ミーちゃんの魔法講座
『マルキス・ヴェルキスよ。赤盾を動かして、アシッド・バットの強酸液を受けてみてくれんかのう。酸の強さを知りたいのじゃ』
「解りましたわクープ伯爵様。……ゴメンねぇ坊や。御主人様からのお言いつけなの。チョーっと動かすわよ」
「……!! ちょっ、何だ?!?」
マルキス・ヴェルキスの柄から、蛸の脚みたいな触腕が何本も延びてアヴァンの右腕を登り肩と首を走り、左の肩から左腕を降りて赤盾まで達した。
グリン!
アヴァンの意図に反し、赤盾を構える左腕が勝手に上がり、オオコウモリの迫る前方に向けられる。
ビャー!
アシッド・バットの数匹が一斉に強酸液を口から発射する。
「おわ!!」
アヴァンは、正確にはアヴァンの腕に絡み付いた剣形の悪魔、マルキス・ヴェルキスは、竜の盾を突き出して、コウモリの毒液を受けた。
『弟従僕よ、どうじゃ?』
「はい」
吸血鬼特有の超常的身体能力で、アヴァンとコウモリの戦いの最中、影から影へと移動しながら、パストールは至近距離で観察し、念話の相手、クープへ報告する。
「……、酸をかけられた盾には変化が無いようです。コウモリの強酸は、ミスリル銀には効果なしです」
『酸が弱いのかのう』
「いいえ、兄従僕。地面に落ちた酸は、岩盤を穿ち煙を上げております。生身の人間が受ければひとたまりも有りますまい」
『弟弟子よ、デルモンドだ。そのコウモリに聖水が効くのかちょっと試してほしいのだが……』
パストールとクープの念話にデルモンドが割って入る。
「兄弟子様。聖水、ですか? 何ゆえ、でしょうか?」
『うむ。魔獣由来のコウモリであれば、聖水は効果がない。が、このアシッド・バット。上級アンデッドに伴われているのを、何度か冒険者に目撃されておるのだ。もしかしたらアンデッド属性を有しておるやもと、思ったのでな』
「とにかくやってみましょう」
『待って。デルモンド。ならば、まず、ターンアンデッドの効果かあるかみてみましょう……。ねぇパストール。お願いできるかしら? あっミスランティアですぅ』
「御主人様!! はは、……では。……いと高き、神の御蔵に、居まします、清し尊し聖神アムル……」
『ああ、あやつ、またアムル聖教会魔法を使いおって』
「……迷妄なる不浄の魂を、払い清めんターンアンデッド!! うわあ!!」
パストールの手の先からドラゴンブレスのような火焔が噴き出す。
滞空していたオオコウモリは、それをモロに浴びると燃え上がり、炎の乱舞を暫し披露して燃え落ちた。
『……』
「……ターンアンデッド、成~功~……」
『……おい。燃えてしまったぞ』
「……すいません。つい癖で……。しかし、自分で言うのもなんですが、ターンアンデッドを使う吸血鬼ってわたくしくらいしかおりますまい。ふひひひ」
『うつけ者! ターンアンデッドの効果か炎で焼かれたのか、解らんではないか!!』
「ちょっ、パストール! お前いつから魔法使いにジョブチェンジしたんだ?! 火焔魔法なんか使って、ソシエールとキャラ被ってるし」
『……弟弟子よ。ちょっと待て。火が残っているうちに、アムル神を讃える聖言を唱えてみよ。真心込めてな』
「はい、兄弟子様。『讃えよアムル!!!』」
ドカン!!
「ひぃぃ!!」
「うわあ!!」
「あ、兄弟子様ぁ!! 爆発しました。わたくしの祈りが爆発を!!」
「あちちちち!!」
「わあ! アヴァンに燃え移った!!」
戦いの場は混乱を極めた。
多分普通に戦えば楽勝のオオコウモリ相手に、後方の馬車から老人達の良く判らない指令をこなすうちに、戦いの騒ぎに誘われて、次々と新手のモンスターが現れたのだ。
それら増援は、スケルトンや食人鬼、ゾンビ等の下級アンデッドだった。
『そうじゃ。マルキス・ヴェルキス、例の新技を試してみようかのう』
「はい。悪魔的刀剣武技『次元振動斬』!!!」
ボキボギボキッ!!
「ぐぎゃあ!!!」
アヴァンはスケルトン目掛けて突進し、彼の剣は残像を残して高速で振りかぶられたが、その時にアヴァンの腕があり得ない方向に曲がってしまった。
「あら、ごめんなさい、……伯爵様。新技には、この子の腕が耐えられないわ」
「ふむ、仕方がない今後に期待か。しかし、予備動作で骨折とは先が思いやられる。……弟従僕よ、回復呪文をキンキラ剣士にかけてやってくれ」
「はい。兄従僕。アムル聖教会信仰奇跡『お手当て』」
「あちっ! あちちちち!! 熱いってパストール!!」
※※※※※※※※
「……ミーちゃん。アヴァンとパストールは遊んでんのかしら?」
漫才のようなアヴァンとパストールの戦いの様子を、少し離れたところで、チマチマ火弾でコウモリを撃ち落としながらソシエールは見ていた。
そして手に持つ杖の先の、精霊人形の『ミーちゃん』に話しかける。
このミーちゃんは、馬車からミスランティアが遠隔操作している事に、ソシエールはまだ気付いていない。
「いやねぇ男の子って、すぐふざけちゃって、……でね、ソシエールちゃん。……どこまで話したっけ? ああ、そうそう、第ニ階位魔法『火球』の詠唱をする時にね、第二節の頭に『アルカンドラス・コード』を先に宣言して管理者権限でアクセスするの。そしてね、……、……、ここ。第八節の『過熱』シークエンスを、『熱変動』の命令文に置き換えるの。熱変動は対象から『熱気』と『冷気』を分離するのだけど、奪った熱の行き先を第二十節の魔法発露空間に、余剰冷気をマイナス1レイヤの仮設空間に指定するの。今回は熱だけ使うので、奪った熱、つまり冷気は、どんどん仮設空間に溜め込んで、熱だけファイアボールに注ぎ込むの。そこに発火媒体を転移して射出シークエンスに……」
「アル、カンドラス?」
「アルカンドラスは、エルフが多用した精霊魔法を、精霊の力を借りずに再現しようと試みて、人族の魔法の基礎、『アルカンドラス方式呪文』を発明した魔法使いよ。この大陸で使われている魔法はほとんど彼が作ったものなの。だけとね、始めに余りにも簡略化した……、これは、他の人が覚えるためにある程度仕方の無いことだけど、定型文を作りすぎてしまったのね。その後千年以上、これに手を加えようとした人はいないのよ」
「知らないわ。学校で習ったのは、決められた呪文をいかに正しく暗記して唱えるか、とか、音節をつなげて詠唱を早くするか、とか……。管理者権限、とか、ミーちゃんは、魔法の神様か何かな訳?」
「まあ、それはさておき、そうね、ちょっとした応用を見せてあげるわ。良い? 火属性第一階位、火弾の呪文の第四節と第五節の間に、索敵魔法の第三節から第十二節までを挿入して、そして、終わりの方の射出シークエンスで目標誘導命令文を加えて、誘導先を索敵呪文の敵性反応紋にするの……」
「もう! ミーちゃんが何を言っているのかさっぱり判らないわよ! 呪文が『節』で区切られていることだって今知ったのに、ましてやそれを再構築って……」
「まあまあ、『節』毎にゆっくりやるからね。……、……、ほら、ここ!」
杖の先の精霊人形、『ミーちゃん』が呪文を唱えると、戦いが続くこの洞窟の内部にいるコウモリや追加で現れたアンデッド達の体が一斉に赤く光った。
「こんな風に光っちゃったら、敵の魔法使いは気付いちゃうから、普段はしないのだけど、この方がわかりやすいでしょ? ここまでの詠唱で、敵をロックオンするの。そして、火弾の発射シークエンス!!」
ズドドドドドドドドドドドド!!
ミーちゃんが持つペロペロキャンディーのような杖から、火の玉が一度に数十個撃ち出され、赤く輝く敵に一つづつ命中する。
目に見える範囲の、アヴァンが対峙していたものも含めて、すべてのモンスターが一斉に燃え上がり、焼け崩れた。
「…………」
ソシエールは呆然とその様子を見ていた。
「ビックリした! なに今の大技」
少し焦げ付いたアヴァンとパストールがソシエールの元にやって来る。
「ソシエールちゃんはアレね。射出系の魔法のコントロールがイマイチだから、よく火球や火弾を外すでしょ? 探知、誘導魔法を覚えておいた方が良いわよ。まあ、索敵数と火弾の同時発射数は魔力ランクに依存、だけど」
眼鏡をしていないのに、眼鏡をクイッとする仕草をしながら杖の先のミーちゃんは偉そうに言った。
「さて、玄関先での歓迎はカタがついたみたいね。先に進みましょう。多分あっちよ!!」
杖の先でペロペロキャンディーを奥に向けたミーちゃんが、元気ハツラツにそう言った。
※※※※※※※※
「若者に指示を出して、ダンジョンに突入させて、それを映像越しにおやつを食べながら観察する……。なんでしょう、背徳的な感じがしますね」
プルプルプリンをスプーンで食べながら、タンクトップ姿のエルフ幼女ミスランティアはつぶやく。
「憑依、甘言、脅迫……。人間を操り、懊悩する様を高みの見物。これは、『悪魔の遊戯』と云うヤツじゃ」
ミスランティアにプリンをあ~んしてもらい、羊皮紙に映される破邪覇道の冒険行を眺めつつ、偉そうにクープが言う。
「何とももどかしい。師匠、何故拙僧らは同行せんのか?」
お茶をすすりながら苦々しげにデルモンドがつぶやく。
「私達もそろそろ退場の時節ですわ。これ以上でしゃばると後進が育たないでしょう?」
「後進が育たないから、五候諸国は停滞し、アムル国をはじめとした周辺の新興国に押され気味なのだとしたら、アムル国出身の冒険者を育てるのは、不味いのでは?」
「デルモンド。私は、五候国とか、辺土の蛮国とか言っていられない事態が、ほどなく起こりそうな気がしてならないのです。私達は再びドワロデルフの大門を開いて、アトミクラ山に赴く時が来ると。それは、恐らく、私の最後の旅となるでしょう」
「契約は契約じゃ。その予言が正しいとしても、ワシは最後までお供しますぞ。ワシと先生がこの世界を去れば、デルモンドの仕事もその時、終わるだろうて」
「ふん!!」
デルモンドは、鼻息を荒くし、残りのお茶を一気に飲み干した。




