破邪覇道復活
「さて。では御主人様。早速御下命をば」
暗黒神父パストールは再度、うやうやしく礼をする。
「まずは手早くお話しなさい。なにゆえ貴方が、ゴブリンに与するようになったのか。そして……」
ここで言葉を切ったミスランティアは、一堂を見渡し、その後視線を倒れ伏しているアーゾックへ向けた。
「この赤竜の盾を持つホブゴブリンが首魁ですか?」
ミスランティアの問いに、暗黒神父は首を横に振った。
「では、貴方の経緯と、あなたが知り得る敵の情報を話しなさい」
女王のように話すミスランティアに促され、パストールは語り出す。
「はっ。わたくしは、アムル公国正教会で研鑽を積み、Aランク聖職者『殉教騎士』の称号を得、五候国での布教のため、イスカンダリア候国、ガウシェンの街を拠点に活動をし、また、かの街の冒険者ギルドに登録して、布教の手が空いたときはクエストを受注しておりました」
「ほう、ガウシェンといえばこの近く、峠道の麓じゃな。では、」
「左様です兄従僕様。わたくしはガウシェンの街で起こった若い女性の連続誘拐事件の最初の探索行のメンバーでした」
「……ここまで聞く限りでは、こう言っては失礼だが、意外と普通の真面目な牧師という印象だな」
デルモンドの言に少し眉を寄せ、悲しげな表情をするパストール。
「わたくしを含めた六人のパーティーは、犯人の足跡と思しきものを追跡し、この街道を、峠のさらに先まで北上し、先にある、旧七候国が一つ『デール候国』の廃都まで赴きました。そして、そこで出会ったのです……」
ここで暗黒神父パストールは顔を上げ老人会の三人を見回した。
「この世を憎む邪悪、一度は退けられた憎悪の意思が再臨したのです。モンスターは今までのように魔力を帯びた獣なだけではなく、殺意を待って我ら文明に挑戦してきます。魔物を束ねその上に君臨し、我らに差し向けようとする者を私は見ました。赤盾のアーゾックはその呼びかけに応じた魔物の一人にすぎません」
パストールは恐ろしい記憶が蘇ったのか、身震いをした。
「私達のパーティーはアーゾックのゴブリン大隊に破れ、私だけが無様にも命乞いをし、人狩りの片棒を担ぐ事を約束して帰されました。それから私は、ゴブリンの元へ送る生贄の女を集めるため、この場所へのクエストを、女性メンバーのいるパーティーに依頼したり、資金が尽きてからは女性のいるパーティーに入り込んで、この辺りのクエストを受注させたりしていました」
「お主に人狩りを命じた、その首魁の名は?」
クープとデルモンドが詰め寄る。
「直接見えたのは一度だけ、しかもあの者は私を歯牙にも掛けておりませんでしたので、遠くに一瞥しただけでございますが、私には憤怒の黒炎をまとったエルフの男のように見えました。アーゾックは『黒きエルダール』と呼んでおりました」
「……?」
クープとデルモンドは顔を見合わせる。
「……黒いエルダール? ……エルダールとは、ハイエルフの古い呼び方じゃ。 師匠を含め、現世に未だとどまるハイエルフなど、数えるほどしか居らんはず。……男? 誰の事じゃろう?」
一同首をかしげる中、一人ミスランティアだけが恐れを懐き、天を仰ぐような仕草をした。
「ふ、ふぬぐぐ、おのれ、」
デルモンドの足元で突っ伏していたアーゾックがうめき声を上げて覚醒した。
「しまった。殴り方が弱かったか」
「パストール。あそこの二人を起こして。剣士アヴァンと魔法使いソシエールは、まだ貴方が逃げ出しただけだと思っています。今まで通り『破邪覇道』の一員として、アーゾックと戦いなさい」
デルモンドとクープの背中を馬車の方へ押しながら、ミスランティアはパストールへ命令を下す。
「はは、かしこまりました。……しかし御主人様。今の私でしたらアーゾック程度一人で倒せますが」
「ホブゴブリンの強さを測りたいのじゃ。お主はあくまで回復役に徹して、できれば剣士がメインで戦ってくれ。……おお、そうじゃ」
クープはポケットからメダルの付いたペンダントをひとつ取り出し、パストールに渡す。
メダルには美しくも禍々しい女神の横顔が刻まれていた。
「弟従僕よ。忠告しておく。もはやお主はアムル正教会の帰依する聖神アムルに背を向けし者じゃ。神への祈りはお主自身を苛むだろう。これにあるのは冥府の聖母『エルファラン』の護符。ナイトウォーカーの守神じゃ」
「ありがたく拝領いたします」
うやうやしく受け取ったペンダントを首から下げるパストール。
当初から装備していたおじさんの護符と並んでいる。
「では、御主人様、兄従僕のお二方。仕切り直しと参ります。ご高覧あれ! ……そうだ」
アヴァンとソシエールの元に行こうとしたパストールは、何かを思い付き立ち止まる。
「出来れば取り巻きのゴブリンも数人居たほうが盛り上がることでしょう」
そう言い残しパストールはクープに一礼すると駆け出す。
「なるほどな」
ミスランティア達と馬車に戻ろうとしたデルモンドは、茂みの近くで未だ失神しているゴブリンガード達の方へ足を向けた。
「ククルカン信仰格闘術『Wake Up』!!」
『クオルラララララララララララララララララララーーーーアアアアアーー!!! 起きろおおおおおおーーーー!!』
ただひたすら大音量で『起きろ』と言っているだけである。
もぞもぞ動き出すアーゾックをはじめとしたゴブリンを尻目に、暗黒神父パストールは『破邪覇道』の仲間に回復呪文をかける。
「アムル正教会信仰奇跡『エリアヒール』!! あ! あちちちちち!!!!」
パストールから癒しのワイドビームが発射されたが、それはたちまち発射元の彼の手のひらを焼いた。
手が燃えて火の粉を吹き出す。
「阿呆が! 言っているそばから!! アムル正教会の信仰魔法を使いよって!!」
馬車のステップを上がりながらクープは舌打ちをする。
「うう、う! アチチチ!!」
「あちち! え? ええっ? 火事?!」
パストールから放たれた癒やしビームと火の粉がアヴァンとソシエールに降りかかる。
熱さで目を覚ました二人が見上げると、手から煙を吹いている黒い神父が立っていた。
「パ、パストール……なのか?」
「パストール! あんたどこ行ってたの?!」
アヴァンとソシエールはパストールの黒い姿に警戒しながらも尋ねる。
「うふ、すいませんアヴァン、ソシエール。ちょっと『野○ソ』をしておりまして」
未だ燻る片手を押さえながらゲスな笑顔を浮かべるパストール。
「野グ……。まあいい。仕事をするぞ! ソシエールもいいか!」
「……うん!」
まだ地面でうめいているゴブリンを追撃しようと駆け出す二人を、パストールは呼び止める。
「少し待ってお二人! ゴブリン達が目を覚まし戦闘態勢が整うまで待ちましょう」
「なんでだ?!」
「なんでよ?!」
「私達の仕事ぶりを、依頼主の方々はお疑いです。ここは一つ我らがAランク相当であることを証明せねば」
ニコニコの笑顔で立ち上がるゴブリン達を見守るパストールがそう言った。
「ああ、そうか。そうだな。三人ならば勝てるか!」
「私もこのままじゃカッコ悪い!」
「うふ。ではそろそろ参りましょうか」
破邪覇道の三人はゴブリン小隊に対峙し戦闘態勢に入った。




