竜の火焔
「パストール、無事かー?!」
アヴァンは分岐点まで来ると、横道を覗き込んだ。
「おわ! 熱い!!」
吹き出してきた熱風に一瞬のけ反ったが、気を取り直し、アヴァンは横坑の奥を見る。
「坊や。盾を構えなさい!!」
背中に担いだマルキス・ヴェルキスが、鞘の中から警告する。
アヴァンは素直に赤竜の刻まれた盾を前に突き出した。
「第三階位魔法『慣性制御』!!」
盾に何かが当たり、その何かはあっさりと弾かれた。
それはアヴァンの腕に絡み付いた剣形の悪魔、マルキス・ヴェルキスが放った魔法により、衝撃が抑えられたためであるが、そんなことに気付くほど、この駆け出し戦士の知能は発達していない。
盾にぶつかった物体は、彼の足許に転がる。
「?? いったい何が当たったんだ?!」
それは燃え盛るエルダーリザードマンの上半身だった。
※※※※※※※※
「アムル聖教信仰奇跡『聖水噴射』!!」
坑道内の温度は上がり、可燃物は燃え上がった。
床に散らばっているのは、武器を振り下ろすことも叶わなかったエルダーリザードマン達の死体の破片。
それらも燃え上がり、今は既に燃え尽きようとしていた。
「クハハハハハハ!!」
彼が祝福した物はすべて燃え上がり、発する言葉すら炎上した。
そんな火の海のなかでパストールは大爆笑だった。
横坑いっぱいの火の海の向こうで竜の戦士が佇んでいる
有機物のことごとくが燃え上がる火焔地獄の中にあっても、戦士は腕を組み不動だった。
「んふふ、さて、鱗の御仁。供回りは燃えてしまいましたよ。寂しいですよねぇ。嗚呼無情!! ゲラゲラゲラゲラ!!」
愉しげに笑い、鱗人の方へ戻っていくパストール。
「……ぬるいな」
「?」
「この程度の火では、真の竜を焼くことは叶わぬ」
腕をほどき、ドラゴニュートの戦士は背を僅かに屈める。
「味わうが良い。これが竜の焔である!! 我が名を覚え置け!! 我は火竜グアラカン・マッハバアニィ!!!」
一瞬息を吸い込むと、グアラカンは大火焔を吐き出した。
今までパストールが撒き散らした炎とは異質の、坑道の壁をも溶かす白光する炎である。
「クハ!」
パストールは、竜の炎を真正面から受けた。
全身が火に包まれても、はじめパストールは余裕の表情だった。
火で焼かれても、再生速度が焼失の速度を上回っていたのだ。
「……ク? ふおおお!!?」
竜の炎が、体内から吐き出した息が引火した結果であるならば、息が途切れれば、炎は終わるはずである。
パストールはそう考えていた。
しかし、一向に火焔は吹き止む気配がなたった。
鱗人の、パストールに倍する体躯の満腔に溜めた息を、すべて吐き出したと確信できるほどの火焔が、パストールの体を焼いた後も、火は終わらない。
竜の体のどこかにあるという『逆鱗』が逆立てられ、呼吸とは別にそこから外気を吸い込んで、竜口から吐き出されているのだ。
『竜人』という種族は、確かに存在するのであるが、その竜人とて、そんな事はできない。
竜のみがそれを行えるのだ。
※※※※※※※※
「不味いことになりましたな母上」
デルモンドとクープが視線を落としている馬車客室の床に拡げられた羊皮紙には、炎が映っていた。
炎しか映っていなかった。
「竜の御渡りか。どうやら自ら巡回する質の竜らしいのう」
渋い顔でクープが唸る。
「竜の眷族『ドラゴニュート』ではない。あれは竜の顕現じゃ!!」
「??」
デルモンドは理解できず、クープの顔を見る。
「あの竜人は、人形に変化した紛れなしの竜。恐らくはこの迷宮の主じゃろう」
クープはそう言うと羊皮紙に視線を元に戻したが、依然としてそこに映し出されているのは炎だけだった。
※※※※※※※※
「パストール!!」
アヴァンのかなり前方に、パストールは背を向けて立っている。
紅蓮の炎でパストールは焼かれていた。
「ああ! パストール!! なんで俺を呼ばなかった?!」
盾をかまえてアヴァンは前進しようとするが、数歩進んだだけで、あまりの熱さに歩みは止まってしまった。
「…………」
パストールは炎を遮るようにアヴァンの前に立ったまま、彼の声に反応して振り返った。
「くく、クハッ。まだ下がっていてください……ね?」
とうとう再生速度を消失の速度が上回り、彼の体の大半は炭化していた。
「パ、パストール……?」
そのまま、アヴァンを火炎から庇うようにして、パストールはその場に立ち続けた。
そして、自身の吐く火焔に、口や喉が耐えられないのか、この坑道自体が耐えられないのか、とうとう竜の炎が止まる時が来る。
「パストール!!!」
熱に慄きながらも、アヴァンは苦労して未だ立ち尽くすパストールに近付く。
しかし、彼がパストールの元にたどり着く前に、彼の首から下は焼け落ちて、灰のように散らばってしまった。
「あああ!!!」
絶叫するアヴァンの足元に、焼け残りのパストールの頭部が転がる。
首はまだ燃えていた。




