ドラゴンNTR
「堅固な鱗の内に柔軟な肉体。竜の堅牢さはそこにある。宙に放った兜を断ち切るのが難しいようにな」
アヴァンに対し、デルモンドは竜の攻略法を伝えている。
「竜の肉体の柔軟さは、心の余裕からくる。余裕を失わせ、肉体を強ばらせるのだ。大振りを誘い、骨と接するまでに引き伸ばされた箇所に渾身の一撃を叩き込まなくては、竜の鱗は突破できぬ」
「……そのために、逆鱗を狙えってか。なるほど!!」
アヴァンの真面目な顔は長くは続かず、多分大した熟考も無しに納得したように相槌をうち立ち上がる。
「わたくし思うのですが、こんな縦横な坑道が走っているダンジョンです。先に遭遇したグアラカンなるドラゴニュート。あと兄弟子様にブン投げられた片手がでっかい二人も、既に逃げたのではないでしょうか?」
アヴァンのやる気に水を差すように、パストールは身も蓋もないことを言い出した。
「逃げんだろう。竜にとっては垂涎の御膳立てだ」
空の弁当箱を風呂敷で包みながら、デルモンドは素っ気なく答える。
「竜にはな、人には理解できないような、主義、主張、竜の流儀がある」
「はあ?」
「子を産むことは稀だが、強大な力を持ち、長寿。あらゆる土地で、生態系の頂点に立つのが竜だ。放っておけば、世界は竜で満ちてしまうだろう」
「兄弟子様。竜を神と崇める宗教が、確か南部にはありましたね。竜の炎に我が身を捧げる事を至高とする、まさに身も蓋もない教えです。『世界は凡て焼かれて完成する』灰燼教とか言いましたか」
「ふむ、我がククルカン教にも竜を崇める一派がおる。人から見れば神とも映る竜ではあるが、地に充ちる事は無い。むしろ僻地に逐われ滅しようとしておる。剣士よ、なぜだか判るか?」
不意に話をふられたアヴァンではあるが、彼は即答する。
「んなの、人に狩られるからだろ」
「うむ。相手が人とは限らないが、竜は常に戦いを求め、先を争うように死んでゆく」
「破滅願望と云う奴ですか。兄弟子様」
「何でも闘死こそ竜の望む理想の死であり、特に自分の溜め込んだ財宝目当てにやってきた勇者一行を、宝の山の上で迎え、彼らを追い詰め、全滅させる寸前に、勇者が発動させたなんだか判らない技で逆転されて死ぬ、と、いうのが最上だそうだ」
「ソコまでいくと、変態じゃん」
「宝の山の寝床の上で討ち取られる。この誘惑に勝てる竜は少ない。かの門番竜の言葉だ」
「ま、あたしは、どうでもいいけど。こんな穴の中で寝るのは御免よ。速いとこ終わらせてここを出ましょう」
「それな!!」
ソシエールの一言に、デルモンドは両手の人差し指を向けて同意する。
「では、急ぎましょう。時は移ろいます」
パストールが先導し、一同は立派な石柱が左右に並ぶ竜や巨人すら通れそうな縦坑底部の出入り口へ向かう。
デルモンドは最後尾で破邪覇道について行った。
向かう先は熱気のこもる大空洞。
ほぼ円形の、屋根の高い岩をくり抜いて造った、闘技場のような空間だった。
最奥、遙か先に、金銀財宝が無造作に積み上げられており、三つの小山ができていた。
それぞれの山の上には、遠目には黒々とした何者がが鎮座し、赤い相貌をこちらに向けていた。
その何者かの正体を、知らぬものはここにはいない。
紛れもなく竜である事を、一同は確信していた。
中央の竜には片方の手首から先が無く、左右の二竜は片腕が異様に大きかった。
「カロロロロロロロロロ……」
巨大な猫がのどを鳴らしているような音が低く響く。
その音が、破邪覇道の面々には、警戒と云うよりも、何かに期待をしているかのような、舌なめずりのように聞こえるのは、デルモンドの話を聞いたからであろうか。
『ようこそ竜の座へ』
音としては野獣のうなり声であるが、念話が被さるように頭に響いた。
『はじめにきいておくが、お主ら冒険者ランクはどのくらいだ?』
竜が念話で尋ねる。
「ランクって冒険者ギルドのランクか?」
『左様。その赤竜の盾。先程の剣の腕前。疑うわけではないが、我らも三流冒険者に討たれたとあっては竜の名折れ。よもやお主らAランクより下ではないな?』
「人間の冒険者ランクなんてよく知っているな……」
『ゴタクはよい。答えよ!!』
「我ら破邪覇道!! 紛れないAランク冒険者ですぞ!」
「俺はAランク剣士、アヴァン・ガルド! ドラゴンナイトだ!!」
アヴァンは赤竜の盾を掲げ宣言する。
『ランク詐称は許さないぞ!!』
竜は満足したのかゴロゴロとのどを鳴らす。
『大義も名分も題目も我らには興味がない。人の欲望の赴くままに、討ち掛かってくるが良い!!』
三竜の口から火が噴きだして、熱波は上昇気流を生み、石の闘技場を赤く照らしながら昇ってゆく。
『さあ! 始めようぞ!!』
「おやおやぁ、ラッキーです」
カッコ良く竜達は宣言したが、暗黒神父パストールは、竜達の元から、自分の足下にまで広がっている財宝をしゃがみ込んでかき集め懐に放り込んでいる。
「パストール! 後にしてよ!」
ソシエールは舌打ちしながらそう言うと、自分が手にしている杖の先で黙ったままの、『ミーちゃん』を睨み付ける。
「ちょっとぉ、ミーちゃん! 肝腎なときにダンマリしないでよう! あたし、火の魔法しか使えないのよ!!」
杖をフリフリしながらソシエールは泣き言を言う。
「ご、ご、ごめんねぇ。ちょっと立て込んでるのよ。少し待っててね」
人形は動かず、音声だけでミーちゃんは謝っている。
「お姉ちゃん! 頼むぜ!」
アヴァンは鞘から魔剣マルキス・ヴェルキスを引き抜く。
「クフフ、坊や。相手は強敵、しかも三体。私も悪魔の端くれ。あなたを男にするために、何か対価を頂戴」
ヌルヌルとアヴァンの右腕に絡み付きながら、悪魔マルキス・ヴェルキスは猫なで声で契約を持ちかける。
「対価ぁ? 何がほしいんた?」
竜達を睨みながらアヴァンは剣の悪魔にきく。
「うふ、あんまりダイレクトに言わせないでよ。あのぉ、なんてぇの? お、も、い、で? いえいえ、愛?」
アヴァンの腕を覆い、更に腕の先に剣身を伸ばしていたマルキス・ヴェルキスは膨張しだし、半裸の女性の姿になった。
アヴァンにしなだれかかり、顔の真横で、耳に吐息を吹きかけるようにマルキス・ヴェルキスは囁く。
「ん? 愛?」
「そうよ。『お情け頂戴』って、言ってるのよ」
要約するとマルキス・ヴェルキスは、アヴァンに関係を迫っているのである。
「え? 俺の嫁になりたいの?」
「……え?」
アヴァンの一言に,今まで余裕のお姉さん顔だったマルキス・ヴェルキスは絶句する。
「いいよ。俺も、もう十七だし」
「いい? え? ええ?」
「んじゃ、ガウシェンの街に帰ったら祝言あげようか」
「あ、あれ? あれぇ??」
アヴァンからパッと飛び退き、髪を手櫛で整えたり、今更ながら、豊富な髪の毛で辛うじて隠されていた裸身を腕で隠したりしながら、剣の悪魔マルキス・ヴェルキスはモジモジしている。
「あの、……良いの? あたし悪魔だし。吊り橋効果って知ってる? それに、ほら、ソシエールちゃん、いるでしょ?」
オロオロしつつ、マルキス・ヴェルキスはアヴァンに熟考を促す。
「は? 姉ちゃん綺麗だし、俺は姉ちゃんの方がいい」
真っ直ぐにマルキス・ヴェルキスを見詰めてアヴァンは言う。
直球のアヴァンの言葉に、大打撃を受けたマルキス・ヴェルキスは、両膝を付いて尻を突き出し地面に倒れ伏した。
『ふぐぐ、伯爵様。ご不孝をお許しください!! 任務の途中ですがマルキスは嫁ぎます!!』
彼女は泣いている。
「魔女っ娘。良いのか?」
突然始まった桃色劇を眺めているソシエールに、背後からデルモンドが声をかける。
「は? 何が?」
不思議そうな顔をして、ソシエールはデルモンドに振り返る。
「……まあ、良いか」
『オイオイオイ!! 戦いはどうした?!』
完全に置き去りにされた竜達は、地団駄を踏み散らかして激怒し、脇侍の二竜などは、怒りのあまり宝物山から降りて突撃してきた。
「ううむ、色々込み入っているが、先ずは竜の相手だ! 吶喊せよ!!」
たまりかねたデルモンドが激を飛ばし、戦闘の幕は切って落とされた。




