表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ランク詐称は許さない!!  作者: 山内海
3/48

ザ・ビギニング 3


「私はガウシェン郊外、ゴトレス郷で農家を営む者でトオマスと申します」


 ロビーから壁で隔てられた冒険者ギルドのオフィスへ通された農夫は、マルガリタに勧められるまま応接ソファに腰を下ろし、勧められるままにお茶を呑み呑み語り始めた。 

 

「ゴトレスと云えば、ガウシェンから見れば北の方ね」


「ええ。旧街道の始まりで、その先は人家も途絶え、後は云うに憚られる彼の山が有るばかりです……」


 ここでトオマスは嘆息し、両手で挟み持つカップに視線を落とす。


「妻が消えたのは今から五日前。

 私が畑仕事から帰ると、家のドアが斧で破られていたのです。

 その痕跡を見つけた時には、まだ鍋は火にかけられたままで……」


「まあ……」


 秀麗な眉目を(ひそ)め、マルガリタはトオマスに続きを促す。 

 

「沢山の足跡が北に向かって続いていました。

 何かを引きずったような跡もありました」


 トオマスの手は震えている。


「……で、プリンストン伯爵には訴えたのですか?」


 テーブル越しの向かいに座り、マルガリタが尋ねる。

 プリンストン伯爵とは、ガウシェンを含むイスカンダリア候国北部の領主である。

 ガウシェンには、北の旧デール候国『鉄火の森』から南下して来る魔物を警戒して、三百名ばかり領兵が駐留していた。

 守備にあたる領兵の指揮官は、プリンストン伯爵の懐刀、ガウシェン城主ガランドである。


「二日前に地区長を通して、ガランド様に陳情したところ、昨日、領の北限までは探索していただきました。

 しかし、そこまででは、なにも発見されず、追跡をしていた領兵のレンジャーが申すには、私の家から始まった足跡は、旧街道を更に北の領外へと続いてるそうです。

 しかし、領外に関しては冒険者に頼ってくれと……」


「そうだったのですか」


 マルガリタは、静かな声でそう言った。


「うううっ……」


 とうとうトオマスは感極まり泣き出してしまった。

 マルガリタは腕を組み、テーブルに伏したトオマスの頭頂部を見つめていた。


(旧デール候国への軍隊の立ち入りは、『五候国会議』の許可が要りますからね。

 でも、『鉄火の森』の探索は、Aランク以上のパーティーでないと難しいでしょうし)


 Aランクパーティーに鉄火の森への探索行を依頼するならば、相場は1日あたり15万セルクル。

 身なりや出会ったときの発言から考えるに、辺境寒村の小作人らしいトオマスには、到底捻出は出来ない。


 有力者であれば、縁者などを募り、自身で捜索に向かうのかもしれない。

 しかし、そんな力があれば、わざわざ冒険者ギルドなどに来ない。

 ふつうに考えれば泣き寝入りするしかないだろう。


(まあ、人間の事など知ったことでないけどね……)


 マルガリタはプイとそっぽを向き、お茶を飲もうとカップを手にする。


(……)


「ううう、ターシャ。

 あいつの腹には私の子が……」


「……、……」


 口は付けず、マルガリタはカップを皿に戻してしまった。


(人間好きのフールフール伯爵様なら、ここで助け船を出すのかしら?

……そう言えば伯爵様、アムル候国のランク詐称問題を調査するため、近々イスカンダリアに来ると言っていたっけ)


「………、?」


 思案の末、声をかけようと、マルガリタが口を開きかけたとき、


「んんん! 

 話は聴きましたぞ!

 それは誘拐事件ですね。

 判ります!」


 ドアが開き、リンドンからやってきた魔法騎士ユーフェンが顔を出す。


「こら! 

 魔法騎士!

 ハウス!

 ハウス!」 


 押し止めようとしていたフィフィーの隙間を縫うようにして、ニュルニュルとユーフェンはオフィスに侵入してきた。


「ユーフェン様、すいません。 

 仕事中ですので。

 ……って言うか、本当に、もう、そろそろ、帰ってもらえませんか?」

 

 冷ややかを通り越して、汚物でも見るような視線をユーフェンに送るマルガリタ。


「マルガリタ嬢!

 ここは是非とも私をお頼り下さい。

 お気の毒なこの御仁に、

 わ、た、く、し、が!

 力となりましょう!」


(あら……意外ですね)


 マルガリタは、ちょっとにやけたドヤ顔で、フンス、フンス、と鼻息も荒く佇むユーフェンの顔に、まるで初めて会った人であるような視線を送った。

「マルガリタ。

 ()()()がそう望むなら、

 ()()()の為に、

 ()()()の騎士であるこのユーフェンが、何とかしますぞ!」


(……正直ウザ過ぎだわ)


 せっかく少し上がった好感度を、持ち前の厚かましさで(たちま)ち落としたユーフェンは、そうとも知らずにハグ&チュー待機姿勢で停止している。


「ユーフェン様。鉄火の森はゴブリン、オークが多いですが、強力な獣人やリザードマンの部族も確認されています。

 なにより人がまったく住んでおりませんので、補給も休息も出来ないですし、軍の救援も望めません。

 いかにユーフェン様が、イスカンダリア屈指の魔法騎士だとしても、単身での探索行は冒険者ギルドとして認可できませんわ」


 マルガリタは事務的に告げる。


 農夫トオマスは、ユーフェンの言葉にハッと頭を上げたが、マルガリタのその答えを聞いて再びうなだれてしまった。


「ご心配ありがとうございます!

 『何とかします』とは言いましたが、生憎わたくし忙しいので明日にはリンドンに帰りますよ?」


 ニッコリ笑ってユーフェンがそんな事を言うので、マルガリタは呆れ、トオマスはテーブルに突っ伏した。


「おっと! 罵りの言葉はまだ早いですぞ。

 私は帰りますが、代わりに冒険者グループを私の私費で雇おうかなぁー」


「ほっ、本当ですか?!」 


 トオマスが再び顔を上げる。


「うむうむ、善良な農民が苦悩する様を、リンドンの白薔薇騎士が見過ごす訳にはー、」


 トオマスに語りかけている風ではあるが、ユーフェンの顔は完全にマルガリタの方を向いている。

 

「ん! 

 ん!

 ん!」


 パチパチとウインクしながら、ユーフェンはマルガリタに何かを訴えている。


「…………ふう、」


 マルガリタはため息をついて、


「判りましたわ。

 ユーフェン様今夜は、お付き合い致します」


「っしゃあ!

 キタコラ!」


 両腕ガッツポーズを決めて、ユーフェンが叫ぶ。


「ありがとうございます!

 騎士様!!」


 トオマスはユーフェンのガッツ(こぶし)を手にとって、握手する。


「あー、オジサン。ここはマルガリタ姉様に感謝するところかな?」


 ユーフェンのマントを引っ張って、ロビーに戻そうとしていたが、途中で諦めて話を聞いていたフィフィーが、ぽつりと言った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ