魔剣マルキス・ヴェルキス
『リィーン……』
剣が折れたときに発せられた澄んだ音は、長く余韻を戦士たちの耳の中に残した。
「ああぁ! 俺の『竜殺し丸』がぁぁー!!」
アヴァンが情けない悲鳴を上げる。
「あらら、」
「愚鈍!!」
「ウェポンブレイクを喰らいおったか!!」
馬車に戻って窓から見物している老人会の三人が同時に声を発する。
「なまじ力があったから折られたのじゃ。半端な腕力では剣を落とすだけで済んだのにのう」
剣を折られ、オロオロしているアヴァンを見て、クープが馬車の中で嘆息する。
「しかし、あのホブゴブリンやるな。乱造品とはいえ、硬化魔法のかかった剣をへし折るとは」
クープの隣でデルモンドは感心している。
「魔王包囲戦からの生き残りなら、少なくとも四百年は生きていますね」
「よくぞ鍛錬を積み上げたものよのう」
「……まあ、拙僧の拳骨一発で沈んだがな」
呑気に対戦の解説をしている老人会の面々は置いておいて、アヴァンのピンチである。
「第ニ階位呪文『火球』!!」
アーゾック目掛けて火の玉が飛んでいく。
隙をついてソシエールが投げ掛けたものだ。
「…………!!」
アーゾックはとっさに盾を構える。
火球は盾に当たると爆発し、その衝撃でアーゾックは後方に吹っ飛んだ。
「弟従僕!!」
ソシエールとアヴァンが爆発に気を取られているうちに、クープが馬車の窓からパストール目掛けて、剣を鞘ごと投げつける。
「キンキラ剣士に貸してやれ」
「はは! 兄従僕。かしこまりましてございます」
黒鞘の無骨な剣である。
長さはアヴァンの『竜殺し丸』が健在であった頃と同じ位であったが、幅は半分もない細身の剣である。
パストールは恭しく剣を掲げる仕草をした後、すごい早足でアヴァンの背後に接近し、優しく呼びかける。
「アヴァン」
「うわ!!」
突然背後から耳元にささやかれ、アヴァンは飛び上がって驚いた。
「こちらの剣を使ってください」
鞘を持ち、柄頭をアヴァンに向けるパストール。
「……? どこから?」
「詳しい話は後。スポンサーが見ていますよ」
そう言ってパストールはウィンクをした。
アヴァンは柄に手をかけ、鞘をパストールに持たせたまま剣を引き抜く。
『ズロロロ……』
不気味な音を立てて現れた刀身は、妙に生き物じみて、しかもヌラヌラと何かが滴っていた。
まるで凶悪な外骨格生物のような剣であった。
「うへえ!!」
半ば悲鳴のようなうめき声を上げるアヴァン。
冒涜的な刻印の刻まれた鍔元からムカデのような触手が何本ものびてアヴァンの手に絡みつく。
「ぎゃああ!!」
アヴァンは剣を放そうと必死に手や腕を振り回したが、すでに触手はアヴァンの胴体にまで伸びて絡みついていた。
長い刀身はアヴァンの手の動きに合わせて恐ろしい速さで振り回され、地面をえぐり、あわや切断するかの勢いで、パストールが慌てて飛び退いた空間を切り裂いた。
「落ち着いてアヴァン。これは、こう云う剣です」
「……、そうか! こう云う剣なのか!!」
ビックリするくらいの素直さで、アヴァンは納得した。
「えーと、この剣はですねぇ。剣に擬態する悪魔の……え? 悪魔なんですか?! ……え、ええ?? ああ、大丈夫なんですかコレ……? あ、ハイ。大丈夫ですか。改心した。はあ、」
まるで誰かと会話をするみたいに独り言を言っているパストール。
「アヴァン。この剣は正真正銘の『魔剣』です。老人会のクープ兄……、クープ氏が貸してくださるそうです」
独り言を終えたパストールはアヴァンに剣を紹介した。
「剣に擬態した、この悪魔の名前はマルキス・ヴェルキス。借り物ですので大切にお使いください」
「うふふ、よろしくね坊や」
突然剣の絡みつくアヴァンの腕から女の声がする。
見れば、柄から伸びる触手のうねりの隙間から、目玉が飛び出し、次いでテラテラ光る唇が現れて、艶っぽい声で喋りだしたのだ。
「え? え? え?」
未だに事態を飲み込めないアヴァンは、キョロキョロあたりを見回す。
「キモキモキモキモキ……」
ソシエールはアヴァンに近寄らず、小声でキモキモ連呼する。
「…………、」
灌木の中からアーゾックが這い出す。
言葉を封じられたまま盾を拾いなおし、腰を落として戦闘態勢を取る。
「あの盾……。坊や、あの盾に斬りつけなさい。自分の意思で剣、私のしっぽを操りたいのなら。私はアレを切れるか試してみたいのよ」
アヴァンの腕でマルキス・ヴェルキスがもぞもぞと訴える。
「あっハイ」
「……ァ、……ァァ!!」
声にならない雄叫びを上げて、アーゾックは突進する。
「ちぃぃ! 何だかよくわからない事だらけだけど、とにかくやってやる!!」
アヴァンは剣を構えなおす。
ほとんど重さが感じられず、まるで手が延長したかのような剣。
マルキス・ヴェルキスには空いた左手を添える柄もガードも無いので、アヴァンは仕方なく巻き込んで自分の手を切らないように、左手で自分の右肩を押さえた。
盾を逆さに持ち、再び刻印された竜の角をアヴァンに向けてアーゾックは走る。
その盾めがけてアヴァンは渾身の力で魔剣マルキス・ヴェルキスを横ナギに叩き付けた。
『ガキン!!』
「!!? ナッ?」
結論から言うと、アヴァンはアーゾックの赤盾を斬ることが出来なかった。
「グハァ!!」
沈黙の魔法が解け、アーゾックが血反吐と共にうめき声を発する。
その胴体には、斜めに自分の赤盾が突き刺さり、盾を支えていた両腕は、片方が衝撃で離され、もう片腕は盾の持ち手に引っ掛かったまま、不自然に曲がっていた。
アーゾックの赤盾をアヴァンは断ち切ることが出来なかった。
しかし、剣撃の衝撃をアーゾックは支え切ることが出来ず、彼の赤盾は後方に吹き飛び、それを支えていた自身の胴体に突き立ってしまったのだ。
アーゾックはそのまま仰向けに倒れ、たちまち絶命する。
「ちっ、斬れなかったわ……。坊や! もうちょっと疾く強く出来なかったの?! もう!」
マルキス・ヴェルキスはプリプリとアヴァンを叱る。
「あっハイ。サーセン」
剣に向かってアヴァンが謝る。




