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僕らの大帝国  作者: 米菓子人形
4/5

心無い白と黒4

18.10.25 微修正

 昼食を食べて、今後の細かな調整をしていると、既に陽が落ちていた。

 ユキカゼに抱かれて用意された部屋へ向かう途中、廊下にある大きな窓からは、雪が静かに街へ降り注いでいるのが見える。

 その雪のせいだろうか、廊下に引かれた絨毯を踏みしめる以外の音は何も聞こえず、抱えてくれる柔らかな感触が無ければ、実は一人きりなんじゃないかという寂しさのあまり誰かを探してしまいそうだ。

 一人だったらどうなっていただろう。そんな風に考えることが、この世界に来て2ヶ月ほどの間に度々あった。

 それは、今のような夜の時もあったし、朝太陽が登る時だったかもしれない、はたまたうららかな昼下がりだったかもしれない、ただ漠然とした不安に押しつぶされそうで、年端の行かない子供のようだと自嘲もするが、不安なものは仕方ない。

 食事も睡眠も必要としなくなり、人としての体もなくした自分に残されたのは、生への執着だけであった。

 ただただ、死にたくない、生き残りたいと心が訴えて来るのだ。

 あれはもう少し南のエリアの森の中だっただろう。生きていくために、自分の体はどの程度動くのか、ゲームの様に魔術は使えるのかと、自分のできることを確認している折に、ユキカゼに出会ったのは幸運としか言いようがなかった。

 魔術を使用する度に、自分を構成する何かが抜け落ちていく、それが魔素だというのは、一人で気づくにはかなり時間がかかったに違いない。

 さらに魔素がエリアにある街で、つまりはダンジョンの傍で過ごすと回復していくということも、知らないものには気づけはしない。

 下手をすれば、最初の森の中で消えてしまっていた可能性もある。

 現在、確信できることは2つ。

 今も魔素は回復を超えて減り続けているということと、死にたくないということだ。

 どうしようもなく、自分を構成するものが抜けていく感じがある。魔素が尽きた時、どうなるかは考えたくもない。

 何も起こらないと楽観できる奴は、頭のネジが飛んでいるに違いない。取り外しやすそうな頭に危機感を詰めてもらうといい。



 用意された客間も、領主の趣味が反映されてか至って簡素な部屋であった。暖房魔術器具にベッドにサイドテーブルと、必要最低限。

 宿屋と違うのは、暖房魔術器具が一回りほど大きく、上にヤカンが乗っておりお湯が沸かされていることだろうか。

 まさしく、”あの”世界の冬の石油ストーブのようであり、心ばかりの贅沢としてサイドテーブルの上にはカップとお茶が準備されお茶請けもあるようだ。

 ユキカゼは部屋に入るなり猫をベッドへ放ると、ブーツを脱ぎ捨ててベッドに腰掛け脚を伸ばして暖房器具で暖め始めた。

「…はしたねぇ…」

「見栄を張る時間は終わったの!君はいいわね、暖かそうで」

「猫を被ってるからな」

「本当に上手く被っているわね」

 わざとらしく驚いてみせたユキカゼは、お茶の準備を始めたようだ。

 どれくらい経っただろうか、気がつけば、背中に手をあて撫でられていた。

 恍惚とした表情で脚を暖めるユキカゼは、黙っていれば扇情的なほど綺麗だ。そう感じるのも癪なので、ベッドに横たわりって目を閉じ、尻尾で抗議するが意に介しはしない。

 部屋には、暖房魔術器具と照明の魔術回路が作用する音だけが、微かに鳴っているだけである。

 そんな中で静かに呼吸をし、目を閉じているユキカゼは眠っているようにも見えた。

「いよいよ始まるんだな…」

 背をぽんぽんと叩いてくれたせいで不安が漏れたのかもしれない。

「もし、失敗したらどうする?」

「その時は、顔を洗って誤魔化すさ」

 茶化すような気を出して聞いてくるものだから、ふざけてしまうではないか。そして、「猫だしね」と二人して笑い合える、そんな空気は嫌いじゃない。

「1つ聞いて良いか?」

「なになに?」

「帝国が本気でここを占領するつもりなら、アルトールと同時侵攻して包囲殲滅するのが確 実だと思うんだが、何かしない理由があるのか?」

「…それは、帝国がこのエリアを道すがらの石ころ程度に考えているから…かな」

 数瞬、目を伏せて返された言葉は辛辣だった。

 只人による統治という覇道を進む帝国にとって、『レーベルク』はその覇道の路傍の石ということか。

「現時点で、帝国の仮想敵はこの中央エリア群を超えた先にある共和国よ。それまでに消耗はなるべくしたくない、だから慎重になる」

「もし、同時侵攻してきたら?」

「顔を洗って、夢かどうか確かめるわ」

 したり顔が本当に腹が立つ。予想が外れれば詰みなのだ。事ここに至り焦ることもないだろう。

 自分たちのエリアを手に入れる、そんな荒唐無稽な話の筋書きを考え、ここまで描いてくれたのだから、それに応えてやりたい。

 なにより、背中から感じる手の震えは、演技ではないはずだ。

 根拠や自信などなくとも、強がりくらいは言って、従者を労える主人であるべきだろう。形式だけの主人だとしてもだ。

「ここまでお膳立てしてくれたんだ。後は俺が有用性を証明するだけだ。好きなだけ寝ていていいぞ」

「本当はもっと上手く行く方法があるんじゃないか…そう考えてしま…、てこれは言っていいことじゃなかったわね…」

 身をベッドに投げ出して、こちらへ抱きつきながら呟いたのは、やはり不安であった。

「私としたことが…。君が甘やかすからだぞ…」

 戦略を策定する者が、人前でその戦略への不安を口にすればどうなるか、言うまでもあるまい。

 恥ずかしいところを見られた照れ隠しのように、ユキカゼの口調は拗ねていた。

「主従だなんて考えないでくれといっただろう?それでいいさ、俺が欲しいのは相棒だ。そして、俺は昔”最強”と呼ばれたヤツを倒した男だぞ。俺は世界最強だ。安心してくれ!」

適当に冗談でも言ってお茶を濁しておけばいいだろう。

「どこの世界の最強よ…。でも、世界最強の相棒かあ…。ちょっと恥ずかしいからやだな」

「ままならねぇ!」

 思わず顔を上げて大声を出してしまった俺を笑いながらユキカゼは呟いた。

「さっきのは聞かなかったことにして欲しい…。世界最強の相棒になるんだもの、高笑いできるくらいになる」

「それは、なんか違うくないか?」

 ふざけ合う静かな夜は更けていく。

 そして、ユキカゼの予想通りに東が動いたのは、2日後のことであった。



「アルトールが動いた」

 昼時に、クルツに執務室に呼び出され唐突に告げられた言葉には、いかにも面倒なことがきたぞという内心がありありと現れていた。

 地図が置かれた大きな円形の机には、書類が大量に山積みになっており、その仕分けをするためだろうか、せわしなくジルが動き回っている。また、開け放たれた扉からは書類をもつ兵士がジルのもとへ往来を繰り返していた。

 そんな喧騒の中、リンライトだけが壁際の暖炉のような暖房魔術器具の前で腕を組みいすに腰掛けていた。自分の出番を静かに待っているその姿は忠犬のように見えなくもない。

 ユキカゼならば二人座れそうなくらい大きな椅子に座ったクルツは、報告書だろうか、書類から目を離さずに続ける。

「数は500程度だそうだ。ただ、昨日の夜の段階なので増える可能性ありだ」

 500という数がどれほどの規模なのか、正直俺にはわからなかった。”あの”世界での500という数は多くはない。それが国の軍事力の総てといえば、笑い話になるくらいだ。

 だが、ゲーム内で考えればどうか。”あの”ゲーム内では、5人で1パーティであったので、100パーティ。

 ゲーム内でそれだけの数を相手にすると考えると、先ほどとは違った意味で笑い話だろう。どちらにしても、一人で相手取る規模ではないのは違いない。

「おそらく、アルトールの最精鋭だ。やれるか?」

 そこにあるのは不安ではなく、生きるためにやるしかないという覚悟だった。

「もちろんだ。ユキカゼも言っただろう?俺たちの有用性を証明してみせる」

 不安や迷いなど、出していい場面ではない。ここは格好をつける場面だ。

 抱きかかえられながらでは、つける格好などありはしない気もするが、ここは恰好をつけなければならない。

 充実した一生を送るには、格好をつける必要があるのだ。

「だはは!その格好で言われてもな。だが、信じさせてもらう」

 それが本心からの信頼でなくとも今は問題ない。信頼を勝ち取るのには実績が必要だろう。

「早ければ、陽が落ちる頃には到着する。依頼のあった雪はもうすぐ降り始めるはずだ」

 その言葉に釣られ視線は窓の外の空へ向かった。朝はまだ太陽が出ていたが、今は分厚い雲に覆われており、空は黒く塗装されている。

 住民には、すでに屋内へ食料をもって退避するように布告が出されていた。武器を持ち、篝火に集まるのを退避とすれば、徹底されていた。

「こちらは、予定通り外壁での防衛戦に入る」

「ええ、それでかまいません。こちらも準備がありますので、そろそろ行かせてもらいます」

ユキカゼが頷いて踵を返そうとすると、ジルから声が掛けられた。

「ユキカゼ様、こちらをお持ちください」

 そう言って、渡されたものは木製のバスケットであった。

「中には、食事と飲み物、携帯できる暖房器具が入っています」

「…ありがとうございます!」

 ユキカゼは笑顔で応えると、猫をバスケットの中に押し込み、ピクニックに出かけるかのように軽やかに部屋を後にした。

 歩くたびに揺れる白い髪はどこまでも目を引き、この歩みの先には繁栄と栄光が待っているのだと、案内してくれるような不思議な安心感をもたらす。

「ジルにしては珍しい…」

 座ったままのリンライトの声が、ユキカゼ達がいなくなり静かになった部屋に響いた。

「どこかあの子を思い出させますから…」

 そう口にしたジルの顔には表情が無く、どういった感情を抱いているのかは読み取れない。ただ、発せられた言葉の響きは柔らかかった。

 そして、クルツは当時を思い出したのか、しみじみと呟いた。

「そういえば、妹には世話焼きだったな。ただ、ユキカゼにそんなことを言えるのはジルくらいだろう…」

「…そうですね。死んだ人を重ねるのは不吉でした…」

「さぁ、準備をするぞ。リン、東門はまかせた。ジル、兵たちを集めてくれ」

 ことさら明るく出された指示は、空気が重くならないように気を使ったクルツの気づかいかもしれない。



 館の正門を抜け、準備された狼車に揺られ西門に到着した頃には、空はいつ降り出してもおかしくないほど重さを感じさせる黒さになっていた。

「めちゃくちゃいい匂いがするんだが…」

 肩からさげられたバスケットから顔を出す黒猫がうめき声にも似た響きで呟いた。クルツ達は外壁を利用しての防衛戦だが、この二人は遊撃だ。門から2km程北東にある、哨戒が休憩する小屋で待機する手はずとなっている。

「踏んだら尻尾から吊るすから…」

 外へ出かけるため普段よりも分厚い外套に身を包むユキカゼは、フードを深くかぶりバスケットの肩掛けひもの位置を直しながらジト目をニコラスへ向けた。

 ジルの食事がおいしいのはこの二日で体験済みだ。夜食に出されたおじやは、ほろほろになるまで煮込んだ鶏肉と半熟卵、添えられた薬味の緑が食欲をそそる素晴らしいものであった。

 バスケットの中身はミートパイ。

 焼かれた黄金色のパイ生地が目を楽しませ、バターの香りが鼻を楽しませる。一口かじれば、詰め込まれた肉とパイ生地が食感を伴い舌を楽しませてくれるはずだ。

 ユキカゼの世話をやたら甲斐甲斐しくしていた気もするが、勇名もここまでくれば羨ましい。

 何より、美味しそうなものを食べられるのが本当に羨ましい。恨めしいと言っていい。肉体があればよだれが止まらなかったに違いない。

「食事ができたらなぁ……」

 隣の芝生は青いのだ。美味しそうなものを目の前にすると、食事が面倒だと考えていたあの頃に戻りたいと考えてしまう。

 居るのかは知らないが、なぜ匂いだけ嗅がせるのか、この体にした誰かに問い合わせたい。

 雪除けがされた小屋まで続く道を、うなだれる猫をぶら下げ、ユキカゼはのんびりと門の外へ歩き出す。

 『アルトール』の出兵が知らされたのだろう、閉じ込められてはかなわないと周囲には出立を急ぐ商人達で騒がしく、門を閉ざすと囃し立てる衛兵達の声が背中に響いていた。

 そして、二人を包み隠すかのように雪が降り始めたのであった。




 普段の青いはずの夜空はどこまでも黒く、連日の雪で緑広がる足元はいっそう白くなっていた。

 普段は外灯が点灯されているはずの『レーベルク』東街道には、外灯の明かりは一切なく行き交う人もない。

 ただただ、雪が積もるばかりである。

 そんな空間に、一つの灯りのもと佇む4人の男たちが居た。

「報告は完了した。あと1時間もすればこちらのエリアに侵入するそうだ。敵が打って出るような事がなければ、ここで落ち合うことになっている。散開」

 リーダー格の男が命じると、3人は頷いて自分の持ち場へとかけていった。

 彼らは普段は商人として『レーベルク』と行き来している、『アルトール』の密偵だ。無灯火で活動するために目や耳といった感覚へ魔術強化を当てており、気配を消す足音を消すといった技術を身につけている。

 有事の際は、この様に先行部隊としてエリアの状況を伝える役割を持つ隠密だ。

 『アルトール』の出兵に気づいたのであろう昼過ぎ以降『レーベルク』各門より待ち伏せの部隊が出兵していないのは確認済みである。

 『レーベルク』は外壁を利用して防衛戦をする腹づもりなのだろう、と残された男は考えていた。

 内部撹乱のために外壁内へ残ることも選択肢としてはあったが、兵士だけでなく住民の大半が武器を携え協力する姿を見た時、撹乱は困難だろうと諦めていた。衛兵だけならまだしも、住民全ての監視をくぐり抜けるのは不可能に近い。

 手にしていた魔術灯を木の棒へくくりつけると、街道の真ん中に差し込み、少し離れた道の脇へ身を伏せた。

 闇夜に紛れて外壁を越え、こちらを襲撃しようとする獣人がいないとも限らない。

 こんなつまらないデコイで敵を騙せるとは思わないが、万が一にでもまぬけが引っかかってくれれば御の字である。

 耳を澄ましても、やはり風の音しか聞こえない。

 警戒心から握りしめられた拳に気づき、少し肩の力を抜こうとふっと息を吐いた瞬間であった。

 ボスッという音とともに、何かかが雪の上に落ちる音を聞いた。音に反応して身体を動かそうとしても身体が動いた感覚がない。

 動かそうとした身体が目の前にあるではないか。

 ドミノのように倒れかかってくる身体を見たのがその男の最期であった。男を中心とした両極には、腕の先に糸が張られた不格好な人形が二体。

 無感情にその最期を眺めていた。



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