パストールの戦い
坑道での戦いで逃走したグアラカン・マッハバァニイを追い、冒険者グループ破邪覇道は『竜宮』に足を踏み入れた。
この場所にはグアラカンの他にも、彼の左右を守る二体の竜がいて、堆く積み上げられた宝物山の上で冒険者達を待ちかまえていた。
若き剣士アヴァン・ガルドがドラゴン単独討伐という本懐を遂げることが出来るよう、暗黒神父パストールは右竜ドロワ、戦僧デルモンドは左竜ゴーシュと対峙した。
「ククルカン信仰格闘術『天網恢々!!』」
岩盤をくり抜いた地下闘技場のような空間に、桃色の光る染料で描かれた蓮が顕れる。
「ふん!」
「ふん!」
「ふん!」
宙に点在する絵の蓮葉を踏み、戦僧デルモンドが空中を駆ける。
目指すは遙か高み、左竜ゴーシュの頭部である。
「グルァァアアアアアア!!」
鎧も着ていない坊主と侮ったのか、左竜ゴーシュは立派な左腕には頼らず、そのまま小癪な坊主を噛み砕こうと、刃のような歯の並ぶ大口を開いた。
「ククルカン信仰格闘術……」
しかし、機先を制したデルモンドは、人頭がすっぽりと入りそうなほど大きいゴーシュの鼻の穴に片腕を手首まで突っ込み、強引に引き寄せる。
「『心頭滅脚!!』」
『ドゴッ!!』
デルモンドの僧衣の裾から脚が飛び出し、豪腕で引き寄せたゴーシュの下顎を岩石のような膝で突き上げた。
「カハッ!!」
ゴーシュの開きかけの口は斜め下からの強撃で閉まり、牙と牙が衝突して火花が散った。
衝撃で竜の頭は傾き、眼球がグリンと裏返る。
「カ……カ? カカ、」
白目を剥いたゴーシュは暫し立ち尽くしていたが、やがて傾き、竜の巨体は倒れ伏した。
「兄弟子様! 瞬殺ですか?!」
右竜ドロワに硬貨を投げ付けながら、パストールが感嘆の声を上げる。
「拙僧は殺生はせん」
デルモンドは手で僧衣の埃を払いつつそう言った
「弟弟子よ、手伝いはいるか?」
左竜ゴーシュが膝蹴り一発で沈み、起き上がってこないのを確認したデルモンドは、右竜ドロワと対峙するパストールに声をかける。
「わたくしには、竜と戦う理由は無いのですが……、」
そう言いながらもパストールは、人間離れした動きでドロワを寄せ付けず距離を保ちながら発火する硬貨を投げ付ける。
「ジュ・ヴ・サリュー!! ジル・ヴ・ラム・アムル!!」
数ヶ所で爆発が起こる。
「ギョワ!!」
錐揉みしながら竜の巨体が天井近くまで跳ね上がり、仰向けに床に叩きつけられた。
灰銀の竜燐は黒く煤けまだらになっている。
「しかし、先程わたくし不覚にも、グアラカンなる竜に負けてしまいました。御主人ミスランティア様の尖兵として、雪辱の機会がほしいですね」
黒い霧が、パストールの両の手先で魔獣の鉤爪を形作る。
「しかし、かの竜はアヴァンに譲るとして、取り巻きの一竜くらいは倒さねば、立つ瀬がないイイイイィィィィイイイイ!!」
金切り声とともに、パストールは未だ起き上がれないドロワの胸元に駆け上がり、首めがけて狂ったように鉤爪を振るった。
『キン! キン! バキン! ゴキン!!』
「……」
軽薄な言葉とは裏腹に、鬼気迫るパストールの戦いぶりを見て、デルモンドは助勢を止めた。
「では、見届けて進ぜよう」
「是非とも、ミスランティア様に、わたくしの勇戦を、お伝えくださ、い!」
『バキン!』
語りながらも攻撃を続けていたパストールの一撃が、ドロワの首元、人で云えば鎖骨の辺りに当たった時であった。
「ギャアアアアァァー!!」
右竜ドロワは身の毛のよだつ絶叫とともに、弾かれたように飛び起き、瞬く間にパストールをひっくり返してのし掛かると、左腕で彼の腰の辺りを床に押し付け、巨大な右腕を上半身目掛けて何度も何度も打ち下ろした。
『ドカ! ドカ! ドカ! ドカ! ドカ! ドカ!』
余りにも唐突に始まった竜の反撃に、パストールは為す術も言葉もなく粉砕される。
『ドカ! ドカ! ドカ! ………』
デルモンドはそれでも腕組みをしたまま動かなかった。
しばらくの殴打の後、ドロワの強撃が止む。
すでにパストールの上半身は人の大きさの何倍にも広がって、ただの血溜まりになっている。
『パキン』
先程パストールが一撃を当てた首元の辺り、鱗が一枚、血を吐きながら裏返り、そこから竜の体内に大量の空気が吸い込まれる。
『キュオオォォォー』
ドロワが牙を打ち鳴らすと火花が散り、それは吐き出された竜の毒息に引火して、たちまち炎のブレスとなった。
『ブロロロロロァァァァアアー!』
パストールの血溜まりが煮えたぎる。
しかし、その時、パストールの下半身から黒い血が噴射し、墨を吐いて逃げ出す海中のイカのように、ドロアの拘束を逃れて、腰から下だけが『スポン』と飛び出した。
その後、黒い血はコウモリの羽根を形作り、千切れた腰から上に翼の生えた、グロテスクで珍妙なクリーチャーとなってパタパタと天井近くまで飛んで行ってしまった。
「なるほど、兄弟子様。これがいわゆる『逆鱗に触れた』と、言う奴ですね…」
左右の翼の間から、パストールの顔が生えてきて、そんなことを言う。
「ほう! しぶといものだ」
デルモンドは感心する。
空を舞いながら、パストールは首、胸、腹と再生し、腕が翼の変な神父が出来上がった。
「さて、」
パストールは口の中をモゴモゴと舌でまさぐり、舌下に納めていたピカピカの小さなコインを取りだす。
「ぷっ」
パストールがコインを吹き矢のように口から発射すると、それは絶妙なコントロールで、ドロワの裏返った鱗、首元の隙間に吸い込まれていった。
「グッ、グェ!」
コインを吸気口から吸い込んでしまったドロワの吐いていた炎は不完全燃焼を起こし、煙混じりの毒息になった。
「天地のはじまりに、貴きものござる。
美しきの乳房をたたえ、天よりしたたりたる乳は、
地に豊穣をもたらす……」
変なハーピィみたいなパストールは宙を舞いながら、『アムルの賛歌』を朗唱し始める。
吸血鬼として呪われた彼の体は、自身の吐き出した言葉に浄化され白く燃え上がる。
「グッ、グファァアアアー!!」
同時にドロワも苦悶のうめき声を上げ、口と鼻から白い炎を噴出させる。
「雲の臺に安いて、この世の熟れて稔るまで、美酒を傾けながら……」
パストールの翼は焼け落ちて、彼は鳥が飛びながら死ぬように、ぽとりと墜落した。
「……今こそ称えん、清し、尊し、聖神アムル、……」
落下し、床でくすぶる消し炭のようになっても、そこからパストールの祈りの詠唱は続いていた。
『キィヤアアアァァァーー!!』
ドロワの胸部は風船のように膨らみ、左右の鎖骨の窪みから炎が逆流して二本の火柱となる。
「ジュ・ヴ・サリュー、ジル・ヴ・ラム……アムル……」
『ア、ァ、ァ、ァ……』
ドロワは燃え上がり、竜の鱗を残して、中身が焼け落ちようとしていた。
「そこまで!! 勝負有り! ククルカン信仰格闘術『長距離癒やしっ屁!!!』」
デルモンドの両手から、癒やしの効果をもたらす『何か』が、指向性を持ってフワーッと香った。
くすぶるパストールはそのガスの一方を浴びてたちまち回復する。
もう一方の癒やしガスは、すでに半ば焼けて、中のうつろな竜の立像のようになってしまったドロワに降りかかる。
「あ、兄弟子様……」
「捨て身の戦い見事であった。しかし弟弟子よ、このような戦い方は、月の力の強い今時期しか出来ないぞ」
いつものように衣服が全焼したパストールが、デルモンドの助けを借りて立ち上がる。
「はあ、そう、なのですか」
立ち上がるとすぐに服を再生させるパストール。
「きゃああ!!」
背後からソシエールの悲鳴が響く。
デルモンドが振り向くと、竜宮の入り口から体制を整えたリザードマン軍団が、大挙押し寄せてくるところだった。
「トカゲ人間達も主人想いな事よ。……では弟弟子、そちらは任せたぞ」
デルモンドは踵を返し、ソシエールの元に向かう。
「そ、そちらって?!」
パストールが聞き返すと、デルモンドはアヴァンの方を指差した。
「あと、そっちの竜も気がついたら介抱してやれ。別にこの竜達は悪さをしたと言うわけではない。血の気が多くて、喧嘩っ早いだけだ」
「……そうは言っても、この有様では、最早手遅れでは?」
すでにソシエールと共に、リザードマンたちとの乱戦に入ったデルモンドから答えはない。
仕方なしにパストールはドロワの立像に歩み寄る。
「んん?」
竜の鱗の中身、ちょうど腹の辺りに、竜の胎児のように一人の、どう見ても人族の女が、丸まって寝ているのを、パストールは発見した。




