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僕らの大帝国  作者: 米菓子人形
5/5

心無い白と黒5

18.10.25 読みにくい場所があったので修正しました。

 太陽がなくとも、二つの月が明るく照らしてくれるそんな夜だった。時刻にして午前3時。

 『アルトール』西端のゲート前、そこには600人が列をなして待機していた。その後方には、物資を満載した荷車が並べられている。

「各員、配置完了しました!」

「おう」

 そう報告を受けるのは、ギュスラン・アルトール。今回の『レーベルク』出征を任された責任者だ。

 歳は30代半ばといったところか。全身を鎧で包み、左手には大きな盾を携えている。

鎧も盾も長年使われているが大切にされているのだろう、すり傷はあるものの、きちんと手入れがされたものであるとわかる。

「偵察からの報告は?」

「天候は雪。警戒のため無灯火にしているものの、ゲート前へ出兵はなし」

偵察がそう報告したのは1時間程前、報告後また『レーベルク』へ戻っていった。

「先行し、周辺警戒に当たるとのことです」

「そうか、では予定通り街道の分岐点まで前進する!」

 鎧の具合を確かめ、声を張り上げた。

「ギュス班行くぞ!構え!!」

 先陣を切るのは5人。みな長く、ギュスランと供にゲート越えの先陣を担ってきた男達だ。

 ゲート前で一斉に盾を前面に構え、腰を落とす。例え、直前の偵察で脅威がないと報告されていても、警戒はするべきであろう。万が一があるとも限らない。

「…ゲートの向こうにはカワイ子ちゃんが待っててくれねぇかなぁ…」

「だはは!そんなこと今までにあったかよ!?」

 この世界において一番待ち伏せがされやすい場所がゲート付近だ。

 必ず通らなければならない場所であり、ゲートの向こうを見通せないこの場所は待ち伏せるにはもってこいの地点である。

 それ故に、防御に重きを置いた者か強者が先陣を切る。ゲートを真っ先に超えるというのは、ある意味で誉れでもあるのだ。

「前進!!」

 ゲートを超える特有の浮遊感に身を預ける。そして、その一歩進んだ男達は、闇に抱きすくめられた。

 月明りや照明といった光源は周囲に見当たらない。

 背後のゲートだけが薄ぼんやりと微かな明かりとなっているがこの暗闇の前では頼りない。

 顔を打つ雪だけが、このエリアの厳しい寒さを無理やり伝えてくるように歓迎してくれている。

「…………」

 緊迫した雰囲気からか、数分にも思える数秒を数えたころギュスランは携帯用の魔術灯を取り出した。

 照らし出されたのはほんの少しの空間だが、それもすぐに雪に覆われてしまいそうなほど雪は全てを白暗く埋めようとする。

「ちっ、降りすぎだろう…」

 晴れていれば、遠くに『レーベルク』の街の灯りが見えるのだが、こんな雪では見通すこともできようはずがなかった。

 必ず目に付く、ダンジョンの赤い柱も雪に隠されてしまっている。

 報告通り街道を照らす外灯が一切点いていないことから、こちらが来るのは察知されていたのだろう。

「後続へ連絡。警戒陣形を作る。ひとまず何もなかったとは言え、周辺警戒怠るなよ!」

 その声を受けて1人は再びゲートを超えていき、4人は再度周囲を警戒し始めた。

 おかしい。

 ギュスランの頭は疑問で埋め尽くされていた。察知しながら、なぜここで仕掛けてこないのか。外壁の中に籠るにしても、ここで多少なりとも戦力を削ろうとは思わないのだろうか。ある程度数がこちらに入ってから襲うつもりだろうか。それとも、ためらわさせるという時間稼ぎか。

 また、少しおかしな話だがそれと同時に期待を裏切られた気分でもあった。

 ゲート付近で一戦を交え、それを言い訳にのろのろと進軍するつもりであったのだ。しょせん『アルトール』は帝国の尖兵として、『レーベルク』を消耗させるための捨て駒でしかなく、国家の思惑通り動くのは面白くない。

 考えだせば切りがなく、迷っている時間もあまりなかった。

 灯りが無ければ足元もおぼつかない暗さとなれば、慎重に進むしかない。それに加えて雪に足を取られて進軍に時間と体力がかかる。

 察知されていると言うことは、こちらから奇襲を仕掛けることは不可能だろう。ならば、どっしりと腰を据えて正面から戦う必要性も出てくる。

 そうなれば、安全を確保できる場所に野営地を築かなければならない。

 この寒さの中ダンジョンから離れた場所で長時間いれば、溜まる疲労は相当なものとなってしまうため、少しでもダンジョンに近づいて野営をしなければならないだろう。

 ギュスランが考えを巡らせている間に、50人は物資の警護と後詰めのため『アルトール』側に残ったままだが、550人は『レーベルク』側に集結を完了していた。

 周囲を警戒しつつ進軍するため、街道の幅に広がりつつも、重戦士で外側を囲い、中央に魔術師を集めるような楕円の陣形となっていた。


 魔術師は、対拠点戦闘や開けた平地においては花形といえる。

 魔術障壁による戦線維持能力と、範囲攻撃魔術による遠距離の殲滅力は兵器と言って差し支えが無い。

 そして、生まれながらに魔術回路を持ち、訓練を積めば成長するにつれて全身に魔術回路が伸びる只人は、魔術障壁による防御と様々な魔術による状況に合わせた火力こそ、生来の戦闘スタイルといってよい。

 只人の多くは魔術師となるが、その魔術回路を活用し身体強化を行い剣士になるものもいる。

 『アルトール』の兵士は、その全員が両方を修める魔術剣士だ。そこに、より防御に特化した重戦士がいる。

 『アルトール』がそのようになったのは、この地域の仮想敵が獣人というところにあった。

 獣人に魔術適性はないといっていい。例外を除いて、魔術回路がないのだ。

 それを補ってあまりある身体能力こそ彼らの特徴である。

 また、種族によっては闇を見通せる目をもっていたりと特性に恵まれている種族でもある。ここに、帝国が恐れる他種族の怖さがあるのだが、それはまた別のお話。

 そして、その身体能力への依存から、獣人の多くが接近戦主体の種族なのだ。

 自然と、戦闘になれば接近戦を強いられることになる。

 歴史的にこの地域の魔術師達は(特に只人は)、固定砲台よろしく魔術を放つことを許されなかった。

 すなわち、盾や剣を持ち、身体能力の暴力をしのぎ、戦わなければならなかったのである。

 そして、近年になって更に厄介なものが現れた。

 半獣人ハーフだ。

 魔術回路を持った獣人。只人の社会では、忌み子として排斥されてきたが、育つところではしっかりと育っていたらしい。

 身体強化を行う獣人、魔術障壁を持った獣人、魔術を放ってくる獣人、只人にとっては悪夢のような存在である。

 この先で相対するだろう、クルツ・レーベルクも半獣人として有名だ。

 ギュスランは、正直投げ出してしまいたかった。気のいい男だと言うから、酒でも飲んで和解できないだろうか、と夢想したこともさえある。

 絶対に勝てないということはないが、多くの死者がでるだろう。一対一なら逃げ出すところである。

(部下に逃げ出せと命令できんしな…)

 内心では、帝国の言われるがまま、今回の侵攻を決めた上にも腹が煮えくり返っていた。

 だが、彼が不幸であったのは、責任者に就けるほど、優秀な職業軍人であったところだろう。

 規律を守り、模範となるべく行動する。そんな彼に、上からの命令に逆らうことは矜持が許さなかった。例えどんな馬鹿げた命令でもだ。

 『現時点をもって敵とみなし、速やかに撃滅せよ』ただそれだけ命令された際には、この国の行く末が心配にもなったが、それは一軍人の口をだすべきことではない。

 だが、今から準備して侵攻してこいとはいったいどういうことなのか。まったくもって業腹だ。

 そんな内心の葛藤はおくびにも出さず、結局、ギュスランは街道に沿って進軍することを選択した。進軍ルートに他の選択肢は無かったともいっていい。

 小隊に分けて浸透することも考えたが、戦力の分散は各個撃破の危険性がある。雪や暗闇は、どこまでもいっても獣人の味方だ。

 戦力を分散させるのを闇の中で待ち構えているなら、こちらから餌を差し出す義理はない。

「点灯を許可する。行くぞ!前進だ!」

 その声に従い、携帯用の照明魔術器具ではなく、魔術師による照明魔術が展開された。

 あらかじめ決めてあっただろうそれは、規則正しい間隔で一団を照らし出す。先ほどよりは明るくなったとは言え、周囲はどこまでも暗い。

 こちらの進軍など気づかれていると高をくくって、拡声魔術を使い全軍に発令したが、その声も雪に吸い込まれてしまう。

 進むにつれて時折、明かりにより照らされる街道沿いの外灯の柱は、現れる度にまた一歩不吉な何かに近付いたようで、どこまでも不安を煽ってくる不気味な儀式の道具にも思えた。

 1時間ほど進んだ頃だっただろうか、前方に偵察部隊のものだろう灯りが見えた。

「隊長。帰ったらまたあの店いきましょうや…」

 それを見て緊張が少し緩んだのか、重苦しい暗闇と雪を払いたかったのか、囁くような声をかけてきた。

「次はおごらないぞ」

「仕留めた数で勝負といきますか?」

「おいおい、それは俺たちにおごってくれるってことか?」

「勝負にもならないだろう…」

 次々と会話に参加し笑い合う男達を頼もしく思う一方で、ギュスランの耳は小さな音を捉えたような気がした。

 雪や風に紛れながらも、聞き慣れた音が聞こえる気がする。

(ィーン……リィーン……リィーン……)

 気のせいか、と思いつつも魔術回路が作動する音のような気がする。

 戦場において、聞き流してよい音ではない。

「総員…」

 警戒、そう呼びかけようとした視界の隅、外灯の裏から何かが飛び出すものを捉えた。

だが、それが何か認識する前に視界は白く染まった。





「来たぞ華風」

 薄暗い休憩小屋の中。ゲート前の警戒網に、獲物が引っかかったこと告げる。

「………」

 そこには無心にミートパイを咀嚼する女が居た。

 もぐもぐ。もぐもぐとただ時間だけが過ぎていく。

 冷めていても、しみ出る肉汁が美味しいのか目尻が下がっている。

 つい先程4人の斬首の指示を出し、その現場を見たというのに食べ物がよく入るものだ。

「ピクニックか!」

「そんなに見つめられると、恥ずかしいじゃない…」

 この状況で、恥ずかしそうにお茶を飲むのを見ると力が抜けてしまう。

「よし」という掛け声とともにニコラスを抱きかかえたユキカゼは、少し息を吐くと、目を閉じ意識を集中させ始めた。

「告げる」

 目を見開き、右手を前にかざし、世界へ言葉を溶け込ませる。

「世界地図<ワールド・マップ>起動」

 まるでSFの世界のようだと、見るものが見れば言うだろう。

 周囲が暗転したかと思うと、光の線が空中に地形を描き始める。

 低地から描き始められたそれは、エリア『レーベルク』の立体地図だ。

 ユキカゼ一族の中でも一番緻密な地図なのだ、と本人に鼻を高くして自慢されたことが懐かしい。

 地形とは別に12個のウィンドウが表示されており、そのうちの一つには5人の鎧をまとった兵士が周囲を警戒しているのが見て取れる。

 ゲート脇の雪の中に埋もれた人形には気づかなかったのだろう。

 今、一人の兵士がゲートに戻っていった。

 それと同時に、地図上のゲート前の赤い点が5つから4つに減った。

 街道の道自体の上にはないが、ゲートを半円に囲うように青い点が5つほど光っている。

 また、少し離れた街道上には黄色の四角形で囲まれた地点があり、それを囲うように青い点が大量に表示されていた。

「ワアカッコイイナ…」

 ひねり出した反応は片言になってしまった。

「せっかくサービスしたんだから、もっと褒めてよ!」

「…いや、いつも黙って起動させてるじゃん…。突然何かと思うじゃん…」

「せっかくなんだから雰囲気出そうと思うじゃん!!」

 恥ずかしかったのか、顔を赤くして騒ぎ出した。

 そんなやり取りをしている間にも、赤い点は増えており、カウンターの数が550になったところで止まった。


 世界地図<ワールド・マップ>、これもユキカゼの一族のみが使える魔術だという。

 要は、戦略地図だ。

 ここまで詳細で、リアルタイムに反映されるのには、少し事情がある。

 そもそも、この魔術を使えることを隠しているのではなく、使えなさすぎて有名にならなかったのだ。

 まず、使用するユキカゼ自身の魔術適正によって精度に差がある。

 ひどいものになると、平面に四角いグリッド線を引いただけのものになるらしい。

 地図上に表示されるものは、ユキカゼとその主人の二人。

 それと、両名の視覚の範囲内ににあるものが表示される。

 認識できていないものは、地図には表示されない。

 表示される地形は、ユキカゼとその主人が一度いったことがある範囲のみだ。

 昼間に”散歩”と称してニコラスが周辺地理の確認を行っていたのは、この地図に地形を表示させるためである。

 ユキカゼの一族の間では、地図を使って戦略を立てるためか、主人の場所を探すためのもの程度という認識しかないそうだ。

 地図上への書き込み、または削除、マークの挿入、範囲の指示と細かな事ができるようだが、それもユキカゼ個人の資質に依存する。

 さらに、地図を展開しているユキカゼの周辺は暗転することから、実際は、暗転の範囲外にいる主人の視覚しか反映されない。

 しかもその場合、暗転している中を見れないため、主人は地図を見ることができないというおまけ付きだ。

 紙の地図の方が正確で早いことが多く、主人の視覚共有という側面が多いため、主人探しの魔術とか、魔素の無駄遣い、主人の浮気チェックなどと、一族内では揶揄されているらしい。

 だが、ニコラスには視覚が複数ある。

 それがこの世界地図<ワールド・マップ>に革新をもたらした。

 人形を操ってこそ人形遣いだ。そして、その人形には視覚がある。

 ニコラスが同時操作できるのが10体であるから、本人の視点を合わせるとその視点の数は11になる。

 そこに、ユキカゼの視点を足して12。

 それが空中に浮かんだウィンドウの正体だ。

 地図上の数km離れた地点をリアルタイムにマッピングし、視点の共有も行うというのは、情報共有・伝達のレベルが尋常ではない。

 人形の視点の多くは一見真っ黒だが、ユキカゼの目には問題なく”きれい”な世界が見えている。

 華風・ユキカゼと主人ニコラスによる固有魔術、闇を物ともしない、遠隔監視網の完成である。

 本当にゲームのようだな、とニコラスは思わずにはいられなかった。


 この暗闇と雪に紛れた木片人形など、見つけようもなく、『アルトール』の兵士達は、周囲を警戒して進むしかない。

 散開されていれば面倒だったが、都合よく密集していてくれていた。

 密集させられていた、と言ったほうがいいのかも知れない。

 音と視界を遮るための雪。

 奇襲を受けてきた歴史的背景。

 そして、それを助長する闇。

 実際に襲撃を仕掛けなくとも、恐怖は染み付いている。消耗を避けなければならないこちらとしては、渡りに船だ。

 どこまでがユキカゼが描いたものなのか、全て終わった後で聞いてみたいものである。

 地図上では赤い点の集団が、四角い黄色の範囲に差し掛かっている。

 その範囲に『うぇるかむぱーてぃー』という名称が付けられているのは、可愛らしさだろうか。いや、狂気と言ったほうがいいかもしれない。

 青い点のカウンターは98を示している。

 5個の青い点は、赤の集団を追うように移動していることから、それを囲うように配置された青い点は93ということだ。

 550人の歓迎会に100人弱で喜んで貰えるだろうか。

 その時ニコラスはまるで、舞台袖で出番を待っている役者の様な気分だった。

 それは命をかけた舞台。

 気の遠くなるような昔に舞台の幕は上げられ、いつ終わるとも知れない演目が続けられている。

 筋書きや台本はなく、出番や立ち位置すらも自分で作らなければいけない劇。

 出演者過剰のそれは、常に喜怒哀楽にまみれ、見るものを飽きさせないだろう。

 赤の集団が、範囲内に入り切る。

「いくぞ…!」

 それは、覚悟の呟き。

 そして、舞台最初の台詞。

 ユキカゼの抱きしめる腕に少し力が入ったように感じた。

 十指から伸びる糸、そんなイメージを描きつつ、その先につながった人形へ意識をもっていく。

 糸を操作し、人形の身体を引っ張り上げた。

 地図上では、赤い点で形造られた楕円へ向けて、10個の青い点が空中へ飛び上がる。

 そのまま放物線を描けば、赤の楕円に向けて落ちていくだろう。

 それが都合8回。高さを徐々に低くしつつ、次々と空中へ舞い上がる。

 完璧に操作された80の青い点の衝突タイミングは、ほぼ同時といってよい。

そして、地上の8個の青い点、外灯の裏側に待機していた人形が、そのまま地上を這うように集団へ迫った。

 ニコラスにとって魔素は、身体を構成する血潮だ。

 そんな、有り様が替わった血潮に意識を向け、唱える。

(自爆人形<ボム・ドール>…!)

 それは一瞬の出来事。

 ユキカゼの耳に、魔術反応の快音を残すと。青の閃光糸を流れ伝い、人形の魔術回路へ届けた。

 その瞬間、地図上では、88の青い点が消え、赤い点も消えていた。

 残った10体の人形へ視覚を移すが、全てホワイトアウトしている。

 小屋に伝わってきた振動が、世界に静寂をもたらしたように思えた。

 人形の視界が黒に戻る頃、地図上の赤い点のカウンターは2となっていた。

 そして何の感慨もなく、10の青が、2の赤に近づき始めた。





 暗闇を関係なく見通せるものがいれば、その光景は実にこっけいに見えたかもしれない。

 空からヒトガタの木片が力なく大量に落ちてくる様は、戯画に見えなくもないだろう。

 空に青い線が走り、その人形の各部位の上を走る魔術回路が青く輝いた瞬間、世界は白一色となった。

 雪が降っていなければエリア中に爆音が聞こえていたかもしれない。

 88の煌めきは、大地を衝撃によりえぐり、熱によって溶かした。

 また、殺傷能力を高めるために仕込まれた糸による断裂が、周囲を解体する。

 『アルトール』兵士に、何が起こったか気づけたものはいないだろう。

 ヒューヒューとかすれた息をするギュスランは、満身創痍で倒れていた。

(何が起こったというのだ…)

 爆音を間近で聞いたせいか、耳は使いもにならない。

 視界の隅に動くものを確認した時、無意識のうちに魔術障壁を展開していたのだろう。それが身体正面を守り、なんとか命を繋いでいた。

 だが、両足は膝下できれいに切り取られ、盾を持っていた左腕は衝撃により弾け飛んだのだろう、行方はてんでわからない。

 残った右腕も感覚はなく、起き上がることはできずにいた。

 つい先程までは、闇に包まれていた周囲は嫌に明るい。

 ああ、これは知っている光景だ、そうギュスランはただ漠然と思った。

 この世界で人が大量に死ぬ時、夜は明るく照らされる。

 死んだ者は、すべからく魔素に還元されてゆくのだ。

 飛び散った血潮やその肉体が、端から順に仮想光エーテルへと変換され、空へ昇ってゆく。

 これはかつて凄惨な殺し合いの末に見た、あの死者の灯だ。

「ぁ…グッ……か……」

 内臓もやられているのだろう、喉元に血が上って来るが、吐き出す力もでない。

 よく見れば、自分の体から流れ出た血も、魔素へと還元されようとしている。

 その段になってようやく、周囲の光の発生源が仲間達だということに思い至った。

 先程まで笑っていた男たちは、既に事切れているのだろう。

 ただ光になっていくのを待つばかりである。

(いったい、何が…)

 ぼんやりとした頭は同じ疑問を何度も繰り返す。

 考えようとするも、混乱した頭では明確な回答が出ることはない。

 なんとかして、立ち上がろうとするも力なく身じろぎするだけであった。

 そんな時、ザッザッと雪を踏みしめる足音がして来る。

 頭上で足音が止まった気配がするので、力を振り絞りどうにかしてそちらを向こうと試みた瞬間、後方で爆発が起きた。

 その衝撃によって幸運にも身体の位置が動いたことから、何とか足音がした方を向くことができた。

 そこには、不格好な人形が佇んでいた。

 脚の長さは不揃い、腕も取って付けたようなものでしかなく、立っているのが不思議であった。

(なんだそれ…、俺のほうが上手く作れるぞ…)

 こんな時にもなんだが、そう思わずに居られなかった。

 その人形の魔術回路が反応したかと思うと、ギュスランは再び白い世界に包まれた。

 世界は本当に静寂に支配された。

 ただ、死者の明かりが天へ昇っていくだけであった。




「残敵掃討完了」

 紡がれる言葉は無味乾燥。

 世界地図<ワールド・マップ>上の赤い点のカウンターが0になる。

「ゲート前にある程度残して撤収させる」

 ニコラスにとって、人ではなくなってしまったと実感を持って自覚したのは、この時であった。

 作業のように人を殺し、何も感じない心を持て余していた。

 突然、世界地図<ワールド・マップ>が消えたと思ったら、ユキカゼによって抱えられ、外へ飛び出していた。

 外は少し白み始めており、エリアに魔素が満ちたせいだろう、雪もあがりそうである。

「ニーーーーーック!!やっぱり君は素敵よ!!世界一きれいだわ!!!」

 前脚を持たれグルグルと振り回される黒猫と高笑いを続ける少女。

 ニコラスには白と黒の世界であったが、ユキカゼには魔素が舞う幻想的な世界が見えていたのだろう。

 ひとしきり回った後、抱きしめられキスをされた。

「君の糸も本当にきれい…」

 ユキカゼの戦場へ向ける眼差しは、至高の美術品を見るようなうっとりとした目をしている。

 その目には、人形を操るために空へ張り巡らせた糸も、煌めいて見えているに違いない。

 絶えず光が天へと登っていく戦場跡は、この辺りのどこよりも明るく輝いていた。

「あんなに人を殺したのに何も感じない…」

 それは、改めて確認するような響きを持っていた。

「…でも、私達の有用性は示せたわ…」

 その答えに頷きながらも、そう言われて、どこか達成感を感じる自分の心のありようが、見にくい化物のように思える。

「殺人者になってしまったな…」

「そうね。でも、二人でやったことよ?」

「二人で被る汚名なら、笑い合えそうだ」

 乾いた笑いしかでない。

「…これで君と私は人でなし」

「もとから人ではなくなってたな…」

「心もなくなっていそうよ?」

 それは、はたして相手か自分、どちらに言った言葉だろうか。

 おかしな空気に、こらえられなくなったのか、お互い吹き出してしまった。

 戦場跡を眺め笑い合う二人を、何も知らない第三者が見れば、狂人に見えたかもしれない。

「ちなみに、当分はこんなことできない!」

 ニコラスはあの”笑顔”を浮かべて宣言した。

 人形は残り8体。

「…あと、どれくらいもちそう?」

 ユキカゼは、様々な考えを巡らせたのであろう、真剣な顔つきで残り時間について確認してきた。

「何もしなければ、2カ月くらい…かな?」

 身体を構成する魔素が、もう半分もない感覚がする。

 残り時間の正確なところは誰にもわからない。

 今回使用した、人形達は切り札の一枚であった。

 協力できなければ、『レーベルク』内で使用することも辞さない構えだったのだ。

「クルツに切れるカードはほとんどないぞ?」

 ここで、クルツが二人に協力できないとなれば、次の一手が最期の一手となりかねないのだ。

「交渉事は私の領分。任せておいて!そんなことにはならないと思うけど」

 一昨日、手が震えていたなんて嘘のように、自信満々だった。

 ところで諸君。

 一番大事なことは、何かのついでのように言うべきだとは思わないか。

「それと…街道をあなぼこにして、外灯を壊したの謝っといてくれ」

「あぁ…。ダメかもしんない……」

 手を顔に当て二人して空を仰いだ。

 見上げた空には太陽が顔を出そうとしている。

 新しい一日が始まろうとしていた。



 これは、争いの時代の英雄譚だ。

 ともすれば、虐殺者の話でもある。





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