リンドンの鐘が鳴る
「……駄目だ、誰もいない。何者かが生活していた跡はあるけど、全てメチャメチャになっている」
「荒らされたのはかなり最近のようですよ?」
峠道に迫る崖に口を開けている洞窟に潜入した自称Aランク冒険者グループ『破邪覇道』の三人は、二回の戦闘を経てゴブリンのネグラとおぼしき場所に至った。
不潔な岩屋は、悪臭を放つゴミの山や、不器用に鞣し吊るされた動物の革のようなもの、不格好だが切れ味だけは鋭そうな刀剣の類いがあったりと、乱雑で不衛生極まりなかった。
岩屋の中では石階段が崖の上の方まで続いており、上には目立たない小窓から、遠くガウシェンよりここまで伸びる峠の街道を一望できる、秘密の部屋まであった。
しかし、いくら探しても、捕まった冒険者も、生きているゴブリンすら、破邪覇道は見つけることかが出来なかった。
「みんな食べられちゃったのか?」
「…………」
アーゾックの手先であったパストールは知っていた。
人質が囚われているとしたら、この場所しかないことを。
そして、この場所がこの有り様であるならば、人質の生存は絶望的であることを。
「…………ああ、冥府の聖母エルファランよ、罪深きわたくしに贖罪の途をお示しください……」
パストールは冷たい石室に跪き、そっとエルファランの護符を胸に引き寄せて、小さな声で祈りを捧げた。
「……さあ、お二人とも、一旦大部屋に戻りましょう」
立ち上がったパストールが先頭に立ち、大コウモリと戦った入り口近くの広い空間に戻った。
『御主人様。状況はご覧になっておりましたでしょうか? 可能性は低いですが奥の方も探索しますか?』
パストールは馬車のミスランティアに念話で指示をあおぐ。
『……? 御主人様??』
『あ、ええ? は、はい。そうですね。この辺りには生存者はいないようですね。先に進むかはあなた達の判断にお任せします』
『私もこの奥がどうなっているのか、よくは知らないのですが、御主人様は何かご存じでありましょうか?』
『今、魔法で走査していました。ここから半リーグ(約五百歩)ほど自然の洞窟が続いて、その先は、ドワーフの古い鉱山になっています。坑道は縦横に拡がり、デール候国を取り囲む山脈の内部へ向かっています。奥にはドラゴンがいるのではと、クープが申しております』
『ドラゴン、ですか……。大きな迷宮なのですね。探索には時間がかかりそうですし、やはり引き返しましょうか?』
『いやいやいや! それには及ばんぞ!』
ミスランティアとパストールの念話に、クープが割って入った。
『兄従僕様……しかし、兄従僕や御主人様は急ぎリンドンへ向かわれるのでは?』
『ああ、じゃが、ワシ等は五候国の各都市の城郭内、立入禁止なのでのう。師匠の名代としてデルモンドを魔法で送り届ける事になろう』
『魔法ですか?』
『そっちは気にせんで良い。それより、こんな楽しそうなダンジョンを目の前にして、引き返すとか普通に無しじゃろう! ドワーフの廃坑はドラゴンが住み着く率が高い。ドワーフは空気取りと明かり取りのために、坑道にでかい縦穴を所々開けて、天辺に鋼鉄の格子窓を付けるのじゃが、管理を怠り長い年月が過ぎると、それが腐れて落ち、そこから竜が入り込むのじゃ』
『はあ』
『キンキラ剣士には、ワシの剣を貸したのじゃ。マルキス・ヴェルキスであるならば、竜の鱗を貫ける。ここで奴には正真正銘のドラゴンナイトになってもらう』
パストールは、ホールの片隅でマルキス・ヴェルキスを使って素振りをしているアヴァンを眺める。
━━なんとも厄介な老人に目を付けられてしまったものだ。
パストールは自分の事を棚にあげ、アヴァンに同情した。
※※※※※※※※
「さて。では、拙僧は会議に顔を出してきます」
デルモンドは立ち上がると、キャビン後部の隅に立つクローゼットの前まで来て両開きの戸を開けた。
ミスランティアとクープも立ち上がりデルモンドの元に集まった。
「ワシ等は探索を続ける。……ああ、これをフレデインに渡してくれ」
先程まで色々書き込んでいた閻魔帳から、何枚かの書き付けを引き剥がし、クープはデルモンドに手渡した。
「夕飯までには帰ってくるのですよ。そうしないとお母さん暴れちゃうかも」
デルモンドを振り向かせ、前に立たせてミスランティアはそう言いながら僧衣の乱れを直してやった。
「……言われんでもすぐに戻ります」
体を折りたたみデルモンドはクローゼットの中に入り込んだ。
※※※※※※※※
大小の尖塔が立ち並ぶリンドンの街は、数々の魔法使いを輩出した魔道都市である。
巨大な円錐台火山『アトミクラ山』をぐるりと囲うように配された旧七候国であるが、実際に魔王封滅の英雄、『九候』が、魔の山を監視するために当初建てた砦は4つだった。
幾度か魔王残党の襲撃を受け、間隙を埋めるために出城は増えていき、九候の子孫が守護者として配置された。
砦は城塞に発展し、城下町が出来上がり、出城と結ばれ、人と物の往来が始まって、国家を形成するに至る。
偉大なる人族魔道士の祖、アルカンドラス直系の子孫大魔道士『イスカンダリア』が守護を担当したのは南西の方角だった。
『リーン、ゴーン、リーン、ゴーン』
リンドンの城は、巨大な魔道士の塔の上に六本の尖塔が丸く配置され、その塔と塔の間を城壁で囲んで全体で太い塔のような形をしている。
つまり、ちょっと太めの木の棒の先にさらに太い大根が突き刺さっているような、アンバランスな形だった。
伝承によると、六本の塔にはイスカンダリアと五人の高弟がそれぞれ居を構えたらしい。
六つの塔楼にはそれぞれ鐘が据え付けてあり、現在は決められた時間に決まられた塔の鐘が鳴らされることになっている。
ひときわ高い『イスカンダリアの塔』は、朝の日の出直後に澄んだ音で一日の始まりを告げていた。
会議室に続く廊下を、ククルカン教の僧衣をまとった枯れ木のように長身の隻眼の男が音もなく進んでゆく。
右額から左頬にかけて、斜めに斬り下ろされた太刀傷が彼の左目を潰している。
およそ僧籍に身を置くものとは言い難い凶相の持ち主ではあるが、まとう僧衣は上等、背筋を伸ばし歩く姿勢は、厳しい戒律を己に課す求道者のそれであった。
「猊下。ハインツ猊下」
そんなククルカン僧を背後から呼ぶ者があった。
ククルカン戦僧ハインツは、声のあった背後を振り返る。
「……これは、シグマイネン卿。卿も呼ばれましたか」
気難しげなハインツは、ニコリともせず、後から駆けてきた男に片手をあげて礼をする。
シグマイネンと呼ばれた追跡者は、分厚い帷子鎧の上に鮮やかな青のサーコートを着た、やや小太りの小男であった。
小太りと言っても、脂肪ではなく、筋肉を分厚くまとっているのであるが。
ハインツの待つ廊下の中程まで駆け寄る際、彼の鎖帷子はカチャリとも音を立てていない。
「冒険者ギルドの面々にまで召集がかかるとは。急な呼び出しでありますな」
シグマイネンが追い付くのを待って、二人並んで残りわずかな距離を歩きだしたハインツは、同行人に話し掛ける。
「僧正は早速何かやらかしたようで」
苦虫を噛み潰したような表情でハインツが応える。
「やっとフダラクを離れ、かの地の冒険者ギルド一同胸を撫で下ろした矢先でしたが、今度はフラフラと街道を南下し、ガウシェンのギルドに現れたと……」
目指す会議室にはすぐ到着した。
「ふむ。嘘か真か、魔王残党が再び現れたと報告がありましたからな。不吉なことを吹聴して回り、弟子を鍛えると称して、前途ある冒険者達にトラウマを植え付けて……。今回も早とちりか、取り越し苦労か」
「フレデイン候もご出席なさるそうなので直接報告せねばなりませんな。しかし、肝心の僧正からの詳しい報告は未だ……。まあ、続きは会議の席で」
「ええ。では」
二人は目配せし、衛士が開いたドアを通り広い会議室に入っていった。
元々が魔法使いの工房だったリンドンの城は手狭で、会議室には十人も座れば満席となるテーブルが中央にあるだけの、ちょっとした貴族邸の客間程度の広さしかなかった。
戦僧ハインツが入室した時点で、すでに席は二席を残して埋まっており、それぞれの座席の背後、壁際には出席者の護衛や子弟、秘書などが立っていた。
長テーブルの一番奥、お誕生席には、白いローブを着た女魔法使いが座っている。
白い肌と白銀の髪、色が抜けてしまったような淡い印象の美女である。
「フレデイン候。遅参の段、ご容赦あれ。イスカンダリア冒険者ギルド長シグマイネンでございます」
「フダラク冒険者ギルド神官長ハインツです」
女魔法使いに挨拶をするハインツとシグマイネン。
「遅かったな」
リンドン城主、イスカンダリア候フレデインの隣席で、朝の紅茶をいただきながら、戦僧デルモンドはハインツとシグマイネンを迎えた。
「デルモンド僧正……。もういらしていたのですね」
ハインツはデルモンドを一瞥すると、後は目を伏せて自分の席についた。
「師匠の術で送ってもらった。拙僧の出歩ける時間は少ない。すぐに戻る。顛末はクープがこれにまとめている、まずはこちらを見てくだされ」
クープから預かった紙束をデルモンドは長テーブルに拡げる。
会議の出席者は黙し、イスカンダリア候が目を通すのを待っている。
彼女は読み終わった紙を次々と、シグマイネンの前に魔法の風に乗せて送った。
「……黒きエルダール」
イスカンダリア候、女魔法使いフレデインは一言そういうと、デルモンドの顔を見た。
「峠に傭兵団を送ります。取りあえずはそれで持ち堪えてください。シグマイネン卿。ガウシェンから冒険者は出せますか?」
「え? はい。仕事さえあればいくらでも集まりましょう。……これは、しかし」
シグマイネンは慌てて書類に目を走らせながら答える。
「ミスランティア様が、他でもない私を頼ってくださっているのです。魔法を志すものが応じぬわけにはまいりません!!」
語気を強めてそう言った。
「私は五候国会議の用意をしましょう。後は良しなに」
彼女は立ち上がり、デルモンドに視線を送り退室した。
フレデインの瞳には怪しげな光が宿っている。
それは、羨望とも嫉妬ともとれるものであった。
「…………」
紅茶の残りをすすり、デルモンドは立ち上がる。
「拙僧も帰るとしよう。師匠は少しでも目を離すと何をしでかすかわからんものでな。ハインツ。後は良しなに」
会議室の隅に何故かあるクローゼットの戸を開き、デルモンドはその中に入り込んだ。
戦僧ハインツは盛大にため息をつき、資料をまとめて要点を書き写し始めた。
「では、議長も退出されましたことですし。どなたが音頭を執ってくださるか。そこから決めましょうか」
シグマイネンはそう言うと、ここまで一切発言していないイスカンダリア候国の諸大臣を見渡した。




