第1話_2
呆然と畑の方に意識を取られていた2人は、突然背後から聞こえた犬の鳴き声にビックリして草の茂みから飛び出した。そして同じように飛び出してきたのは、ふさふさとした綺麗な金色の毛に覆われた随分と大きな犬だった。首には何か布のような物が巻かれいる。もしかしてこの家の人に飼われている犬かもしれない。
「マ、マツ!早く逃げ…、」
「こらー!」
「「!!」」
このままでは人が来る、そう考えたユウリがマツリの腕を引こうとしたその時。家の方から別の人の声が響いてきたのだ。
しかし、そこでユウリは違和感を覚えた。聞こえて来たその声は若い女の人の声だったのだ。訳の解らないユウリとマツリは未だ吼え続ける大きな犬を前にして逃げるどころかオロオロすることしか出来なかった。
「こーら、葵」
「……あ…」
「お客さんに吼えちゃダメっていつも言ってるでしょー」
…そこに現れたのは、思ったよりも若い女の子だった。淡い栗色の長い髪を右側で緩く1つに結んでいて、マツリよりも…おそらくユウリよりも幾つかは年上のようだがまだ大人とも言えないぐらいな年頃の少女。やはりあの犬の飼い主らしい。
「ごめんねービックリさせて」
「え…あ、いや」
「随分若い旅人さんだね。2人で来たのー?」
「や、旅人…って訳じゃ」
「あら?そうなんだ」
戸惑いながら受け答えするユウリを余所に、少女は犬をなだめながらまるで近所の知り合いとでも話すような軽い口ぶりだった。
「葵、もう少しでご飯だからあっち行っててねー。良い子だから」
大人しくなった犬(葵というらしい)によしよしと撫でながら話しかけると、葵はまるで返事をするかのように一声鳴いて。そして再び茂みの中へもぐって行った。
少女はその姿を満足げに見送ると視線を戻しユウリとマツリを見比べる。
「ご飯、食べた?」
「へ…?」
「朝ご飯、もう食べちゃった?」
「……いや」
「ちょうど良かった!私も今からだから一緒に食べようよ」
「…良いの?」
「もちろんだよー」
不安げに問いかけたマツリに少女は緩く笑いかけ、優しくマツリの髪を撫でた。
するといとも簡単に警戒を解いたマツリはパアっと明るい表情を浮かべて隣りにいるユウリの顔を見上げる。
「良い人で良かったね、お兄ちゃん!」
「あ、やっぱり兄妹なんだ!似てる!」
「わたし茉吏っていうの。お姉ちゃんは?」
「お姉ちゃんは椿希って言います。よろしくねー」
ツバキちゃんツバキちゃん!とはしゃぐマツリはすっかり懐いてしまった様子だ。そんなマツリに対して全く口を出すことが出来なくなってしまったユウリは、困ったような表情を浮かべて妹の頭を撫でるその人物にジッと視線を送る。
するとその視線に気付いたツバキは苦笑いを浮かべた
「そんな顔しないでよ、変な人じゃないから」
「…………」
「お兄さんも良かったら名前教えてくれないかな」
「…悠吏」
戸惑いながらも、ヒトコトだけそう名前を告げたユウリに、ツバキはまた嬉しそうに笑ったのだった。




