フールフール
「ごめんね、みんな」
ソシエールが手にしている、魔法の杖の先っぽに彫り込まれている『ミーちゃん』が、平謝りしている。
「竜に会うまでは大丈夫かなと思って、ちょーっとお散歩してたの。そしたらね、探査できなかった場所にリザードマン軍団がいたのね。ほんと、ごめんねぇ。ほら! クープも謝まんなさい」
杖先で人形のミーちゃんが隣の何かをちょいちょい引っ張る仕草をする。
「……お、お主等なら大丈夫だとワシは信じて……、(ポキ、グワシャ!)……ゴメンナサイ、」
ミーちゃんの声が急にジジイボイスに変化し、両腕の関節をあらぬ方向にねじ曲げながら謝る。
「おほん。そしてもう一つ、皆さんに謝らなければならないことがあります。」
改まった口調でミーちゃんが語り始める。
デルモンドによって配られたオニギリを頬張りながら、精霊人形の次の言葉を待っている破邪覇道の面々。
ソシエールが休憩中なので、ミーちゃんは一時的にデルモンドが手にしていた。
「廃坑に潜り込むなんて、モグリの若竜がする事と思っていたのだけど……」
精霊人形ミーちゃんは少し困った顔をした。
「ここの主は、赤竜グアラカン・マッハバアニィと名乗りました。それが偽名でなければ『マッハバアニィ』とはアトミクラ山の南門を守護する門番竜『アンカラン・マッハバアニィ』の系列に属しています」
「アンカラン! ドワーフの地下帝国ドワロデルフが陥落し、魔王に占拠された魔都に破滅の火焔を7日間吹き込んだ赤竜」
パストールが米粒をまき散らしながら叫び声を上げる。
「ほう、知っておるか。お主、たしか外つ国の出身であったな」
デルモンドが感心する。
「私達の出身、アムル公国は、アトミクラ山南門近くでドワーフ達と交易していた小国の人間達が、ドワロデルフ陥落後、敗流の末に北方に建国した『カミンアモン王国』の公爵領が独立したものです」
「へー」
パストールの説明にソシエールは気のない相づちを打つ。
「つまり俺らのご先祖ってぇのは、」
「私やアヴァンみたいな金髪碧眼の人は、流れ着いた先の北方民族の血が濃いのでしょうが、ソシエール嬢のように黒髪のチッパイちゃんは、まさにこの先の大盆地から逃れたご先祖の血を色濃く、」
「火弾!!!」
得意げにウンチクをたれるパストールの側頭部に、圧縮詠唱の火焔呪文が突き刺さる。
「フガッシュ!!」
「あんたに見せたかあたしの胸部?! 勝手に語るなエロ神父!! まだまだあたしは発展途上!! いつかなるわよナイバデ上等!!」
なんだか韻を踏んだ感じのソシエールの苦情と、第一階位とはいえ、一般人なら即死必至の火弾攻撃を受けても、パストールは平然としていた。
「うふふ、そうですか! 期待していますよ! 聖なる女神アムル様の如く、ダイナマイトボディになってくださいね、ね! ね!!」
「…………、」
頭から煙を立ち昇らせながら両の手を取り、良い笑顔で励ますパストールに、ソシエールは言葉を失った。
※※※※※※※※※
「いっそのこと、ワシ等も行った方が早いのではないかの?」
馬車の客室に戻っているクープとミスランティア。
クープはデルモンドが使っていた座布団を奪い、ダブル座布団体制で観戦を再開しようとしたが、ミスランティアは客室床の隠し扉を開けて中の行李(旅行用の荷物入れ)から色々な装備を引っ張り出している。
「師匠。行く気になりましたか?」
ミスランティアの様子を見て、クープは立ち上がる。
「クープ。どうやらこの場を離れるわけにはいかないようです。私の探知魔法に敵性反応多数の感がありました」
イソイソと子供用の服やローブを着るミスランティア。
「ほう! 麓に兵を伏せておったか! 崖上から見た時は気付きませなんだなあ」
うれしそうな声を上げるクープ。
「失態ですね。恐らく街道に沿って延びている坑道があるのでしょう。竜が探知阻害の魔法を解除して、部隊が地上に現れるまで気付きませんでした」
「しかし、そこまで用意しているとは。本当に攻め入る寸前だったのですなぁ!」
「クープ。馬丁をガウシェンまで走らせて町の防備をさせるように知らせてください」
「まあ、それはしますが……。そんなに焦らんでも敵の千や万、この隘路で迎え撃つならば、ワシ一人で蹴散らしますぞ」
クープは上等な仕立ての貴族服の袖をまくり、ヒョロヒョロの細腕で力こぶを作る。
途端に腕の筋肉が盛り上がり、禍々しい鱗や甲殻が浮き出し、外骨格の悪魔の腕になる。
「敵がここに及ぶまであと数刻。長引けば日没になります」
その一言でクープの魔腕は萎み、『プシュー』と気の抜けた音と共に元のヒョロヒョロに戻る。
「うむ! それはまずいのう」
「戦いの最中に裏切って、私が五候国を滅ぼしかねません」
ミスランティアが悲痛な声で告げる。
「…………。まあ師匠。それはそれで楽しそうではないですかの、」
「……、クープ?」
「五候国は、貴女の献身も忘れ、荒れ野に追放したのですぞ! 貴女との契約が無ければ、ワシとて敵として今攻め入らんとしている者達に召還されていたかも知れ……、」
「アステル・フールフール! 二十八の軍団を統べる魔界の大伯爵。ここで貴方との契約を反故にしましょうか?」
クープの言を遮り、氷のような声色でミスランティアがそう言うと、老紳士は雷に打たれた者のように床にひれ伏した。
「そ、それだけはご容赦を!! あなた様のお望みはこれまで何でも叶えてまいりましたし、これからもあなたの意に添い遂げ続けますとも! 我が師、我が最愛の人!!」
土下座の格好で顔を伏せたまま、絞り出すようなしわがれ声を出すクープ。
「クープ。私はこの身と魂を既にあなたに捧げています。宿願成就の暁には、どうぞ私をあなたの望む場所に連れて行きなさい」
クープの頭の辺りにしゃがみ込み、その白髪頭をそっと抱え起こすミスランティア。
「それまではお願い。そんな怖いことは言わないで、幼子たちを守ってあげてね」
ミスランティアは、クープの頭を自分の胸に抱き寄せて、小さな子供にするように撫でた。




