魔の夜が明けて
「師匠!! お鎮まりくだされ!!」
「なあぁにが『師匠』よぅ!! 『まま』と呼びなさいって、言ってるでしょう!!」
ドグオォォォン!!!
「クープ!! 貴様まで調子に乗りよって!!」
「ヒャーッハッハッハッ!! 楽しいな、エステル!! 今夜こそ決着だぜぇ! どちらがミスランティア先生の寵愛を得るか!」
「ククルカン信仰格闘奥義『金剛不破』!!!」
パキャ! グシャ! ガガガガガガガガ!
「クソッ、おおい! 俺の可愛い女ども!! ギリニカ・マグルス! ゲイオーグ・ケリガン! ガニシカ・アルマン! ゼルギス・ヒルギンドオル!! 構わねえ、一斉に掛かれ!!」
「はっ! 我が命にかけて!!」
「はぁい伯爵様あ!」
「はいなぁ!」
「シー!!」
「ぐぬぬぬぅ!! ククルカン信仰格闘術!!『難攻不落』!!!」
ガキン!
ガキン!
ガキン!
ガキン!
「エステルぅ!! アステルぅ!! ほおら! 新しいお友だち、パストールちゃんですよぅ!!」
ビリリリ、
「アヒァィギィ!! 素敵です! 素敵です! マイロード! 素敵ですから勘弁してください!! 私を千切って投擲するのは!! あっ! そこっ! 取れちゃったら大変です!! ああああ!!」
「ククルカン信仰格闘術『不退転』!!」
バゴォォォォーン!!
「くふふ、エステルぅ、これなんかどう?! 王都の城門より大きいわよ!! そおれ!!!」
「ぬうう! ククルカン信仰格闘秘術『電光石火・輪廻転生』!!!」
グシャア!!
「あらあら、潰れちゃったわ。ちょっとぉ、エステルゥ。良いでしょう? 私は街に行きたいの! なんかぁ、沢山のぉ、ひととぉ、交流? したい感じ? なのよぅー」
「カカカカカカ!! ミスランティア先生の望みを叶えるためならば、俺ァ何でもするぜ!! 悪魔は何でも望みを叶えるものさ!!」
「ぐえっほ。……今の……師匠が……、町に行ったら、人類が滅びます!! 朝が来るまで耐えてくだされ!!」
「……!! ……!」
「!!!」
「…………、」
※※※※※※※※※
馬車の客室に朝日が差し込んで、床に転がって寝ていたアヴァンの顔を照らした。
アヴァンは顔の方向を変えて光から逃れようとしたが、彼の頭は一段高い座席で寝ているソシエールの足によって踏みつけられていて、動かなかった。
「ううっ、眩しいなぁ」
睡眠の継続をあきらめたアヴァンは、ソシエールの足を座席に押し戻して起き上がった。
「んあー! よっく寝た! …………あ? あああ!!?」
キャビンの床で胡座をかいて上半身だけの伸びをして、朝日の差し込む窓の外を見たアヴァンは、素っ頓狂な声をあげた。
「んふぅ、なによぅアヴァン、変な声だして」
座席で丸まって寝ていたソシエールも、アヴァンの叫びで目を覚ました。
「ソシエール! 外! 外、見ろ! 世界が終了している!!」
「はあ? 何言っちゃってんの…………はあ!? はあああ!!?」
ソシエールはアヴァンが凝視して固まっている窓の外を、彼とならんで見た後に、アヴァンと同じような叫び声をあげた。
昨日ゴブリン大隊との戦闘があった峠から、この馬車は移動していない。
夜営のためにちょっと道の端に寄っただけである。
左右に崖が迫る森の中を通る一本道で、木々と岩肌とが取り囲む、圧迫感のある景色だったはずであった。
「…………」
言葉を失ったまま、アヴァンとソシエールは馬車のタラップを降りる。
景色は一変していた。
街道に覆い被さるように繁っていた木々は、根こそぎ引き抜かれるか、折られるか、気まぐれに地面に逆さに突き立てられたり、積み上げられたり、とにかくマトモに立っている物を探す方が難しいくらい、見渡す限り打ち倒されていた。
嵐や竜巻などの自然の猛威とも、トロル、ジャイアント、ドラゴン等の災害クラスモンスターの暴威とも違う。
周囲の乱雑具合には、巨大な子供がイタズラをしたような、稚拙ながらも、悪ふざけなのか自棄っぱちなのか、何かしらの意図が有るように感じられたのだ。
馬車の周りは何も変わってはいない。
昨日の夕方デルモンドが突き立てた錫杖を境に、そこから外側が荒れ果てているのである。
木々で遮られていた視界は拓かれて、崖の大半が露になっている。
昨日は幾分の凹凸こそあれ、もっと滑らかだったはずの崖の岩肌にも、爆発痕や出来たばかりのような亀裂がいたるところに走り、一部など大きく破壊され、街道脇の馬車の近くまで落ち崩れていた。
崖の亀裂にも、引き抜かれた大木が何本か突き刺さっている。
「……血文字か。何て書いてあるんだ?」
アヴァンは、崖に突き刺さっている大木の数を数えるうちに、巨人が岩壁に書き付けたような巨大な赤い文字の羅列を見付けたのだ。
「イムファ・シルイルタール・エステル……?」
「読めるのか?」
その文字を読んだであろうソシエールを見て、アヴァンは不思議そうな表情を浮かべる。
「魔法軍学校で習ったの。ハイエルフの古い文字よ」
「意味は?」
「うーん、『エステルの……倹約主義者、……けちん坊?』」
首をかしげながらソシエールが翻訳した一文を聞き、更に謎が深まったアヴァンは、何か謎の答えがないものかと辺りを見回した。
「パストール?」
行き着いた視線の先は、元は街道だった場所。
今は全ての石畳が剥ぎ取られ、その下に敷き詰められていた大小の石は吹き飛ばされた土の地面に、頭を半ば潜り込ませ、膝をついて尻だけ上げて突っ伏しているパストールが発見されたのだ。
「ちょっと大丈夫?!」
「聖神アムルよ、せっ、聖神アムルよ、今こそ憐れな子羊は、己の浅慮を懺悔します。わたくしは、なんと云う悪魔と契約を交わしてしまったのか!!」
アヴァンが頭を掘り起こして引き上げると、パストールはプルプルと震えながら何事かブツブツ唱えている。
「パストール! しっかりして!」
「パストールどうした?! 何があったんだ?! 何がどうしてこうなったんだ?! お前も、この土地も」
「あ? あ!? んああ!?! ……お、おはようございますお二方。よく眠ることは出来ましたか? ところで、オシッコしたくないです?」
目の焦点が合い、ソシエールを見たパストールは、いつもの不敵な笑みを回復し、軽言を言った。
「おお、おはよう! 若人達よ」
「きゃ!!」
崖の方から褌一丁のデルモンドがやって来るのを見て、ソシエールが悲鳴をあげた。
「ひいい! お助けぇ!!」
一旦平静を取り戻したかに見えたパストールは、デルモンドを見るなり途端に様子がおかしくなり、這ったまま逃げようとする。
「はっはっはっ、パストールよ、もう朝だぞ。まだ寝惚けているのか?」
麻布で、乾布摩擦をしていたらしいデルモンドは、その場でゴシゴシを再開しパストールを追いかけながら爽やかに笑う。
「し、死んで、死んで、死んで……。貴方は昨夜一体何回死んでしまったのですか? ああ! あああ! そこかしこに貴方の死体の破片が! 貴方は引き千切られ、あの方は貴方の下半身を抱えて岩壁に飛び、……そして。……ああぁぁぁー!!」
泣き叫ぶパストール。
「まあ、昨夜はたまたま緊縛が緩かったからなあ。母様が小さくなっとるのを勘案せなんだのだ。大体いつもの夜は、朝まで大人しく縛られておるのだぞ? ちょっと声を荒げる位で。それに千切られたと云えば、お前さんの方が細かく千切られていたな」
「慰めになりませんぞ!!」
「それにしても意外だったのは、お主が夜にも正気を保っていたことだ。信仰のなせる技か。これで夜を過ごす仲間が出来たな!! 嬉しいぞ。わははははは!!」
デルモンドは体をこすっていた手拭いをねじって、それでパストールをびしびし叩きながら笑う。
パストールは両手で顔を覆い泣き崩れている。
「何じゃ、鼻水まで垂れ流して、みっともないのう」
とんがりナイトキャップを被ったクープがいつの間にかアヴァンの横に立っていた。
「ひぃぃ!! 悪魔ぁ! あくまぁぁ! アムル様ぁ、お守りくだされぇ! この人本当に悪魔だったぁぁぁあああ!!」
クープを見た途端、膝立ちでチョコチョコ逃げだしたパストールはソシエールのローブを引っ張り、しがみついて彼女の後ろに隠れ、老人達の視線から逃れようとした。
「ちょ、パストール?! どうしたのよ?」
普段クールなパストールの余りの狼狽ぶりに驚いたソシエールが、振り返ってパストールの肩に手を置く。
「あらあら、怖い夢を見たのかしらねぇ」
アヴァンの隣のクープの隣に、いつの間にかエプロン姿のミスランティアがおたま片手に立っている。
「きぃやああああああ!! …………あふぅ、」
ミスランティアを見たパストールは、とうとう絶頂に達し、手を『にゃーん』の形にして膝立ちから仰向けに倒れ、絹を裂くような絶叫の後に口からアワアワを吹いた。
「……。さあ、朝御飯にしましょうか」
ミスランティアは朗らかにそう言うとおたまを振った。
同時に仰向けに倒れた後も立てられていたパストールの膝がパタリと倒れる。
※※※※※※※※
嵐が通り過ぎた間際のような荒れ果てた広場に、再び場違いな大テーブルが設えられ、アットホームな朝食が始まった。
「この荒れっぷり。一体何が起こったの?」
いただきますもソコソコに、ソシエールは昨晩見張り役だったパストールを問い質す。
「あー、えー、なんと言いますか……、夜明け近くに暴れん坊ジャイアントの襲撃を受けましてねぇ。『オマヘノ・モノワ・オレノ・モノ』とか、難癖つけられまして……、えー……」
失神の後、たいして間を置かず復活したパストールが、いつもの軽口を叩く。
しかし、何か思うところがあるのか、赤くなった黒目(?)はキョロキョロとうごめき、老人会の三人の一挙一投足をうかがっているようだ。
「幸い私の活躍で、そのジャイアントは見事撃退出来ましたとさ?」
「はあ、」
ソシエールは納得していなかったが、アヴァンはもうすっかり今朝の驚きを忘れて朝食をむさぼっている。
「さて、冒険者の方々、この先は危険そうなので、拙僧達は当初の目的であった廃都への巡礼は諦めることとする」
デルモンドがそう切り出したが、アヴァンとソシエールには、その判断は至極当然のものであると思われたので、素直にうなずくだけだった。
「今回の報酬はちゃんと払いますからねぇ。ガウシェンの冒険者ギルドまで私達を送ってください。……、でも、その前に……、」
デルモンドにおかわりのスープをよそっていたミスランティアは、そう言うと一旦言葉を切り、アヴァンとソシエールの顔を見た。
「ちょっと追加で依頼したいことがあるのだけれど、お受けして頂けますか?」
「……?」
「実はな、この辺りでなん組かの冒険者パーティーが行方不明になっておってのう。多分昨日のゴブリン集団が犯人だとは思うのじゃが」
パンをちぎってはスープにブチ込んでいるクープがミスランティアに変わって説明する。
「もしかしたら生き残りがおるかもしれん。この先の崖に洞窟がある。恐らくゴブリン達のアジトじゃろう。ちょっと覗いて冒険者が囚われたりしとらんか見てきてほしいのじゃが」
「報酬は如何程?!」
間髪いれずパストールがお金ポーズで質問する。
「前金で六十万セルクル。生き残りがいた場合、救出一人につき二百万セルクル出そう」
「!!!」
デルモンドが提示した金額に破邪覇道は色めきだった。




