SSS級脅威
「さてさて主殿方。
此度の来訪。
私の隠棲先であり、我が祖父、アトミクラ山南門の守護にして魔王軍覆滅の立役者である大火竜アンカラン・マッハバァニィより、忝くも管理を承った、この、ドワーフの廃坑への突然の来訪、どういった御用向きで有りましょうや?
私の記憶違いで無ければ、巡邏中の私に名のりもせずに襲いかかってきたのは、他ならぬ主殿達の方だと思うたが……」
ニヤニヤと、意地悪く笑いながら竜女グアラカンはそんなことを言った。
「い、イヤ、竜の姫君。あれはわたくしの独断でして……」
慌てて弁明しようとするパストールをデルモンドは手で制す。
「この廃坑の上。イスカンダリア候国ガウシェンの町と旧デール候国とを結ぶ峠道の頂上に、魔王軍と同じ赤竜の旗印を掲げるゴブリンの一団がおってな。それらを蹴散らし追ううちに此処にたどり着いたのだ。そして……、」
破邪覇道+1を代表して戦僧デルモンドがグアラカンの問いに答えるが、仁王立ちのグアラカンは笑顔のまま、『みなまで言うな』とでも言いたげに、手首のない腕をヒラヒラさせて、デルモンドの後の言葉を遮った。
「ふっ、クククカカカカ。
……、まあ、良い良い。
人は竜をみたら、見境無く襲って何の問題や有らん。
それで至極良い。
それだけの勇気と胆力が有るのなら、竜は人のそれを寿ぐぞ。
我ら竜も、人を見たらば取り敢えず挨拶代わりに襲うのだからなぁ。
アッハッハッハッハー!!」
カラカラと笑いデルモンドの肩をバシバシ叩くグアラカン。
ソシエールの倍はあるデルモンドより、竜女は更に頭一つ背が高かった。
「あれらゴブリンは、お主の差し金か?」
デルモンドの問いにもグアラカンは笑顔である。
「うーん。そういえばこの前、アーゾックと名乗る大ゴブリンが来たが、ちょっと挨拶代わりにと相撲を取ってみたら、その後話もせずに帰ってしまってな。
イヤイヤ、ハゲの主殿。
アトミクラ山の最奥から湧きい出たる禍々しき憎悪を信奉する者共に、我が与する事はない。
……。
我が祖父の真意は今や判らぬが……」
『ドオオォーン!』
グアラカンの語りの途中、『闘技場』の上方から、くぐもった爆裂音が響き、天井からパラパラと小石混じりの埃が降ってきた。
「……くっ始まったか。皆の衆! 急ぎ戻るぞ。夕暮れが近い」
デルモンドは慌て、皆をせき立てて帰り支度を始めさせる。
※※※※※※※※
峠に渡された堅牢な城壁の上には、馬車でも通れそうな幅の通路があり、そこには今、闇が凝縮したような黒くて不吉な者達がひしめいていた。
彼等は悪魔弓姫ゼルギス・ヒルギンドオルによって、異界より召喚された弓兵である。
赤黒い、死骸から引き抜いたばかりの、大きな獣のあばら骨のような歪な弓を手にし、後は黒、黒、黒の人形をした影であった。
今は何の指令もなく、無言で立ち尽くし、戦いの合図を待っている黒い兵団をかき分け、猪のような小太りの戦士と、糸杉のような細身長身の僧侶が見晴らしの良い中央まで来た。
城塞都市の正門も斯くやという強固な門扉を備える城門。
その門楼から二人は旧デール候国方面を眺めている。
足元、門前の広場には悪魔死霊使いガニシカ・アルマンによって呼び集められた、ゾンビ兵や骸骨兵が、まばらに立っている。
「クープ先生の話によると、敵の斥候は砦を見るやあわてて引き返したらしいです。このまま侵攻を諦めてくれればよいのですが……」
小太り戦士シグマイネンは、遠くアトミクラ山を臨む峠の下り坂から糸杉僧侶ハインツに視線を移してそう言った。
「……デルモンドめ。監視者の任を放棄して何処に行った?!」
ハインツが振り返ればそちらはイスカンダリア側。
麓の町ガウシェンまで伸びる街道の端に寄せて、馬車が停まっている。
馬車の中には希代の賢者にして吸血鬼。五候国の守護にして、人類の敵、二律背反の魔女ミスランティアと、彼女が召喚した大悪魔クープが、廃墟で見つけた赤子と共に待機している。
「監視者デルモンドが日没までに、母上、……オホン、五候国冒険者ギルド指定SSS級脅威、『吸血鬼ミスランティア』の元に戻らなければ……」
ハインツはチラリと馬車を見た後、首から下げて、懐にしまってあったペンダントを取り出した。
「対象の心臓を破壊し、吸血鬼の脅威を排除する」
ペンダントトップを開くと、中には琥珀色の宝石が納められていた。
おぼろげに赤く光り、脈動のように明滅する宝石をしばし眺めたハインツは、大事そうに蓋を閉じ僧衣の懐にしまった。
「ハインツ猊下……」
ハインツの厳しい横顔を見ながらシグマイネンは嘆息する。
「その任を、拙僧は他ならぬ母上、吸血鬼ミスランティア自身から直接託されたのだ……。そのときが来たら躊躇はしない……。ん?」
城壁の向こう側で、ゾンビやスケルトン達の動きが急に慌ただしくなった。
動く死体の群はデール候国側に前進し、街道脇の木々の陰に潜み、まるで元の死体に戻ったかのように動かなくなり、敵を待ち伏せる。
ガニシカ・アルマンが杖を振りながらトテトテ走り回っているのを、門楼から見下ろすことができた。
「ユーフェンはガウシェンまで援軍を喚びに行ったが、間に合いそうもないな。どのみちこのまま日が暮れたら世界が終わる。さて仕事仕事」
汗をかきかき、シグマイネンは馬車に向かって駆け出す。
ハインツは門楼にとどまり街道を睨みつけている。
「人間の戦いだ。敵にしろ味方にしろ、怪物は退場するべきなのだ」
そう言った後、ハインツは防御魔法の用意を始めた。




