旅の徒弟
「チッ、鋼でも岩石でも膾のごとく斬り刻むことが出来るのに……。なぜかミスリル銀は斬れないのよ!!」
剣形の悪魔マルキス・ヴェルキスは舌打ちをした。
「……」
アヴァンはマルキス・ヴェルキスの切っ先を凝視する。
今、アーゾックに放った一撃が、自らの意思か、そうではないかと問われれば、答えは微妙であった。
肩から腕先までは確かに自分の力で振るったが、そのさらに先で、刀身は不気味にうねり、刃先は重さを加えるために幅を広げ、盾が接触した部分などは、まるで斧の刃のように厚みを増していた。
腕の振りに加え、何か超常の力が加わり、ミスリルの盾を鋼鉄の胴丸に突き立てるなどという、デタラメな事態が起こったのだ。
「なんか、自分でやったとは言えないな、これは」
剣を振るった本人であるアヴァンは、そんなことを呟いた。
「何、生意気言ってるのよ坊や。貴方はしばらく私と組みなさい。その赤盾を引き抜いてあなたの物とするのよ。クープ様は滅多に私を使ってくれないし、つまんないのよ。S級武具である私となら、素敵な殺戮の毎日をおくれるわよ」
アヴァンの腕に絡みついたまま、マルキス・ヴェルキスは誘うように言った。
剣体が緩み、アヴァンの腕を咥えたまま艶かしくうごめく。
「イヤだ! なんか気持ち悪い。手応えが無い! お前でやっつけても、俺、自慢できない」
アヴァンは両脚でマルキス・ヴェルキスを挟み腕から引き抜こうとした。
「むぎぎ……嫌だと言っても離れないわよ! あなたが『はい』と言うまでは! 私、これでも悪魔なのよ! 悪魔はやり逃げを許さないわよ!!」
「いたたた!」
マルキス・ヴェルキスはアヴァンの腕や肩、胸元まで這わせていたタコの足のような触手から、虫の脚のような尖った突起を生やし、彼の肉に突き立てた。
「キモキモキモキモキ……」
自分の片腕と戦っているようなアヴァンを見ながら、ソシエールはつぶやく。
「……さて、戦いはこれで終いでしょうかねぇ……」
吸血鬼と化した暗黒神父パストールは、奥にそびえる断崖に目をやった。
「あたし、なんか、消化不良。結局『火弾』と『火球』しか当たらなかった……」
ソシエールは大技が決まらず不満げであった。
「アヴァン。どうでしょう。その剣、鞘に収めてみたら? 元サヤに戻ってくれるかも、ですよ?」
クープから預かったままの、マルキス・ヴェルキスが収められていた黒鞘をアヴァンに向けてパストールは言った。
アヴァンは手先から伸びるマルキス・ヴェルキスの切っ先を、その鯉口に挿し込む。
「むぎぎぎ、あんた、さっき得物を折られたんでしょう? どのみち私の力がいるわ、よ……」
触手をプルプルさせて抵抗するマルキス・ヴェルキスをアヴァンとパストールは二人がかりで鞘に押し込んでいく。
「そうだパストール。疑って悪かった。」
「え?」
「俺、お前が逃げたと思ってたんだ。裏切ったんじゃないかと疑ってた。正直、今回の戦いは、お前がいなかったら、俺とソシエールだけじゃキツかった。だから、ありがとな!」
アヴァンはそう言うと、パストールにペコリと礼をした。
「あははははは、気にすることはありません。結成から日が浅いとはいえ、私達は『破邪覇道』の仲間ではないですか」
裏切りを裏切って、ダブル裏切りを達成したことなどおくびにも出さないで、悪びれもせずパストールは答えた。
「邪なるものを破り、覇を唱える! まさに我らの進む道!! ですよ?」
パストールは勿体ぶった口調でそう言うと、ニヤリと笑いウインクする。
どうやらパーティー名の発案者は彼だったらしい。
※※※※※※※※
「やあやあ、ご苦労さんご苦労さん」
馬車から老人会の三人が降りてくる所に、アヴァンとソシエールが駆け寄る。
「爺さんはモンスターに詳しいみたいだな。さっき馬車の陰から『Dランク』だの『Cランク』だの言ってたじゃん。それにこの剣、爺さんのなんだろ?……」
「おじいちゃん達。この街道とっても危険よ。先に進むのはよしたほうが……」
「ああ、アヴァン、ソシエール。スポンサーとの交渉はまかせてくれないか? 君達はゴブリン達が何か金目のものを持っていたら、剥ぎ取って着服すると良いよ!!」
老人達に話しかけるアヴァンとソシエールを遮って、パストールはそう言うと、二人を追い払った。
「……さて。いかがでしたでしょうか? 御主人様。ご期待に添うことは叶いましたでしょうか?」
デルモンド、クープに続き三番目に馬車から降りたミスランティアに恭しく頭を垂れ、パストールはそう言った。
アヴァンとソシエールはゴブリンの鎧を剥いだり、携帯袋の中身を物色したりしている。
「ええ」
返事を聞いて顔を上げたパストールは、ミスランティアの顔をまじまじと見つめ異変に気付く。
「……? ……御主人様。もしかして、若返りましたか?」
ミスランティアは頷いた。
再び深緑のローブを目深に被ったので判りづらいが、彼女の容姿は幾分若返り、二十代後半くらいから、十代前半くらいになっている。
「ちょっと貴方の血を吸い過ぎました。これでは貫禄が無くなりましたね。しばらく経たないと戻らないのです」
声も幾分幼くなり、少女のようになっていた。
「はあ、便利なのやら不便なのやら……」
パストールは無意識に首からぶら下げている二つの護符に手を伸ばし、おっさんのレリーフが彫られた方に口づけをしたが、その唇からは煙が上がっていた。
「そういえば、お主は未だにアムル聖教の神聖魔法が使えるのだな」
デルモンドがパストールに確認する。
「はは、左様です兄弟子様。発動中炎が噴き出して若干手や口が焼けますが、吸血鬼の回復力が上回っているようで、さして問題なく使えますけど?」
「普通は炎が吹き出した時点で、魔法を中断するだろうに。お主、存外、肝が太いな。それに、邪なる者に堕落した信者を見捨てぬとは、『オッパイカンノン』も、存外心が広い……」
「デルモンド様……。オッパイカンノン、ククルカン教における聖神アムルの名前でしたか……。そんなハレンチな名前で呼ばないで頂きたい。大体なんでククルカン教というやつは、他の宗教の神まで節操もなく祀るのか私にはとんと理解ができません! 唯一絶対の聖神に帰依してこそのアムル聖教です。神が沢山いたらたまったものではないです」
「そんな狭量な事を謂うでない。大体だな、お主らのアムル教は、一神教であることを標榜するが、その実『天使』だの、『使徒』だの、『聖人』だのと、神の量産型みたいなのが沢山おるだろう。結局、人は偉大なもの、不思議なものに畏敬の念を感じ、自然と頭を垂れ、図らずも崇めてしまうものなのだ。花鳥風月、木火土金水、森羅万象あらゆる物に神性は宿り、人もモンスターも死すればすなわち仏となるのだ」
「そんなこんなで神様を溜め込んで、一体幾柱になっておるのじゃ? お主ん所の神の数は?」
クープが邪々を入れる。
「草木国土悉皆成仏……。この世には八百万の神が在ましまする」
合掌し、念珠をジャラジャラやりながら、クープの質問にデルモンドは答える。
「ハッ! 概知の国々の人口をすべて併せても、二百万程度だろうと言われておるのに、人類総人口の四倍は神が御わすぞ!! カカカカカカ」
クープがカラカラと笑う。
「プークスクス。人一人につき、神様四人の監視体制ですか? ククルカン教はずいぶん手厚いですね。聖神アムル様はお一人なので大変ですよ?」
ニヤニヤしながらクープに同調するパストール。
「言ったであろう。人は死ねば皆、神仏となる。天地が創造されて幾星霜。いったい何人の輩が、道半ばで倒れていったと思う? それら、先達達が神となり我ら後続を見守っておるのだ。それに、神々が守る者は、人間だけとは限らないのだ」
少しムッとしながらデルモンドは反論した。
「ほう。神の世界は死んだ人で満ちていると」
「溢れかえったりしないのじゃろうか?」
「なんじゃお前ら! 妙に結託しおって!!」
デルモンドがクープとパストールを交互に指差す。
「かかか。判らんのか? 今までワシとお主の議論が平行線だったのは、一対一、だったからじゃ。ここに旅の徒弟が一人増え、三人となった。これからは数の力で多数決が取れるのじゃ!!」
「なんと! 新参者である私の動向が鍵を握るのですか?!」
「えへん。おほん。……あのー、クープ? デルモンド? パストール……?」
三人のおしゃべりが止まらないので、たまらずミスランティアが割って入った。
「ああ! 師匠!! すいません、どうぞ、どうぞ。パストール!! ペラベラしゃべる無かれ!」
クープとデルモンドは慌てて、口をつぐみミスランティアの左右に戻った。
「……えっへん。従僕パストール。この先の、旧デール候国は、どうやら魔物の巣窟となりつつあるようです。私たちはここで引き返し、イスカンダリア候国首府『リンドン』へ赴いて、大規模な討伐クエストの発注を行います」
「あのぅ、今さらなのですが、御主人様方は、冒険者ギルドの関係者か何かなのでしょうか?」
パストールの質問に老人会の三人は顔を見合わせる。
「ああ、ごめんなさい。そうね、外部の第三者委員会みたいなものです」
「はあ、なるほど。しかして私には、どのような使命をお与えくださいますか?」
曖昧なミスランティアの答えにも、さして疑問を挟まず、パストールは別な質問をした。
「この辺りに、ゴブリンが捕らえた冒険者の生き残りがいないか調べてほしいの。ギルドを通さないで直接依頼しますので、貴方達で探索してください」
幼くなり、威厳のなくなったミスランティアが、精一杯ふんぞり返って告げる。
「はっ! かしこまりました。これは、我らのAランクパーティー『破邪覇道』が受けるAランククエストと云うことで、それ相応の報酬をいただけるという事で宜しいですか?」
パストールはお得意の手でお金を表す仕草をして、ミスランティアに問うた。
「おぬし、従僕になったというのに、まだ金の無心をするつもりか?」
デルモンドが問い詰めると涼しい顔でパストールは答える。
「当たり前です。アヴァンとソシエールには、相当の報酬をお支払ください。それに……、」
「それに?」
「もし、生きていたとして、助けにいくのは、云わば、私の被害者です。今後の訴訟や示談、補償のために私もお金が欲しいのです」
パストールは再びお金のポーズをとる。
「お金でしか誠意を表せない人が、お金を差し出したなら、それは紛れもなく、誠意を差し出したと云うことになりますからね。多分?」
暗黒神父はそう言って笑った。




