ダンジョン潜入
材木の転がる広場は、峠道に迫る崖の両側まで広がり、岩壁の全容が露になっていた。
一方の崖下には洞穴が口を開け、暗い奥のうかがい知れない空虚に、森の木々の障壁を失い直接に風が吹き込んで『ボォォォ……』という低い音を響かせていた。
「周囲はご覧の有り様です。生き残りのゴブリンがいたとしてもすでに敗走している事でしょう。……逃げ込むとしたらあそこですね」
黒く口を開けている洞穴の入り口を指差し、そう言ったパストールに、ソシエールはうなずく。
彼女の服装は昨日とはずいぶん変わっていた。
昨日着ていたローブは地の布こそ黒いが、ファンシーなアクセサリーが所狭しと縫い付けられていて、とてもケバケバしいものであったが、今日着ているローブは深緑色の地味なものだった。
飾りの少ない落ち着いた生地の長衣は、よく見ると精巧な紋様が刺繍されており、しかも目の錯覚か、描かれている図形や文字はローブの上で蜃気楼のように揺らいで見えた。
袖、襟、裾には魔方陣をあしらった、もう少しはっきりした刺繍がしてある。
襟の延長でフードも付いているが、ソシエールは帽子を被るため、後ろに下ろしている。
「『宵待のローブ』って云うの? コレ、すごいわよ! 軽くて肌触りがいいわ。それに暖かい。一見地味だけど、色々なまじないが刺繍されていて、何て言うの? 枯れラブリー??」
袖を広げてソシエールはアヴァンの前でくるくると回って見せる。
裾が丸く広がって、ソシエールは蓮の葉に上半身が突き刺さったように見えた。
このローブは、昨日ミスランティアが身に付けていたものであるが、今日の探索にあたり彼女はこれをソシエールに貸し与えた。
ミスランティアの体が幼くなり、大きすぎてこのローブが着ていられなくなったのだ。
ソシエールもあまり背が大きい方ではないので、成人エルフ女性サイズに仕立てられている長衣は大きかったが、ミスランティアがうまく折り込んで丈が合うようにしてくれた。
だが、余った布で厚ぼったくなり、幾分丸っこく見えるのはご愛嬌である。
「スポンサーであらせられるミスランティア様の物です。大事になさいませ。聞くところによると、対魔、対物理、対紫外線等々の加護が施され、ほかにも様々な機能があるそうです。なんと言っても数々の魔方陣が……、ちょっと! ソシエール! あんまりクルクルしないで! 埃が付きますから!」
ソシエールが、うっかりどこかにぶつけ、ローブを汚したり痛めたりしないかと、パストールは気が気ではない。
「うふふ、判ってるわよ。『いでよ杖!!』」
ソシエールがキーワードを言い右手首をクルっと一回転させてパチリと一つ指を鳴らすと、黒い手甲に刺繍してある魔方陣が輝いて、彼女の少し上方の空中に杖が一本現れる。
その杖をキャッチするとソシエールはポーズを決める。
「『杖収納の手甲』……カッコイイ。そしてこの杖!!」
「……御主人様も気前の良い事で。これ等全てS級の魔道具ではないですか……」
可愛らしい妖精女王の彫刻というか人形が先端を飾る杖。
正直パストールの目には、持つのが恥ずかしい類いの物であるが、この杖にも強大な力が宿っていることを、彼は吸血鬼の直感で察知した。
「あはは、うふふ、さあ! 冒険者の皆さん、探検に赴きましょう! 未知が満ち満ちしてますわ!!」
杖の突端の人形が動き、声を発すると手に持つ小さな杖を崖の洞窟へと向ける。
ややこしいが、杖の人形が杖を手にしているのである。
「ええ! 行くわ! 杖ちゃん!!」
ソシエールは人形に頬擦りをする。
彼女はこのようなファンシー仕様に目がないのだ。
「ムギュギュー! 私の事は『杖ちゃん』じゃなくて、『ミーちゃん』と呼んでね!」
小さな手でソシエールのほっぺたを押し返しながら、杖の先のミーちゃんはそう言った。
「いよーし。行くか!!」
魔剣マルキス・ヴェルキスを鞘に納め、アーゾックの遺品である赤竜の盾を装備したアヴァンがそう言うと、破邪覇道の三人は洞窟へと歩きだした。
※※※※※※※※
「師匠……、『ミーちゃん』は無いでしょう」
遠く下方にガウシェンの街を臨む街道の、下り坂が始まる辺りに馬車は停められている。
怪我の治った馭者は、馭者台に仰向けに寝転んで、青空をたまに流れて行く雲を見ている。
椅子が畳まれ広くなった客室の床には、ラグマットが拡げられ、『老人会』改め『老人と幼女の会』の三人が座っている。
「今朝、探索魔法を使って調べましたが、洞窟は奥でダンジョンとつながって中々楽しそうですじゃ。迷宮ランクはCを基本として、モンスターや罠の状況で加点減点して行こうかのう」
クープが葡萄酒を湯飲みで啜りながらそう言った。
カーテンが閉められ、薄暗い車内で、床に酒や酒の肴が置いてある。
三人の足元には羊皮紙が拡げられているが、昨日のように天瞰図の、空からの様子ではなく、まるで誰かと視線を共有しているかのように、薄暗い洞窟の内部が映し出されている。
ソシエールとアヴァンの後ろ頭が見えているので、パストールからの映像であろう。
「まあ、暗いわ。明かりの呪文をかけてあげるわね。そおれ! 第一階位魔法『永続・光明』よ!」
脈絡もなくタンクトップ姿のエルフ幼女ミスランティアはそう叫ぶと、さっきまで肴のスモークチキンをつまんでいた箸を、杖のように振り回して呪文を唱える。
彼女の眼鏡のレンズは輝いて、視線はあらぬ方向を向いている。
まるでこの場にない何かが見えているようであった。
羊皮紙に映る映像の中で、ソシエールの杖の先の人形が、ミスランティアとシンクロして魔術の舞を踊っている。
「えい!!」
ミスランティアが箸を突き出して、その箸は隣に座るデルモンドのハゲ頭に衝突して折れる。
「…………」
映像の中では、光明の呪文が発動して、洞窟の周囲が明るくなった。
※※※※※※※※
暗い洞窟に光が点り、いびつな石柱の群れを照らし出した。
「気を利かせて勝手に魔法を使ってくれる杖って、ミーちゃん便利すぎない?」
杖の先の妖精女王の人形にチュッチュとキスをするソシエール。
「うっぷ、わっぷ。光を目掛けてモンスターが来るかもですわ。気を付けてね」
いささか辟易しながら、杖の先のミーちゃんは忠告する。
「それから、ソシエールお姉さま! 出来ればあんまり振り回さないで! 映像がグリングリンして目が回りそうなの!」
ミーちゃんは目を渦巻きマークにして懇願する。
『弟弟子よ。『ジャイアント・アシッド・バット』が多数そちらに向かっておる。迎え撃つ準備を』
しんがりのパストールの頭に、デルモンドの念話が響く。
「畏まりてございます。私の吸血鬼アイでも捕捉できました。アヴァン! ソシエール! 前方11時の方向、オオコウモリ多数! 迎撃用意!!」
「早速か! いくぞマルキス・ヴェルキス! 今日は大人しく振るわれやがれ!!」
「……まあ、相手は雑魚だし、まずは、お手並み見せてもらいましょうかアヴァン!!」
ズロロロロ。
剣に擬態した悪魔、マルキス・ヴェルキスを抜刀するアヴァン。
今回マルキス・ヴェルキスは拡張せず、剣の形を保っている。
「ジャイアント・アシッド・バット。モンスターランクE。強酸液を吐きます。大きな音と閃光に弱いそうです」
パストールが、アヴァンに忠告する。
こうしてダンジョンでの最初の戦闘が始まった。




