兵として飛び出したガニシカ率いるゾンビやスケルトンは、そのバックファイヤにさらされて瞬く間に爆散してしまった。
「きぃ~……?」
攻め手の前衛、爆風でひっくり返っていたワーボア、ワーウルフ連合軍の前に、杖を掲げてヨタヨタ走り寄せたのは、ガニシカと物理攻撃を免れた幽霊が数体だけだった。
ガニシカが『とつげき』の『き』の字を言い終わる前に、伏兵アンデッド軍団は崩壊してしまったのだ。
今は昼下がり。
賑やかしについてきただけのお化けは、よーく目をこらさないと見えない。
これが人間ならば少しは不気味がってくれたかもだが、目の前のワイルド軍団には、残念ながらそのあたりの、幽霊を怖がる侘寂と云うか、風流さを感じ取れる感性の持ち主はいなかった。
気まずい雰囲気を察したのか、幽霊達は次々と成仏し、ガニシカに謝りつつも昇天して、あの世に旅立ってしまった。
結果、伏兵のガニシカは城門の外で一人である。
「おろ?」
爆風であたりに転がっていた獣人達は立ち上がり、ガニシカがぽつんとたたずむ様を見る。
そして彼等は、取り敢えず城壁も壊れる気配がないので、目の前にいる、このチンチクリンを血祭りにあげることにした。
「wawowoooooomm!」
吠え声を上げて獣人達が殺到する。
「わ、わ、わ!」
ガニシカは骸骨の杖を放り出して、城門へ逃げ出した。
「walf! walf! 逃がすな!!」
隊列の後ろの方にいたワーウルフ、プリムステインが前衛まで上がり、ガニシカの退路を絶とうと、チャッカチャッカ走る。
プリムステインと彼の近衛は、城壁上から打ち下ろされる矢を避けつつ、ガニシカと城壁の間に割り込み、彼女が脱出出来ないよう人狼垣で取り囲んだ。
「guweffeffe!! 観念しろ!!」
包囲の輪を狭めつつ、ガニシカににじり寄る狼共。
「ヒイャァァアアー!!」
クネクネ身をよじって悲鳴を上げるガニシカ。
その様子に狼男達は大興奮。
狼男とは可愛い女の子が怖がる様が大好物な生き物なのである。
彼等は一斉に遠吠えを上げ小躍りを始めた。
「Wam! Wam! walf! walf!」
プリムステインを筆頭に約二十人の狼男がよだれを撒き散らしながら、ピンク巻き髪の少女に、ルパンダイブを敢行する。
「……うおお! やられる前にヤッテヤンヨー!!」
ガニシカは突然吠え、飛び上がってプリムステインを迎撃する。
彼女は空中で丸まって回転し、先頭きって飛び込んできたプリムステインの爪の一撃を間一髪かいくぐって、彼の両腕ごと胴に抱きつくと、シャカシャカと背後に移動した。
抱きつかれたプリムステインにもガニシカの回転力が伝わり、二人は錐揉み状態で、もつれたまま落ちた。
結局背が高く、両腕ごと抱きつかれたプリムステインの頭が受け身不能で地面に当たり、小さいガニシカは無事だった。
逆さに地面に突き刺さったプリムステインから、バク転しながら飛び退いたガニシカは決めポーズ。
「はいなぁ! 魔技、稲妻落とし!」
犬神家の一族状態のプリムステインを見たワーウルフ近衛は激高し、その後は組んず解れつの大乱戦となった。
ガニシカは驚異的なすばしっこさで狼男の攻撃をかいくぐるが、対するワーウルフの振り回す拳は別の狼男にヒットし、掴んだと思った物は自分の尻尾だったりと混乱を極めた。
「プリムステイン! 戦の最中に何を遊んでいる!?」
遅れて辿り着いたガルボア率いるワーボア首脳陣が、取り敢えず乱闘を治めるために介入しようとした。
しかし、両手を振って割って入ったガルボアが、ワーウルフ一番の戦士の放った右ストレートを顎にまともに喰らって膝から崩れ落ちると、それを見たワーボア軍団が、ワーウルフ目掛けて突撃を開始し、混乱は最高潮に達した。
「わはははは!!」
どこかで猪男が笑った。
「gahahaha!」
狼男も笑い始める。
『バキン、ドカン』と拳が体のどこかにあたる音と、獣人達の下品な笑い声。
彼等もイロイロ鬱憤が溜まっていたのである。
「あははははは!」
狙われているガニシカ・アルマンも何故か爆笑である。
誰かに蹴飛ばされて覚醒し、キョロキョロしながら座り込んでいたプリムステインの両耳を後ろからつかんで、彼の頭を左右に振り回し、それを盾にして巧みに猪集団のパンチを代わりに受けてもらっている。
因みに彼女は避けきれない爪の攻撃を何度か受け、服が破れたり乱れたりと、かなりのセクシーな格好になっている。
彼等は手当たり次第、近くの者の首根っこを掴んでパンチを繰り出した。
喰らったものは相手を確認せずに、近くの多分別人に反撃する。
攻め手の後続ゴブリン兵団があきれ果ながら駆けつけようとしたが、彼等の目前には城壁の上から矢の雨が降り注ぎ、行く手を塞いだ。
城門の前で乱戦は収拾がつかなくなり、困惑したゴブリン達は指示を仰ぐため後軍に使者を立てた。
そんな時である。
『ンゴゴゴゴゴ……』
巨大な門扉が持ち上がり城門が開いた。
流石に何人かの獣人がそれに気付き開いた門の方を見やる。
「!!」
そこにはふたつの人影があった。
一つは鎖帷子の上にサーコートを羽織った小太りで背の小さいちょび髭おじさん。
やけにゴツいガントレットを両の腕に装着し、ツルハシを肩に担いでいる。
ガウシェン冒険者ギルド長重騎士シグマイネンである。
「ふぅー、ふぅー、ふぅー……」
汗ダラダラで肩で息をし、登場時点で既に目がイッちゃっている。
彼の姿も異様ではあるが、その程度では個性を主張できないほど隣のもう一人が更に輪をかけて異様だった。
大きな城門を身を屈めて立って通れるギリギリ位の背丈。
人族の身長を優に倍するその怪人物は、首から上はトナカイで、その下にゴリマッチョと云うかまんまゴリラのような全身毛むくじゃら筋肉オバケボディーが接続されていた。
枯れ木の巨木の如き枝振りの角には、千切れた燕尾服の端切れ布が所々引っかかっていた。
ピーンと伸びきった大蛇の頭直下に、羽根を模した刃が生えたような奇っ怪な長柄武器を手にしている。
彼の容姿を端的に表現すれば悪の大魔王である。
「楽しぃそうではないかぁ皆の衆!!」
地響きをたて、一歩踏み出した彼に、そんな事を言われた獣人達は『ヒッ』っと短い悲鳴を上げて後ずさった。
怯えてコチャコチャ縮こまっている獣人集団から一人、ワーボアのガルボアが進み出た。
「お、恐れながら、かなり名のある悪魔様とお見受けいたします。何故人間に与力するかは存じませぬが、せめて御名前をお教えいただけますでしょうか?」
恐る恐るガルボアがそう尋ねると、鹿ゴリマッチョは大笑し翼蛇矛を地面に突き立てて腕組みをした後、名乗りを上げる。
「我の名は悪魔伯爵フールフール。人間たちは『クープ』と呼ぶ。火竜の盟約を反故とし、『火竜の遊び場』から攻めい出、人間を襲うのならば心せよ。我は今、故ありて人類の守り手であぁぁる!!」
そう言うやフールフールは矛を引き抜いて獣人達に差し向けた。




