戦僧デルモンド
「ムンバアル・ヴォルレン!!」
アーゾックの鋭い号令でゴブリンガードの横並びの隊列は駆け足になり、同じく駆けているデルモンドとの衝突コースを取る。
「ムルゥオオオオオ!!!」
押し殺したゴブリンたちの唸り声が迫る。
「ククルカン信仰格闘術…………」
戦僧デルモンド。
岩山のような大男で、五侯国の一つ『フダラク』に総本山のあるククルカン教の僧衣を着ている。
デルモンドは、その僧衣の上からも判るくらいに胸部を膨らませ、息を吸い込んだ。
「「「喝!!!!!!」」」
デルモンドが吸った息を一気に吐き出して大声を出す。
あたりの喧騒も、崖間を吹き抜ける圧風も粉砕するような、衝撃波のような声だった。
仰け反り、隊列が乱れ、盾の列に隙間ができた。
「打擲!」
「打擲!」
「打擲!」
「打擲!」
「打擲!」
その横陣の間隙に身体をねじ込んだデルモンドは、ゴブリンに拳骨を喰らわす。
悪戯をした子供達を叱る大人のように、頭ごなしにガツンガツンと、鎧も兜もお構い無しに拳を打ち下ろす。
どういう原理かデルモンドの拳が当たれば、ゴブリンの鎧兜の部品を結合しているリベットは弾け飛び、バラバラになった。
「グゲェ!」
「オゴワッ!!」
「ヒギャ!」
「ぴぎゃ!」
「フガッシュ!!」
アーゾックが唖然とするうちに、デルモンドに叩かれたゴブリンは次々白目を向いて倒れ、この場にいるゴブリンソードマン、ゴブリンガードは全員気絶した。
「くくっ、やるな。これはどうだ?!」
アーゾックが片手を上げると、木の影に潜んでいたゴブリンアーチャーが踊り出し、一斉に射掛ける。
その数は9人。
今までは友軍誤射を避け控えていたが、仲間が全て倒れてしまったので容赦がない攻撃がデルモンドに集中する。
潜んているうちに移動したのか、道沿いの右の森からも左の森からも、半ば包囲した形でゴブリンアーチャーの
矢が次々放たれる。
「ふん! ふん! ふん! ふん! ふん!」
デルモンドは難なく手刀で矢を叩き落とし、更に隙を付いて地面の石を拾うとゴブリンアーチャーに投げ付けた。
「ギャ!」
子供の拳大の石が顔面に当たり、ゴブリンアーチャーは顔を押さえてうずくまるか、ゴブリンガード達のように気絶する。
一人、また一人と、ゴブリンアーチャーはデルモンドが放つ石礫の餌食となり、大して時間もかからずに全員が気絶して矢は止んだ。
「ククルカン信仰格闘術『因果応砲』!!」
「くっ、第一小隊全滅か……。おい! 大角笛を吹け!! 演習は終わりだ! ゴブリン大隊全軍で斬り刻んでやれ!!」
アーゾックは隣のゴブリンコマンダーをどやし付ける。
「ギギィ」
ゴブリンコマンダーは背中に背負っていた大きく湾曲した角笛に口を付けて吹いた。
「ブオロロロロロローーー!!!」
渓谷に角笛は響き、風に乗って魔獣の吠え声のように辺りを圧する。
「遊びはここまでだ。人間の都に攻め込むため訓練を重ねた我等ゴブリン大隊の初陣には、いささか物足りぬが、貴様らを魔神の供物とし、その首を押し立てて旗頭としようか!!」
アーゾックは、馬車の向こうから現れるはずのゴブリン大隊を指揮するため、大湾刀を振り上げる。
デルモンドは、そんな様子にお構い無しでズンズンと歩を進め、アーゾックと怯えるゴブリンコマンダーの前に立つ。
「悪いが、その大隊とやらは来ないぞ」
デルモンドに続いてやって来たクープがアーゾックに告げる。
「魔王の威と、血縁と、恐怖で支配していたのじゃろう。見た限りで五百人。大したものじゃ」
そう語りながら素振りをするクープが手に持つ剣は異常であった。
禍々しく冒涜的な刻印に埋め尽くされた黒い刀身は、まるで生物のように脈動し、鍔や柄からムカデか長虫のような管が何本も伸び、クープの腕から肩にかけて絡み付いていた。
「二十頭ばかしサイコロステーキみたいにしたら、後は叫びながら逃げて行ったぞ」
クープが剣を上段から振るうと、有り得ないほど大量の血や肉汁が切っ先からほとばしり、石畳にぶち撒けられた。
その血流の突端はゴブリンコマンダーの立つ場所にまで及び、彼はそれを頭からかぶって血ダルマとなった。
「…………」
ゴブリンコマンダーは恐怖のあまり、無言のまま、その場で崩れ落ちるように倒れた。
「なんじゃクープ!! お主、また要らぬ殺生をしたのか!!」
デルモンドがクープに詰め寄る。
「デルモンドよ、お主はまた寝言のような事を言っておるのか。アホよのう。ゴブリンが生き残れば悪さをするぞ。人里に降りたらなんとする? 死人も出るだろう。半端な慈悲が新たな悲劇を生むのだ。それに、剣を合わせなければ強さも測れん。一頭一頭強さが違うなら、一頭一頭手合わせしないと……」
「お前こそアホじゃ! その調子ならば、ゴブリンの格付けが終わる頃にはゴブリンが滅びとる!!」
「滅びて何の不都合かあろう?!」
「我ら人もゴブリンも、大なり小なり罪と業を抱えて、この巷であくせく生きておるのだ。罪ある者、罪を知る者こそ大悟の境地へと至り得る資格があるのだ。『人間、尚持て往生を遂ぐ、謂わんやゴブリンおや』……」
再びアーゾックを放置し議論を始めるクープとデルモンド。
「どこまでも馬鹿にしおって!」
アーゾックがデルモンドとクープ目掛けて突進する。
既にこの場で倒れずに立っているゴブリンは彼しかいなかった。




