ザ・ビギニング 2
ここで颯爽とイケメンでも現れてくれれば、物語として盛り上がったのであろうが、二階のオフィスからドタドタと階段を下り、ドアを開けはなって現れたのは、背が低くて丸っこい冴えないオッサンだった。
「このガウシェン冒険者ギルドのギルドマスター、シグマイネンでございます」
汗をかきかき現れた小さいオッサンは、ホルホールの前でペコリと礼をする。
「んだぁ?
チビ助が!」
シグマイネンの背丈は胸の辺り位しかないので、ちょっと屈み気味に凄むホルホール。
シグマイネンは礼の後キョロキョロと辺りを見回し、事態が割と深刻なのを察知したのか、額からの汗の噴出が倍増した。
「ギ、ギルド内部での脅迫、暴力、抜刀行為は御法度です。
落ち着いて、落ち着いて!
先ずは武器を収めてください!!」
手をパタパタ上げ下げしながらシグマイネンは必死に訴える。
「うるせぇんだぜぃ!!
このトッチャン小僧が!!」
小脇に抱えたフィフィーを振り回しホルホールは叫ぶ。
出入り口を封鎖しているアムル候国出身の冒険者パーティー『荒野行路』の面々も、それぞれ得物を振りかざし意気軒昂だ。
「と、ととととと、とにかく!
うちの受付嬢を降ろして下さい!」
シグマイネンは土下座しかねない勢いで懇願する。
「グルルルルルー……」
ホルホールに抱えられたまま、フィフィーは野生動物のようなうなり声をあげ、歯をカチカチ噛み鳴らしている。
「ふおぉ!
いかん!
事ここに及んでは是非も無し!」
その様子を見たシグマイネンは意を決し……、
「ふん!」
何故かこの場でしゃがみ、ゴロンと、でんぐり返りをした。
「??」
シグマイネンの奇行に、なにが起こるのかと、ホルホールをはじめとした『荒野行路』の面々が注目した。
「すわ!」
シグマイネンはピシッと立ち上がり、両手をスッとワイドに広げてY字体勢になる。
「???」
一同の注目を集めて、数秒間の沈黙が訪れる。
「第二階位魔法『拘束』!!」
そんなシグマイネンとはかけ離れたギルドホールの入口から、涼やかな声が響く。
「ぜい!?」
ホルホールの体はビクンと跳ね上がり、両手を『ニャーン』の形にして固まった。
「拘束」
「はう!」
「拘束」
「おう!」
「拘束」
「にゃーん!」
「拘束」
「のう!」
「拘束」
「フガッシュ!!」
荒野行路の面々は次々とニャーンのポーズで固まっていく。
「マルガリタ嬢。
お久しぶりでございます」
ギルドの入口に何者かが立っている。
「ユーフェン殿!」
Y字ポーズを解除して、シグマイネンが入り口に現れたその男に声をかける。
白金の鎧に白マント。
兜ではなく魔法使いの白いとんがり帽子をかぶった、黒長髪の男は、ホールのカウンターまで進み出て、硬直しているホルホールが未だに小脇に抱えているフィフィーを奪うと、彼女をその場に立たせた。
「フィフィー嬢、お怪我はございませんか?」
ユーフェンと呼ばれた男は、気障な微笑みを浮かべてそう言うと、マルガリタに視線を移した。
「マルガリタ。
依頼の品がそろそろ届いたかと思って、リンドン魔法アカデミーから参った……」
ここでユーフェンはクルリとターンをして指をパチンと一つ鳴らし、ウインクをした。
「……などと言うのは口実で。
マルガリタ。
あなたに逢いたくて逢いたくて。
私は震えながらやってきたのです、よ?」
マントの裏から赤いバラの花束を取り出してそれをマルガリタの眼前に差し出すユーフェン。
何故か顔はチュー待機である。
「そろそろ私のジュッテームに熱いベーゼを!」
「……ありがとうございます。
ユーフェン様。
ですが、すいません。
勤務中なので、そういうのはちょっと……」
マルガリタはスーッと横移動しフィフィーの後ろに回って、ちょっとした汚物を見るような視線をユーフェンに送っている。
「くぅんっ!
その蔑んだ視線!
ごちそう、
サンキュー、
たまりません!
ユーフェンは今、極楽におります!」
ユーフェンは空振りしたバラの花束を自分の腕で抱き、クルクルと回転しながら身悶える。
「ユーフェン様……ごめんなさい。
この人たちが依頼を受けたパーティーだったのですが、生体の雪嵐狼も、死体もまだ……」
「……あ、はい」
彼流のサプライズ告白が肩透かしに遭遇し、その後のコミカルかつポジティブなパフォーマンスも無かった事にされ、実務的な言葉しか出てこないマルガリタに、小者感漂う生返事を返すユーフェン。
シグマイネンと、騒ぎを聞きつけて別棟の闘技場から駆け付けたAランクの古参兵冒険者が、『荒野行路』の6人を縛り上げている。
「お前ら!
他国のAランク以上の冒険者は、外交官に準ずるんだぜい!
不当逮捕は『五候国アムル協定』の違反なんだぜい!
なのに、こんな扱い……、あっ、止めて!
そこ。
食い込んじゃって、切ないのぉ!」
ホルホール達は悪態をつきながら、通報を受けて駆け付けて来たガウシェン駐留の騎士団に連行されていった。
シグマイネンは事情聴取のため同行している。
「え?
彼らはAランク冒険者パーティーだったのですが?」
真顔に戻ったユーフェンがそんな事を言うと、聞きつけたマルガリタはため息混じりに答える。
「アムル公国でのランク取得者ですので、五候国冒険者ギルドの審査は通っておりませんが、『五候国アムル協定』の取り決めで、ランクはどの国でも共通です」
「第二階位の拘束魔法を、誰一人抵抗出来ないんですよ?
そんな者達が、Aランクパーティーな訳がありません。
わたくし、てっきり、近所の破落戸どもだと……」
首を振り振りユーフェンは呆れ声でそう言った。
「す、すいません」
ちょうど入口を塞ぐように立ち話をしていたユーフェンとマルガリタに外から声がかけられた。
「あ、ごめんなさい」
マルガリタはユーフェンの背中を押して入口を開けた。
ペコペコ礼をして入ってきた男は痩せぎすの農夫であった。
「あの、妻が……、」
「捜索のご依頼ですか?
お話は奥のオフィスでうかがいます。
ささ、こちらに。
フィフィー、お茶の用意」
「はいなぁ」
「あ、あの、お金が……」
「ハイハイ、その辺りも含めてうかがいますからね。
と云う訳でユーフェン様。
誠に申し訳ございませんが……」
マルガリタはニッコリ微笑み、農夫の隣に立ってユーフェンに向き直る。
「マ、マルガリタ?」
なんだか追い出し体制に入っている雰囲気のマルガリタに、焦るユーフェン。
「申し訳ありませんが、魔法アカデミーのご依頼は未完遂です。
早い者勝ちのオープンクエストにして、再度冒険者を派遣しますので、もう少しお待ち下さい。
はい、お待たせしました。
お話をうかがいますね。
奥にどうぞどうぞ。
フィフィー!
ユーフェン様のご相手を」
マルガリタは農夫を引っ張るようにして、奥のオフィスに入っていった。
「お茶……はいなぁ」
途中でフィフィーからお茶ののったお盆を奪う。
「……フィフィー嬢、」
「あー、ハイハイ。
あたしがお話聞いたげるよ。
クッキー食べる?」
フィフィーはそう言って、さっきまで自分が座っていた菓子屑まみれの席をユーフェンに薦めた。