第1話_1
これはまだ夜が明けたばかりの時だった。ここ卯月山にも東の方から明るい太陽の光が差し込み、肌寒い空気の中に何となく温かさを感じさせてくれた。そんな中、木々の合間を縫うように流れる細い川のほとりを、年はまだ幼い少年と少女が川の流れに逆らうように緩やかな坂道を登っていた。
卯月山はそれほどの高さも無く、道も綺麗なのである程度の準備さえしておけば誰でも超えていけるような山だった。おまけに環境が良いらしく、この山ではいろんな種類の植物が育つので、多くの旅人や商人達が頻繁に卯月山を越えていくのだ。
「お兄ちゃん、もう疲れたー」
「もう少ししたら休憩するから頑張れ」
少し先を歩く悠吏は足を止めて妹の茉吏が自分に追いついてくるの待つ。まだ幼く身体も小さいマツリにとってはさすがにいきなりの山越えは厳しいのかもしれない。
ユウリはマツリがトボトボと頼りない足を動かすのに見かね、持っていた荷物を一旦降ろすとマツリに背中を向けるようにしてしゃがんだ。
「ほら背中乗れよ、そん変わり荷物持ってて」
「…それは良い。兄ちゃんが疲れるでしょ」
「オマエにトロトロ歩かれるよりは全然マシ」
「……ゴメンナサイ」
「嘘だよバーカ。ほら、さっさと乗りな」
そうやってユウリがからかうように笑うと、マツリはコクンと小さく頷いて兄の背中に乗った。そしてしっかり背中に乗った妹に荷物を握らせて、兄は力強く歩き出したのだった。
ユウリとしては出来れば1日のうちに山を越えてしまいたいと思っていた。そうでなければ野宿になってしまうからだ。
自分だけなら良いのだけど、出来れば妹にはそんなことをさせたくなかった。だからまだ夜が明ける前から出発してここまで来たのだった。
しかし、いくら華奢な女の子とはいえ1人の人間と荷物を背負っての山道となればさすがのユウリにもかなりキツイ。あれから数十分を1人で歩き続けると息も切れ切れになり体力的にも落ちてきている。そろそろ休憩しようかと、足を止めそっと視線を背中の方に向ければマツリはいつの間にかスヤスヤと眠りについていた。そのあどけない寝顔に何故かホッとして、顔の力が抜けるのを感じた。
「(もう少しだけ、先に行ってから休もう)」
マツリを起こさないようにソッとその身体を背負い直して、再び歩みをはじめた
…と、そのとき。
ユウリはある事に気が付いた。
「…なんだアレ」
視界の端に映ったのは、変わり栄えのしない木々達の隙間をもくもくと立ち上る白い煙。視線をそのまま下に降ろしていくと、そこに見えたのは…どうやら家のようだった。
「…にーちゃん、」
「マツ、ちょっと起きて」
「んー…、どーかしたのぉ」
「家がある。誰か住んでんのかも」
ユウリ背中で寝ぼけたようにモゾモゾと身動きする妹の意識がはっきりと覚醒してくれるのを待ってやる。
するとマツリは自分でスルスルとユウリの背中から滑り降りていった。背中が軽くなったユウリはマツリから荷物を受け取る。
「どうするの?」
「……んー…」
「ねえお兄ちゃん、行ってみない?」
「もし変な奴だったらどーすんだよ」
「良い人だったら休ませてくれるかもしれないじゃない」
「けどこんな山奥に住んでるなんて変だろ」
「…変な人だったら、逃げる」
「……今度は背負ってやんねーからな」
「がんばる」
「よし」
キュッとユウリの旅衣を掴んだマツリの小さな手をユウリが握り直す。比較的歩きやすい川沿いの道を逸れて、草や木の生い茂る中に身を隠しながら少しずつ煙のみえる方向へ向かって行った。
近付いて行くについれて家全体の様子が見えるようになってきた。ようやく木々が開けた所まで出てくると、そこにあったのは薄汚れてはいるが白い石壁で出来た小さな家だった。さっきの煙はその家の屋根に繋がる煙突から上がっている。木製の板がはめ込まれたような簡素な窓が1つあるだけで入り口は見えない。おそらく此方は家の裏側のようだ。見た感じは普通の、普通の家だった。
「ねえ、お兄ちゃん…」
「…なんだよ」
「あれ、見て」
建物の方にばかり視線を向けていたユウリはくいくいっと繋いだ手を引かれ、マツリの指差す先に視線を移してみた。家の裏でから舗装された道のような物が続き、その道の向かう先には木の柵で囲われた広い畑のようなものが広がっていた。確かに個人の畑を所有している家は町の方でもいくつもあったけど、こんなに広くてしかも綺麗に手入れされた畑は今までに見た事がなかった。
一体、どんな人が住んでるのだろう…
…その時、だ
『わんわんわんわんっ』
「「!?!?」」