逆鱗に触れよ
「既に斥候が迫っています。日が暮れるまでにデルモンドが戻ることを信じ、ここに防衛線を渡しましょう」
着替えを終えたミスランティアは馬車を早足で降り、身の丈に合わぬ、大きな禍々しい杖を振るい呪文の詠唱を始める。
「モーガン! 悪いがガウシェンまで馬を走らせてくれ。ここに戻るに及ばぬ」
クープは、馬丁のモーガンに言づてを頼み、馬車をひいていた四頭の馬のうち、特に足の速い一頭に鞍を掛けさせ、追い払うように麓町ガウシェンへ向かわせる。
昨日受けた傷はすっかり治り、天変地異が起こったようなこの土地から、早々に退散できることを喜び、馬丁モーガンは峠道を下っていった。
ミスランティアの周りでは、昨晩崖から崩れ落ち、辺りに散乱していた巨大な岩塊が乱れ飛び、空中で切り刻まれ大きな石煉瓦に加工されている。
クープはミスランティアの後ろあたりの地面に、拾った木の枝で三角が多用された魔法陣を描く。
「さてもさても。二十八の軍団を統べる、などと、もて囃されたのも今は昔。こちらの暮らしが長くなると、ワシの呼び出しに応える悪魔も皆無。まっこと、かの者等の薄情なこと、悪魔の如しじゃ。おーい。ゼルギス・ヒルギンドオル、ガニシカ・アルマン」
クープが呼び掛けると三角の紋様が回転し、重なり合って光り、その中から二体の悪魔が現れた。
「シー。お呼びでありましょうか伯爵様」
一人は羊の角を左右に生やしたストレートヘアの妖艶な女。
黒い革ベルトを巻き付けただけの、どう見ても色々隠し切れていない格好で、手に弓を携えているが、靫(矢筒)は無く、当然矢も無かった。
「ゼルギス。ここで敵を迎え撃つ用意を」
「シー」
悪魔弓姫ゼルギス・ヒルギンドオルは、弓の本弭(下側の端っこ)で、クープのように地面に魔法陣を描き始める。
「はいなぁ! フールフール様ぁ」
もう一人はモコモコピンク巻き毛のちょっとメルヘンチック感じの少女。
貴族の少年のような、半袖半ズボンの子供服を着ているが、本人はダイナマイトボディなので、パッツンパッツンも良いところである。
頭蓋骨を先頭に延髄脊髄、骨盤を省いた尾てい骨まで連なる形をした、ボコボコの杖を手にしている。
「ガニシカ。おぬしは、そこらの死体や死霊を集めて、それらを配下にせよ」
「はいはいなぁ!! ハゲの谷の~ガニーシカー、眠る死体起こすよ~」
耳が腐りそうな音痴唱歌を披露しながら、悪魔死霊使いガニシカ・アルマンは、内股小走りで洞窟へ向かった。
二人に指示を与えた後、クープはミスランティアの後ろに立った。
「クープ。リンドンから援軍が来るまで、ここに……、相手はなんと呼べば良いのかしら?」
石を削る作業の手を止めて、ミスランティアはクープに振り返り、訊ねるような視線を送る。
「そうさのう。黒きエルダール軍? 魔王残党軍? 新生魔王軍? 昨日は問答無用で切り刻んでしまったので、敵の口上を訊いておりませんでしたなぁ」
「その辺りは、直接聞きましょう。とにかく相手をこの峠道に釘づけにするのです」
「え? 殲滅とか蹂躙とかは?」
どこから取り出したのか、ピーンと伸びて硬直した翼の生えた蛇を矛のように携えたクープが、ミスランティアに聞き返す。
「ここであまり手を出すと、五候国は今度は私達を脅威として危険視し、ギルドの討伐対象になりましょう」
空を舞う石材や木材が、ミスランティアの目の前で組み上がり、分厚く高い城門塔が形作られてゆく。
「五候国各国が牽制しあって、結局荒れるがままに打ち捨てられた土地がこの先に広がっておる。門番竜が災いの根元を封じていると、安心しておったのだろうが、荒れ野に澱のように悪意は溜まり、かの盆地から溢れかえろうとしておるのじゃ」
城門の左右から分厚い城壁が峠の谷間の崖に向かって延びる。
陽は中天を過ぎ、城壁の影は少しずつ麓へと伸びていった。
※※※※※※※※
「さあて。では、拙僧からの助言だが……」
天に向かって開いていた窓を渡っていた太陽が、開口部から外れ、少し暗くなった縦坑の底部。
竜の待つ奥へ向かう前に休憩をとっている破邪覇道の一行。
持ってきた弁当があらかた片付いたのを確認したデルモンドは、話を始める。
「まずはお前たち、竜について知っていることはあるか?」
デルモンドの質問に、アヴァンとソシエールは顔を見合わせる。
「うーん。鱗が堅くて火を吐く!」
「えーっと。お金が大好きで、財宝の上で寝るわ」
「空を飛んだり、人に化けたり、魔法を使ったりするそうですね」
破邪覇道の面々は、三者三様の答えをデルモンドに告げる。
「ふむ。他は?」
さらなる答えを促されたソシエールは、頭をひねり、子供の頃、寝かしつけの布団の中で聞かされた、姫をさらう竜の物語のことを思い出していた。
「……。確か竜には『逆鱗』と云う逆生えの鱗が、体のどこかにあるって、」
「ああ、わたくしも聞いたことかがございます。その逆鱗を触られると、竜はブチ切れるとか……」
ソシエールとパストールの回答に、デルモンドはパチンと手をたたく。
「そうそう! それ!! ……。ところで、その情報から得られる教訓は何だと思う?」
「竜の逆鱗に触ったらヤバいから、触らない方がいいって事?」
アヴァンが答えるが、デルモンドは渋い顔をする。
「ふむ、しかし、その教訓はな、竜から生き残るためのものだ」
「生き残っちゃ駄目なの?」
「竜を怒らせないと云うのは逃げ延びる為の助けにはなろう。しかしお前達は、竜から逃げて生き延びたいのではなくて、竜を倒したいのであろう?」
「う、うん」
「ならば竜の逆鱗を狙い、竜を激怒させるのだ」
デルモンドは手のひらを自分の鎖骨の辺りに持って行く。
彼の提案は破邪覇道の知る生き残り方法の真逆であった。




