魔界伯爵の変態
「ガニシカ。おぬし、良からぬ事を考えておるな」
ミスランティアの後ろ姿を睨み付けていた悪魔死霊使いガニシカ・アルマンであるが、クープはその視線に気付くと彼女の首を上げさせ、真正面から顔を覗き込んだ。
「構って……」
意を決しクープを見据え、涙目で睨み返しながら、ガニシカ・アルマンはポツリと言った。
「んん?」
「もっと私達を構って!!」
年寄りの首に腕を絡ませて、ガニシカ・アルマンは駄々っ子のように訴える。
「はあ?」
「ゲイオーグは毎日『淋しい淋しい』って言っているよ! ゼルギスだってあんまり喋んないけど、いっつも泣いてるよ!! マルキスは、…………なんか若い男捕まえたみたいで帰ってこないけど」
「さ、さびしいとな? ううむ。……しかしだな、昨晩もお前達を呼んだだろう? 皆でデルモンドと戦ったじゃろう?」
「そうそう! 昨日は楽しかったなあ! あのエルフと一緒だったのが癪だけど、デルモンド坊やをみんなで袋叩き……、どっちかって言うと、返り討ちだったけど……。伯爵様の元の姿もひさしぶりに見れたし」
傍から見たら、老人と少女が抱き合いながら語り合っている絵面である。
その二人の背後には、悪魔弓姫ゼルギス・ヒルギンドオルが、いつの間にか立っていて、クープの上等な燕尾服の裾の、ツバメの尻尾部分をチョイチョイ引っ張っていた。
彼女は峠の頂上、イスカンダリア候国の境界に、たった今ミスランティアによって造られた防壁の向こう、滅びたデール候国側で、魔法陣から下級悪魔の弓兵を召喚したり、木組みの柵を設えたりしていたはずである。
「伯爵様……。今、あの『鬼』は馬車の中で子供の世話に夢中。ヤルなら今」
獣の耳に巻いた角。
ベルトを巻き付けただけの服ともいえない物を身にまとった、ゼルギスは、うつむいたままクープに訴える。
「ヤルって、何をやるんじゃ? やらんやらん!」
「…………」
慌てて首を横に振るクープを見て、ゼルギスは黙って俯きながらプルプル震え、目の端に大粒の涙を溜めている。
「あーあー、伯爵様。また、ゼルギス泣かしたぁ」
「………………う……うう」
ゼルギスの瞳から涙が決壊し、頬を伝ってポロポロと地面に落ちる。
クープの裾はつかんだままである。
「…………」
「あーあー、どうするのー? ゼルギスがヘソを曲げたら、長いよ~」
ガニシカ・アルマンはニヤニヤしながらクープを突っつく。
「ううぬ」
「……嫌」
唸る髭老人の前面にゼルギス・ヒルギンドオルが回り込み、
「ムギッ?」
彼女はクープのご自慢髭を両手で鷲掴みにすると、泣きながらビョ~ン、ビョ~ンと、左右に引っ張った。
「伯爵様の髭がイヤ! 自分のこと『ワシ』とか言ったり、語尾が『じゃ』なのがイヤ! イヤイヤイヤイヤ! イヤッたらイヤ!」
「イ、イ、イタ! イタいって! ゼルギス!!」
ゼルギスが『イヤ』と言う度に髭を引っ張られるクープ。
「戻って」
「ギッ!」
「戻って」
「グッ!」
「戻って(>。<)!!」
「ベゲッ!!」
悪魔弓姫ゼルギス・ヒルギンドオルは泣きじゃくり、クープの髭はブチブチと抜けていった。
「うう、ゼルギスすまぬ、しかしな、契約の関係で、ワシは師匠の断りなく勝手に姿を変えることが出来ぬのじゃ」
「「エルフ! エルフ! エルフ!!」」
ガニシカとゼルギスは完璧なハモリで連呼した。
「あのエルフ鬼の言いなりに、子供になったり、夫になったり、父親になったり、生徒になったり、教師になったり! 果ては女になって姉妹の真似事まで……。何で伯爵様はそんなにあの女に尽くすの?!」
「伯爵様、強い悪魔。武術と魔術の王。この地上全てを支配できるお方。……なのに、情けない。カッコ悪い」
左右の腕を二悪魔に交互に引っ張られ、風に翻弄されるカカシのようにクープは振り子運動を続ける。
「あなたー、」
そんな、一見修羅場っぽくも見える、引っ張りあいを三人はやっている時に、馬車からミスランティアが顔を出し、クープに向かって手招きをする。
ミスランティアはパストールの若さ(?)を吸い取り、幼女の外見だったが、馬車に引っ込んでいるうちに何が起こったのか、豊満な成人女性の姿になっている。
「あなたー、こっちへ来てー」
「ふむ。『あなた』と呼ばれていると、云うことは……」
クープは魔法を発動し、黒い霞をまとった。
「やったぁ!」
ガニシカとゼルギスは、ハイタッチで歓声を上げる。
黒い繭の中で、魔界の伯爵は変態を開始する。
背筋が伸び、白髪は金色に輝き、しわだらけの肌にハリが生まれる。
「ミスランティア。魔界伯爵フールフールを、お呼びですかな?」
「キャァァァ!!」
霞は晴れ、その中からクープが現れると、悪魔小娘達の黄色い歓声が上がり、桃色の吐息が漏れる。
そこに立っていたのは、髭老人クープの真の姿、金髪碧眼、細身ではあるが、鋼の芯が通っているような偉丈夫である。
耳は尖り、エルフのようにも見えるが、額の左右、眉の上あたりに、角が折れたような痕があった。
目つきは鋭く口元は厳しく結ばれていたが、端はやや上がり、かすかな愛嬌があった。
貴族が着るような上等な燕尾服姿は相変わらずであるが、さらに先ほどまで彼を覆っていた黒い霞が彼の背後で凝縮し、それが赤い裏地の黒マントに変貌して、彼の服装を一旦隠した。
「ヤレヤレ、愛しの君のお呼びだ。子猫達よ、暫しお預けとなるが、待っていられるかな?」
ピロートークのように耳元で囁かれたガニシカとゼルギスは『こくこく』と頷くばかりで、後の言葉を失っていた。
「よしよし良い子だ。お前達は峠を登ってくる敵を迎え撃つ準備をしていなさい」
「はいなぁ! 伯爵様ぁ!!」
「シー。イエス、ユア、ハイネス!」
キラキラおめめの二人に見送られながら、クープこと、魔界伯爵フールフールは、ミスランティアの待つ馬車に向かった。




