沈黙の剣撃
アヴァンとソシエールは気付かなかったが、待ち伏せしていたゴブリンは、実際にアヴァン達が対決したゴブリン小隊の他にも多数いた。
と、云うか、大部分は退路を断つ位置取りをするために馬車の後方に回っていたのだが、それらゴブリン大隊の大部分は、クープに恐れをなして逃げ出していた。
よほど訓練が辛かったのか、模造品ながら折角支給された赤盾も旗印も放り出し、元の野良ゴブリンに戻るため、峠の向こう側、旧七候国のうち、滅んだ二国の一方『デール候国』の国土だった盆地に広がる大森林を目指して消えていったのだ。
「…………」
赤盾のアーゾックは傷だらけの顔をこれ以上出来ないくらいしかめて、対峙する冒険者を睨みつけていた。
戦僧デルモンドの拳骨を喰らい昏倒した彼らは、彼らの理論では理解不能の理由でトドメは刺されず、気がつくまで放置されていた。
今も、気付いたゴブリン達が起き上がり、隊列を整えるのを冒険者達は待っている。
その冒険者の中に、先程致命傷を与えたはずのパストールを発見し、アーゾックは更に顔を歪めた。
「……裏切ったな、背教者。お前は……」
「あははははははははははははははは!!」
アーゾックの言を遮って、パストールは清々しい笑い声を立てた。
「ははははははははははははは…………。アムル正教会信仰奇跡『くちチャック』」
「……! …………!! !!!」
アーゾックの口元が動き、何やら言葉を発しているようだが、それは音にならなかった。
「パストール。ゴブリンがなにか訴えているみたいだぞ」
「ゴブリンシャーマンでも無いのになんて沈黙魔法なんてかけるの?」
アヴァンとソシエールに指摘や質問をされたが、再び手から煙を出しながら、パストールは涼しい顔で答える。
「あのホブゴブリンエリートが指揮官だからです。先程の戦闘で聞いたでしょう? 命令の掛け声を」
「聞いたけど、なんで前の戦闘に参加していないお前知ってるの?」
アヴァンの質問に顔色を変えずパストールが答える。
「丁度わたくしがそこの茂みで、『大物』をヒリ出している時に、横で彼が叫んでいるのが聞こえましたので」
言葉を封じられたアーゾックは音もなく何事か叫んでいたが、他の者に届いていないことを悟ると、身振りで突撃を指示した。
「命令、指示さえなければ、ゴブリンはそこらのザコモンスターと一緒です。アヴァン。ソシエール。あなた達の敵ではありません」
てんでばらばらに襲い来るゴブリンの様は、アヴァンやソシエールの見慣れたものだった。
「うおお!!」
先程は集団で抑え込まれたゴブリンガード達を、今度は一人また一人と吹き飛ばすアヴァン。
「ソシエール、ゴブリンごときに第二階位魔法『火球』はもったいないです。詠唱の早い魔法を連射してください」
「わかったわパストール。第一階梯火属性攻撃魔法『火弾』! トゥラララララララララー!」
ソシエールの持つ樫の木の杖の先から、親指の先ほどの小さな火の玉が連続発射され、アヴァンの側面に回り込もうとしたゴブリンガードに次々命中する。
『ギャ! ギャン! ギャン!』
その火の玉を三発ほど喰らい、ゴブリンの一人は盾を粉砕され、顔を燃え上がらせて地面を転がった。
戦いの喧騒で目を覚ましたゴブリンアーチャーが散発的に射撃を開始する。
「アムル正教会信仰奇跡『不可思議障壁』!! ……あちち」
またもや手や口から火を吹きながらパストールが神聖呪文を唱える。
吸血鬼と化した彼は火傷をすぐに回復させるのであるが、神聖魔法を行使する度に、発せられる魔力は術者自身を苛んだ。
パストールを中心とした円形に、見えない壁が形成される。
その壁は矢を弾くことはなかったが、その壁を通過した矢は軌道と速さにかかわらず、勢いを失って地面に落ちた。
「ソシエール。アヴァンの援護はわたくしに任せて。貴女はアーチャーを狙いなさい」
「わかったわ。パストール!」
ソシエールは火弾の照準をゴブリンアーチャーに変更する。
矢を落とされ狼狽えるゴブリンアーチャーは、次々ソシエールの火弾の餌食となった。
※※※※※※※※
「何じゃ。あ奴ら普通に強いではないか」
馬車の窓から眺めていたクープが、そんな感想を漏らした。
「やはり、指揮系統の有無でモンスターの戦闘力は大きく変わるのう。はじめに指揮を封じられ、烏合の衆と化しておるわ」
デルモンドも感心しながら窓の外を見つめている。
「それは冒険者パーティーにも言えることじゃ。弟従僕の指示で各メンバーがちゃんと機能しておる」
「お互いに補い合ってモンスターに立ち向かい、信頼や友情、愛情を育む。うふ。素敵ねぇ、クープ、デルモンド。冒険というのは」
「師匠。冒険などという言葉にすれば綺麗ですが、絵面は血と臓物が飛び交う、地獄絵図ですぞ。拙僧はゴブリンが不憫になってまいりました」
窓の外では、取り巻きのゴブリンが全て討ち取られ、アヴァンとアーゾックの一騎打ちが始まろうとしていた。
「人間文明に身を置いて、冒険者ギルドの元締めなどしていますが、私達の本質は、むしろ魔物に近いのかも知れませんねぇクープ」
寂しげな笑みを浮かべ、ミスランティアは視線を窓の外に移した。
※※※※※※※※
「さあ、アヴァン。舞台は整いました。レッツ口封じ!!」
「??」
「あは。いや。……さあ! レッツ決着!!」
パストールはレフリーの如く両者の中ほどで腕をクロスする。
アーゾックは声こそ出ないが未だ無傷である。
(最初のデルモンドの拳骨を勘定に入れなければであるが)
「ドラゴンナイト、アヴァン・ガルド。推参!!」
アヴァンは立ちはだかるアーゾック目掛けて一足飛びで駆け寄る。
「ふんぐ!!」
剣撃の間合いに入った途端、アヴァンは足を踏ん張り大振りの横なぎを敢行する。
軌道は低く、鋭い。
アヴァンの背丈を超えるアーゾックでは、しゃがみでもしない限り先ほどのゴブリン剣士のように盾で上に反らすことは不可能である。
普通の盾の使い方をして真正面から受ければ、盾が破れなかったとしても、腕に深刻なダメージがいくか、大きく体勢を崩し、追撃のスキをアヴァンに与えてしまう。
なにせアヴァンの剣撃は、一周以上振り回す勢いなのだ。
飛び越えるか、後ろに下がり回避するのが正しい選択だろう。
しかし、アーゾックの激情と憤怒が、それを好とはしなかった。
「……!!」
所でアーゾックの盾。
レリーフは竜の頭部を模している。
角やトゲなど鋭い突起が数か所あり、ミスリル銀て出来ている。
アーゾックはどういう仕組みか、アヴァンが駆け寄るのを確認した時点で、自分の赤盾をクルリと回して竜の顔が天地逆になるように持ち直していた。
そして盾をやや寝かせ、竜の二本角をアヴァンに向けて鋭く突き出す。
『ガキィン!!』
盾に接触したアヴァンの両手剣は流れず、盾のトゲ、二本の角と角の間で受け止められた。
いつの間にか得物の大湾刀を手放し、両手で盾を構えていたアーゾックは、接触の瞬間思い切り盾をひねる。
『パリィン!!』
アヴァンご自慢の硬化魔法二重がけ魔剣は、中ほどで折れた。
「……!! !!!」
アーゾックは聞こえない雄叫びを上げる。




