野営の夜営
「では、さっそく我ら破邪覇道三人で探索しましょう。なに、あの二人を騙くら……、いえ、その気にさせるのは、わたし、得意ですから。確かゴブリン達が潜む洞窟と迷宮がこの辺りにあったはずです」
パストールは笑顔でそう言うと、ミスランティア達に一礼してアヴァンとソシエールのもとに向かおうとしたのだが、デルモンドは空模様を眺めながら彼を引き留めた。
「いや、待て、弟弟子よ。探索は明日の夜明けを待ってからにしておけ」
「はあ。それは構いませんが、わたくし、いたって意気軒昂ですよ? このまま行っちゃっても……」
「直に夜になる」
「はあ、然様で」
「お主は、母さま……、師匠によって夜の眷族となった。闇はお主に力を与えるだろう。そして渇望もだ」
「はあ、」
「……お主にとっては初めての夜だ。今夜身をもって思い知るだろう。我が師匠と、その徒弟たちが、何故人里を離れて旅を続けているか……」
デルモンドの視線の先、崖の切れ間から細く見える曇天は、遠くの晴れ間から差し込んでいるのであろう夕焼けの光線に照り映え、赤く燃え上がっていた。
※※※※※※※※
街道の脇に馬車は移動し、野営の準備を始める。
一度だけ、散り散りになったゴブリン大隊の一部が戻ってきて戦闘になったが、破邪覇道はそれらを容易く撃退した。
半ば振り回されるようにマルキス・ヴェルキスで戦うアヴァンが、ソシエールが魔法を使う前に何人かのゴブリンを吹き飛ばすと、ゴブリンは恐怖のあまり悲鳴を上げながら再び逃げ出し、峠の先、盆地を埋める大森林が広がる旧デール候国方面へ退却していった。
クープは戦闘を尻目に、馬車を引いていた四頭の馬の世話を、寝込んでいる馭者の代わりに行い、時々適当な野次を送っていた。
活躍できないソシエールのフラストレーションは溜まる一方だ。
戦闘の最中も、馬達は街道脇の草を食み、クープにブラシをかけてもらっていた。
食事の後、満足した馬達は馬車の車輪に繋がれた。
デルモンドは、ブツブツ念仏を唱え、馬車の周りの地面に、錫杖のような鉄棒を何本も突き立てている。
「何やってんの?」
魔法も撃てず戦闘が終わり、手持無沙汰のあまり地面にしゃがんでアリンコの行列を見ていたソシエールが、デルモンドの奇行に気づいて問い掛ける。
「読経だ読経。結界の読経だ」
デルモンドが読経を中断して答える。
「男は読経!!」
マッスルポーズでデルモンドがそう言うと、ソシエールはケラケラと笑った。
「ク〜プ〜、デルモンド〜、それに冒険者の皆さ〜ん。少し早いけど晩御飯にしましょう〜」
「!!!」
街道のど真ん中に場違いな大テーブルがいつの間にか設置され、白いテーブルクロスの上には、湯気の立つ料理が並べられていた。
破邪覇道の面々には、食卓がいつからそこにあったのか、いつの間に料理が並べられたのか、そもそもいつ調理されたのか、誰にもわからなかった。
「これも魔法なの? ……ですか?」
「え? うーん、そうねぇ。お料理はねぇ、予め作ってたのよ~。それをねぇ、魔法でねぇ。仕舞っていたのよ~」
ソシエールが恐る恐る尋ねると、幼くなったミスランティアはおたまをフリフリしながら答えた。
アーゾックとの戦いが終わり、馬車に戻ったら、ミスランティアが幼くなっていたので、アヴァンとソシエールは大いに驚き、かつ彼女を恐れるようになっていた。
「あの、ミスランティアさんって、ハイエルフ、なんですよね」
ソシエールが恐る恐る尋ねる。
「ええ。そうですよ~」
ホンワカ口調でミスランティアは応える。
背が縮んだ彼女は深緑のローブが大き過ぎて着ていられなくなり、今はダブダブのタンクトップにエプロンを付けている。
エプロン越しでも判るが、清々しいまでの絶壁ツルペタで、色気は皆無である。
「ハイエルフって、この大陸に数人しかいないって聞いたことがあるんだけど……」
「そうねぇ」
「あの、エルフって、その、年齢が上がったりロリッたりするものなの? ですか?」
「……え?」
「だって、お昼まで、私より年上だと思ってたから、『オバさん』とか言ってたのに、今見たらどう見てもお子さまじゃん、ですか」
敬ってよいのか侮ってよいのか判断がつきかねるソシエールの口調はなんだかおかしい。
「うーん。それはねえ、エルフの特質って訳じゃなくて、私だけじゃないかしら?」
「余計な詮索はしないようにしてください。それもAランク冒険者のタシナミですよ? それよりもご馳走になりましょう。旅先でありつけるとは思えない素敵な料理ではないですか!!」
少し恐い笑顔でパストールがそう言うので、ソシエールはそれ以上の詮索を止めた。
今のところは。
※※※※※※※※
驚くほどアットホームな夕食が終わる頃には、辺りは暗くなっていた。
そして、冒険者達がまた一瞬、目を離した隙に食卓は片付けられてしまっていた。
ゴブリンの大部隊が居座っていた場所なので、他の獣やモンスターが寄り付かなかったのであろう、ゴブリンが去った峠の谷間は、風がいささか強いくらいで静かだった。
「さて、お前たちは、この馬車の中で寝て良いぞ。馭者が寝ているが、怪我をしているので、 そっとしておいてやってくれ。ワシらは朝までこの辺りを見回っておる」
クープはそう言うと腰をトントンしながら立ち上がった。
「昨日の夜もそうだったけど、普通、こういう旅の護衛任務では、夜は冒険者が不寝番をするものよ。なんで私たちが馬車で、あなた達が外に出ているの? 逆じゃない?」
「そうだよ爺さん達、危ないよ。今夜は俺達冒険者が交代で見張るから。なあ、パストール」
「うふ、アヴァン。今日は疲れたでしょう? この御老人達は体内時計がおかしくなって眠れないようですよ? 私も今日は大して運動していないので、ご老人方と一緒に起きています。何かあったらすぐ知らせますから寝ていてくださいね」
パストールにも説得され、アヴァンとソシエールは馬車のキャビンに入っていった。
「第二階位魔法『催眠』」
しばらくして、時を見計らってミスランティアは馬車に向かって眠りの魔法をかけた。
程なく馬車の中からアヴァンのイビキが聴こえてくる。
「これで朝まで起きないでしょう」
「ああ、だから昨日私は狭い馬車の中で何故だか爆睡してしまったのか。今朝は猛烈な尿意で、この歳で失禁するところでした。……明日の朝、三人がオネショをしないよう、冥府の聖母『エルファラン』に祈りましょう」
パストールが馬車に向かって祈りを捧げている。
「探知魔法によると、この峠のすぐ先にあった強力な敵の反応は、既にデール候国方面に遠ざかっています」
天瞰図を拡げたミスランティアがそう言うと、デルモンドが、やって来て図を覗き込んだ。
「師匠の仰っていた『力を秘匿した者』と、云う奴ですかな?」
「恐らくそうです。しかし、ゴブリンや他の生き物の数が多く、それに紛れていました。そして既に私の探知の外に出てしまったのよ」
そう言うとミスランティアは羊皮紙を丸めて仕舞い、寝る支度を始める。
「まあ、これ以上この街道を進まなければ、今のところはそちらの事は考えないでも良さそうじゃな」
クープもいつの間にかナイトキャップのとんがり帽子を被っている。
「それよりも今夜だ……」
嘆息するデルモンドの目の前で、寝袋に足を突っ込んで、顔だけ出したパストールが立っている。
「??? あの……、兄弟子様。夜の見張りは……?」
事態の飲み込めないパストールがデルモンドに問い掛ける。
「あー、その辺りは全部拙僧がやるから、お主は大人しく寝ていろ」
小さな護符が所々巻き付いている荒縄を取り出して、デルモンドはその強度を確かめている。
「な、な、な、なにが起こるのでしょう? 御主人様」
デルモンドの鬼の形相に恐れをなしたパストールは、助けを求めるようにミスランティアを見た。
「ゴメンねえ『エステル』。毎晩迷惑をかけて。でも、今夜は川の字ねぇ。お母さん嬉しいわ」
「幼名で呼ぶのは勘弁してくだされ」
ご愁傷、もとい、御就寝前のお爺ちゃんクープと、そのクープにしがみついてニコニコの少女ミスランティアは、街道近くで一番の大木を見付けてその前に立つと、手招きでパストールを呼んだ。
「……川と云うより滝ですね。ここに我等は一晩縛り付けられるのですか?」
三人並んで木の前に立っていると、荒縄を手にしたデルモンドが近付いてくる。
「辛抱せい。月が登り、中天三宮を通り過ぎるまでの間だ」
三人を縄で大木にくくり付けながら、仏頂面でデルモンドはパストールの質問に答える。
「吸血鬼は冒険者ギルドの討伐対象よ。私達はククルカン戦僧デルモンドに捕獲されたモンスターなのよ」
クープのお腹の辺りをとんとん叩きながら、ミスランティアは笑う。
少女の瞳は紅に輝き、その表情にはやや下卑たモノが浮かんでいた。
「ああ、夜が来たわ! 血が疼き始めました! デルモンド! もっとしっかり縛って!! 今夜はお母さんハッスルしちゃうかも!!」
「ああ! ククク、カカカカカカ!! 血の契約が、効力を現しはじめる!! 悪魔は願いを叶えるもの。その願いの果ての結末は、知ったことではないのだ!!!」
「え? え? ひぃぃ!! 御主人様?! なに? とうしたのですか?! そんなに暴れて?! あと、兄従僕?! なんで、貴方まで若返ってんの?!」
デルモンドは念珠を握り締め読経を唱える。
馬車周りの地面に突き立てた錫杖が、稲光を発する。
「ククルカン信仰格闘術『朝まで生説法』!!!」




