アヴァンとマルキス
赤竜グアラカンは視線の先、対峙する若き剣士の更に向こう側で、ドロワとゴーシュが次々と撃破されるのを見た。
「……」
戦いの結果としての敗北ならば、その是非について語ることはない。
ドロワとゴーシュが闘争の高揚の中で、絶頂を迎えることができたのなら、竜の末路としては上々である。
──暴力で思いのままになると思い込んでいる者が、更なる暴力で理不尽に打ち倒される様は爽快か……。
グアラカンは先程坑道での戦いで、暗黒神父パストールが吐いた言葉を思い起こす。
「ついに我らも狩られる側となる……。クックックッ、痛快!! 抗うとしようか!!」
視線を目の前のアヴァン・ガルドに戻し、グアラカンは四肢に力を込める。
──先ずはこの剣士!!
グアラカンは手首から先を失った片手を地面につき、無事な方の腕で床を薙払う。
唸る烈風を伴って音の響きを超える速度の鉤爪の列が、アヴァン・ガルドに襲い掛かる。
「坊や! 下がって!!」
アヴァン・ガルドの手にする剣、と、言ったら良いのか、腕に絡みつく剣形の悪魔、マルキス・ヴェルキスが警告する。
「坊やは、やめろよ姉ちゃん!!」
不平を言いつつもアヴァンは反応し、バックステップで後退する。
彼が寸前まで居た空間を、グアラカンの腕が一閃した。
空気が激しく動き、発生した真空に、引き込まれまいとアヴァンは踏ん張った。
「?!!」
グアラカンの一撃が空振りに終わると、その隙を衝いて攻撃するためアヴァンは前に出ようとする。
しかし、何かの懸念が彼に真逆の行動を取らせた。
彼は更に後退したのだ。
グアラカンの回転は止まらず、ちょうどマルキス・ヴェルキスを手にする前のアヴァンが、『竜殺し丸』でよくやったように、大振り横薙ぎで自身の尾を叩きつけてきた。
竜燐で覆われた刃付き戦鎚のような尾は、豪腕を上回る速度でアヴァンとマルキス・ヴェルキスがとっさに構えた赤盾に接触した。
「チィィ! 慣性制御!!」
体勢を崩しながらバックステップしたアヴァンは、盾を垂直に構える暇が無く、ほぼ伏せたような姿勢で盾を斜めにしていた。
それが幸いし直撃は免れたが、片腕が吹き飛ぶほどの衝撃がアヴァンを襲う。
マルキス・ヴェルキスはとっさに魔法で赤盾を空間に固定し、それを凌いだ。
グアラカンの尾は軌道を逸らされて跳ね上がる。
『コオッ!!』
回転速度は落ちたが、グアラカンの円舞は仕舞いではなかった。
アヴァンの前を二回目に巡ってきた竜の頭部、開かれた顎戸から火球が発射されたのだ。
肺に残った息を熱して放っただけの、グアラカンにしてみれば挨拶程度の火炎である。
しかし、体勢を崩し、魔法で盾を縫い付けられたアヴァンにはその火球を避ける術がなかった。
『ドウッ!』
アヴァンは発火し、人型の火柱となる。
「坊や! 息を止めて!!」
マルキス・ヴェルキスは魔法を発動し、アヴァンの周囲から『火素』を奪う。
燃料を失ったグアラカンの火炎はたちまち消えた。
『ふむ。やはりただの剣士ではない。悪魔憑き、無詠唱魔法を使うところを見ると、かなり高位の悪魔が憑いているな』
グアラカンは巨体に似合わない敏捷さで後退し、アヴァンから距離をとった。
『我も使うとしよう。第四階位竜魔法、範囲限定、効果拡大『魔法阻害』!!』
空気が軋み、魔法を阻害する領域が発生する。
パストールが使った『口チャック』は呪文詠唱を阻害する魔法だが、この魔法阻害は魔法の効果そのものを無効化するらしい。
アヴァンの赤盾にマルキスがかけていた慣性制御が解かれ、アヴァンは改めて地面に転がった。
『パキン、パキン』
グアラカンの首元から澄んだ音がする。
逆鱗が裏返り、満腔の怒炎を放つ為の『火素』を吸い込む音だ。
「坊や! 動いて!!」
マルキスの叫びに呼応し、アヴァンはグアラカン目掛けて突進する。
『プッ、プッ』
アヴァンの左肩の辺り、マルキス・ヴェルキスは自身の触角を二つ自切し、グアラカンの逆鱗に向けて発射した。
『キン、キン』
『ギャァァァアアア!!!』
触角は逆鱗に触れ弾かれたが、グアラカンの瞳にはたちまち憤怒の狂気が宿る。
「坊や……、アヴァン! 覚悟を決めて!! 後戻りはできない、魔法の支援もない!!」
マルキス・ヴェルキスは体を広げ、アヴァンの体をほぼ覆い尽くした。
剣身は消え、赤盾は背負われ、二足の小さな竜人のような姿になった。
アヴァンの全身を覆ったマルキス・ヴェルキスは彼の四肢を締め上げた。
『ボキン! ボキン! ボキボキン!』
「アグア!!」
一瞬でアヴァンの手足の骨は折れた。
「ううう、ごめん、ゴメンねぇ! 終わったら直ぐに回復魔法かけるからね」
アヴァンの身体のどこからか、マルキス・ヴェルキスの声がする。
「守ってみせる!! 私があなたを殺させはしない!!」
人間離れした跳躍でグアラカンの胸元に飛び上がったアヴァンは、逆立てた逆鱗の下に隠されていた火素の吸気口に腕を突っ込もうとする。
怒り狂うグアラカンは、それでもに逆鱗を閉じて通気口をふさぎ、体当たりでアヴァンを吹き飛ばす。
壁に激突する勢いで飛んでいったアヴァンは、猫のように空中で大勢を立て直し、壁を蹴って反転し、今度はグアラカンのアタマを狙って飛び付いた。
ここまでの動きで、アヴァンの手足は有り得ない方向に曲がっている。
「イギギギ、」
アヴァンは歯を食いしばり激痛に耐える。
火炎の発射を諦めたグアラカンは首を激しく上に振り、アヴァンを天井まで跳ね上げる。
またしてもアヴァン、いや、マルキス・ヴェルキスは天井を蹴って反転し、頭上から襲いかかった。
「うん!」
ここでアヴァンが体を無理に動かして、グアラカンの頭部との衝突コースに自身を乗せる。
「アヴァン!!」
マルキス・ヴェルキスが悲鳴を上げる。
アヴァンが衝突寸前に首を曲げて頭を逸らすと、背負った赤盾が先頭となって、グアラカンの頭部をかざる角とぶち当たった。
「バキン!!」
グアラカンの頭から左右後方に伸びる二本の角に、ちょうど赤竜の頭部を模して造られた赤盾の、二本のミスリル製の角がぶつかる。




