Aランク冒険者見参
馬車はゴトゴト森の中の路を進む。
「今回の任務って。これって観光案内じゃないのぉ?」
黒のとんがり帽子とローブ。
元は地味そうな服装に、チョイスの法則を見いだせぬファンシーグッズの数々を、デコりにデコった黒髪の魔女が、馬車の中でため息混じりにそんなことを言った。
「だよなぁ、五侯国の冒険者ギルドって、Aランク冒険者の扱い悪くね? こんなのDランク辺りが請け負うやつだよなぁ」
黒髪の魔女の隣、金髪碧眼キンキラ鎧の若者が、広くもない馬車の客室で、ご自慢のでっかい剣を手入れをしながら文句を言う。
「二人とも腐らないで。今回のクエスト、ほら、報酬はAランクですからね」
魔女と鎧の正面に座っている、清浄の極みを体現したような若い聖職者が、手でお金を表す、いささかゲスな仕草をしながら答える。
「廃古道の峠を越えて、旧七侯国王都遺跡までの護衛。遺跡の探索は無し。護衛対象は……」
黒毛魔女は、馬車の後ろの方を見る。
『……老人会のツアー?』
馬車を操る御者と三人の冒険者の他に、馬車の客室にはさらに三人の客が乗っていた。
立派な服を着た、髭がビョーンと左右に伸びて、その先が微妙にカールしている老紳士。
禿頭で体の大きい、頭の毛が抜け去った熊のような老人。
その二人の介護役なのか、豊かな銀髪、顔立ちは優しげで場違いなほど美しいが、飾りのない深緑の地味なローブを着た丸眼鏡の女性。
これら老人二人と婦人一人が、冒険者達の護衛対象である。
警護対象の三人は、肩を寄せあって車外を眺めながら談笑していたが、黒魔女っ子がぼやき始めた辺りから揃って冒険者の方を見つめている。
「オジジ達に注目されてるし……」
魔女っ娘を見つめる老人会(仮称)の面々は笑顔である。
「戦士殿」
目が合ったのを好機と、髭老人がキンキラ戦士に話し掛けてくる。
「素敵な剣と鎧ですな。お若いのに立派立派」
武具を誉められ、キンキラは途端に相好を崩す。
「へへ! この剣で火竜を討伐して俺はAランク戦士になったのさ! そしてドラゴンナイトの称号も!」
車内で剣を振り回すキンキラ。
「よろしければ剣を見せて頂けますかのう」
老人に求められ、上機嫌のキンキラは、抜き身のまま剣を渡した。
「ほー、なるほど鋭いですな。……所で、この剣で倒した火竜とは、どちらの竜ですかな?」
受け取った剣を簡単に眺め、すぐにそれを返しながら、髭紳士は質問する。
「どこって、……アムル公国のブエナ山、だけど」
若干トーンダウンしてキンキラは答える。
「なるほどのう」
髭紳士はフムフムと納得したのか、それで会話は終わった。
「ご老人がたはどうしてこの先の遺跡へ?」
今度は清くてゲスな聖職者が、冒険者を代表して老人会の三人に訊ねる。
「これから行く旧王都には、ククルカン教の神殿が残っておってな。上古様式のそれは見事な戦神、護神、慈神の三神像があって、もう、訪れる者も居らんのだが、せめて一度は神饌を奉納しようかと」
この馬車に乗り合わせている冒険者グループと老人会の六人中で一番の巨漢である、禿げた熊のような老人が答えた。
「ああ、その頭。ククルカン教徒の方でしたか」
ゲス聖職青年は、言葉こそ丁寧なままであったが、一気に顔から表情が消え、禿げ熊に向ける視線は冷ややかなものとなった。
「やれやれ、流石は異国。崇むる神の多種多彩なこと。節操がないとしか言いようがありませんね。アムル国聖教会から遠く離れ、我が神の加護は弱まりましたが、私にはこの、聖ゲロンディクス様の護符がありますから」
ゲス聖職は首から下げている、おじさんの顔がレリーフとしてあしらわれた護符に口づけをする。
「あのう、冒険者の方々」
丸眼鏡の美女が老人会を代表して発言する。
「あ、我らグループ『破邪覇道』という通り名でして」
ゲスが、片手をあげて言う。
「えーっと、破邪覇道の方々、この旧街道の噂はご存知ですかぁ?」
丸眼鏡美女がユルフワ口調で聞くと、
「無論、Aランク冒険者は、そのあたりの下調べを怠ったりはしないのです。この先ゴブリンの山賊が出るそうな。ですが、所詮ゴブリンはゴブリン。Aランクである我らの敵ではございません」
神職者のその言に、老人会の三人は破邪覇道の三人に気付かれないような小さなため息をついた。
「あのー、探知魔法をかけたりは?」
それでもユルフワは気を取り直して質問する。
「いてもゴブリンでしょ? いいよ別に。探知魔法とか、そんな低レベル魔法修得してないわよ。出てきたらちゃんとやっつけるから心配しないで」
「あらぁ。探知魔法は使えませんの? では、どんな魔法がお得意なんですか?」
ユルフワ美女の慇懃無礼な質問に気分を害した黒っ毛は、鼻息を荒くして答える。
「第五位呪文『ファイア・アローレイン』! 第四位呪文『フレイム・ハープーン』! 第五位呪文『マグマ・ウォール』! 私は火魔法の専門家よ!!」
「あらあらー」
「オバサンも見た感じ魔法を使いそうね。でも、護衛雇うくらいだから、無階位の探査魔法とかが関の山なんでしょ? なら、探知魔法代わりにかけてよ、無階位の専門家さん! それとも若作りは上っ面だけで、中身は両隣の養老院の方達みたいに耄碌されているのかしら?」
黒魔女っ子はケラケラ笑うと、破邪覇道の二人に合流し、ミーティングを始めた。