表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕らの大帝国  作者: 米菓子人形
3/5

心無い白と黒3

18.10.24 微修正

 東門を抜けると、一台の車に繋がれた狼が伏せており、傍らには身なりのきちんとした生真面目そうな男が佇んでいた。

「ダズさんお待たせ」

 既に挨拶を交わした後なのだろう、気軽にユキカゼが声を掛けた。

「どうぞお気になさらずに。問題なければ、このままお館様の所へご案内させていただきますが?」

「よろしくお願いします」

 ダズと呼ばれた男は頷くと、狼車の扉を開け、一歩下がり頭を下げた。

 そんな男の第一印象は、紳士的な老兵だった。

 全体的に白くなってはいるが、整えられた口ひげと撫でつけられた髪。こうした仕事に就いて長いのだろう、その一連の動作に無駄はなく、洗練されており、礼を失することもない。

 だが、柔らかな物腰とは対照的に、眼光からは剣呑な雰囲気を醸し出している。年季の入ったトレンチコートの背に腰だめに挿されたナイフが、その雰囲気をさらに助長しているように思えた。

 車に乗り込み、扉が閉じられるのを横目で確認すると「ちなみにあの人は、どれくらい”きれい”なんだ?」と藪から棒に猫が尋ねた。

「今のところ一番”きれい”だけど、一番ではないはずよ。ここの領主様は、北方最強として有名だから」

 ”きれい”と表現するユキカゼには、違う世界を見ることができるという。

 ユキカゼの一族と、その仕える主のみに伝えられる世界。

 魔術に長けた者や、魔素を含んだ鉱物及びそれから製造された武器に至るまで、程度の差はあれど、外灯や暖房魔術器具も”きれい”に見えることから、魔術回路や魔素をみているのではないのかというのが今のところの通説だという。 

「北方最強の騎士クルツ・レーベルク。半獣人の英雄と謳われるのはどんな人物なんでしょうね?」

 他人の晩御飯の献立を聞くような投げやりな口調で呟かれた言葉には、至極どうでも良さそうな空気が漂っている。勇名が真実であれ、偽りであれどちらでも良さそうであった。

「協力できるならよし、助けてもらえるならなおよし。もしそうでないなら……」

 飲み込まれた言葉は二人の共通見解。

 口には出さず、神妙に見つめ合うのは最終確認ということなのだろうか。

 剣呑ともいえる空気を掃うかのように「さっきは助けるタイミングを計っていたのか?」とぼやく猫に「着替えて出てきたらあれよ…。一人にするとすぐ問題を起こすんだから…」と、とりとめのない雑談に興じながら、猫と女は領主の館へ揺られていった。


 坂道を登り切るのを感じると、狼車は静かに停車し、ダズによって扉が開かれた。促されるまま降り立って見上げた建物は館というよりは砦という印象であった。

 石造りの本館の周りには、何重にも外壁が建てられおり、外壁の上には衛兵が油断なくこちらを見下ろしている。

 衛兵が一様に見下ろしていることから、空は警戒していないのだろうか、と疑問に思うが、空を飛ぶ種族がこの近くのエリアにはいないのか、そもそも脅威とならないのか。

「ユキカゼ様、こちらでございます」

 促されて建物内部へと入っていくと、三階までが吹き抜けとなっており、石造りの壁に大きく作られたガラス窓から外の光が取り込まれ、外と変わらない明るさであった。

 明るいエントランスを西へ抜けていき、ダズを見た衛兵が目礼をすると、厳めしい木造の扉を開け進むべき道を示してくれる。

 扉を抜けると、居住区にはいったのだろうか、カーペットが引かれた廊下が長く続いていた。

 必要最低限の贅沢といったところだろう、館にありがちな美術品の類は全くないが、窓や柱、照明には意匠がこらされており、無骨ながらも慎ましく上品な雰囲気を醸し出している。

 その廊下の突き当りまで進むと、ダズは少しこちらへ振り返りつつも、扉をノックし『こちらになります』と目で伝えてくる。

「お館様、ユキカゼ様が参られました」

「ご苦労、入ってくれ」

 中から帰ってきた声は、力強い男性の声にだった。

 ダズが扉を開け、一礼とともに中へ入るよう促す。やはり、洗練された動作は美しく柔らかい。

 さすがに、肩に乗りっぱなしという訳にはいかないだろう。音もなく飛び降り、ユキカゼの足元に寄り添った。

 館の主の趣味なのか、この部屋もやはり必要最低限のものしかないように感じた。ソファが2脚と机が1つ、暖房器具が壁に2つ設置されているのみで、窓が多く開放的な雰囲気も合わさって、もともと広い部屋がさらに広く見える。

 奥からは、そのまま外へ出られるのだろう、天井近くから床までの大きな窓があり、その先には街を見下ろす景色が広がっているに違いない。壁の一面には、周辺エリアだろうか、ピンの刺さった地図があるのみである。

 中にいたのは3人。

 まず、ここの主であろう半獣人の男は、ソファに座っているため不確かだが180センチはありそうだ。半獣人の容姿と年齢の関連性はわからないが、少なくとも老いているようには見えない。

 この街の住人よろしく、耳が頭上に生えており、尻尾が揺れており、鍛えられた身体全体に獣っぽさがあるが、それ以外は只人と変わりないようである。皮鎧にブーツとくれば、館の主というよりも冒険者か何かに見えた。

 もう一人は女性で、見るからに秘書的役職であろう只人だ。

ひっつめ髪と怜悧な瞳に眼鏡、飾り気のないコートを来ており、主の後ろへ控える様に立っていた。

 最後の一人も女性で、こちらは護衛だろうか。

 窓際の壁を背に、腕を組んでもたれかかっており、傍らには細身の剣が立てかけられている。たてがみの様に後ろへ流れる黒髪と、その流れに沿う長いうさぎのような耳。

その眼は、ルビーを溶かして流し込んだかのように赤く燦然と輝いている。

身に着けたシャツははだけており、女性的な膨らみこそないものの、開かれた胸元には大きな傷跡あるのが危なげな魅力を引き立てている。腰に巻いた大きな革のベルトには、筒状の何かが挿されているのがわかった。

「お忙しいところ、お時間をいただきありがとうございます」

 紋章魔術を起動させ、名乗りもなくおじぎをする。ただそれだけの動作で空気が浮ついたようであった。

 そう、名乗りなど必要ないのだ。

 お辞儀に合わせて揺れる雪のようなその白い髪、背後に浮かべた白百合の紋章。それこそが、ユキカゼの一族であるというなによりの証明なのだ。

 ユキカゼが舞うとはよくいったもので、その立ち振る舞いから畏怖するべき雰囲気を振りまいているようである。

 クルツは立ち上がりつつ「どうぞ」とうながしたが、足元を進むこちらは、一瞥するだけであまり気にしていないようであった。

 ソファにつく頃には、秘書がお茶を出して領主の後ろへ戻っていた。

 さんざん外を歩き回ってきたのだから、このままソファに飛び乗るのは忍びなく、収まり所を探していると、ユキカゼが膝の上をぽんぽんと叩くので、そちらへ飛び乗り丸くなった。

「エリア『レーベルク』のマスター、クルツだ」

 ただの”気のいい兄ちゃん”と感じる、そんな久しぶりに来た友人に声をかけるような自己紹介であったが、「腹の探り合いは苦手でな…さっそくだが、要件を伺おう」と言いながら快活に笑うその眼をこちら油断なく値踏みするものだ。

 仕えに来たわけではないとそう感じ取ったのだろう。ユキカゼは頷いた後、一瞬ためて切り出した。

「一緒に帝国を潰しませんか?」

 相手に自分のお願いに”はい”と言わせたいならば、まずは相手のメリットを考えれば良い。『そろそろ鬱陶しいでしょう?』そんな意図を込めて提案された言葉である。

「是非そうしよう。……と、言いたいが…」

 あっけらかんと答えたあと、身を乗り出して小声で続ける。

「ノリで決めるとあとでうるさくてな。詳しく聞かせてくれないか?」

 後ろの女性を指さし答える領主は、いたずらを母親に怒られる子供のようだ。

「大変そうですね」とクスクス笑いながら、この人はどうかとこちらを伺ってくる。

 ユキカゼの顔に嫌悪感は出ていない。

 この人ならば大丈夫そうだ、そう思わせる人間味がクルツという半獣人にはあった。ように俺には見えた。

 いつか『なぜあの時にこの男を選んだのか』と聞かれるかもしれないが、自信を持って言える。根拠などなかった、ただの直感だったと。

 了承の意を込めて頷いて返すと、まるで役に入る様に違う雰囲気を纏い直した。

「では、順をおって提案させていただきます。が、…実は…、先に謝らなければいけません」

 そう頭を下げて、猫を抱えながら立ち上がると、ソファの横にひざまずきながら続ける。

「我が主のご紹介が遅くなり、申し訳ありません」

 抱えていた猫は、ひざまずく時には青い光になって消えた、そう周りからは見えたかもしれない。

 青い仮想光エーテルは渦を巻いて、ユキカゼの隣に人型の光を描き出す。

 光の輪郭に質感を感じるようになった時、接地した音だろうか、床の石材と金属がぶつかり合う音がした。

 身の丈は、クルツの肩の高さもないだろう。

 全身を黒を基調としたポンチョで覆われており、その裾は七色にゆらぎ、たゆたゆ魔素の粒子反応が足元を彩っている。

 深くかぶられたフードの下の髪は金色で、淡く青く光る瞳が一対。

 そして、白い肌と作り物めいた中性的な顔が覗いていた。

 事実、作り物なのだろう。ポンチョの裾から伸びる手足は一点の曇りもなく白く美しいが、関節部分には継ぎ目があり、どこからどう見ても人形であった。

 そして、硬質の肌の上には魔術回路を流れる魔素が、規則的に肌の表面に模様を描いている。

「人形遣いのニコラスだ。よろしく頼む」

 絵に描いたように整った口元は、まさしく絵なのだろう、一切の動きもなく言葉を発していた。

 猫がヒトガタに変わったのに驚いたのか、この姿が放つ浮世離れした雰囲気からか、人ならざる容姿からなのかは、はっきりとはわからないがユキカゼ以外は警戒の色が強い。

 とくに、壁際の護衛の女性は、髪が逆立ち、今にも武器に手を伸ばしそうだ。

「ユキカゼがこの姿は”刺激”が強いとうるさくてな、このような形となったこと理解してもらえると助かる」

 しぐさや口調はおどけているが、ピクリとも動かない表情は不気味さを感じる。

「ほら君、周りを見てみなさいよ、圧が凄いのよ圧が」

 麗しき主従関係はどこへやら、いつもの調子のユキカゼが場をとりなすようにおどけて続けた。

「正直、猫の姿に戻ってくれると愛らしくて嬉しい」

 自覚はないが、周りの反応を見るに警戒されてしまうのだろう。

 少し名残惜しいので、恨めしげにユキカゼを見るが、「おねがい」と言われれば仕方ない。

 猫の姿に戻ると「ナーオウナーオウ」と、投げやりに猫的な不満を表明した。

「…これは驚いたな」

 そう言いながらクルツは、自分を改めるように膝を叩いた。

「こちらこそ、取り乱してすまない。正直、座っていなければ剣を抜いていただろう」

 護衛を右手で制しながら、クルツは不敵な笑みを浮かべている。

 丸腰に見えるが、恐らくクルツは剣を持っている。あのゲームの世界では”ジョブポケット”と呼ばれていたシステムであったが、この世界でも俺自身が使えることから存在は確認している。

 ジョブポケットとは、ゲーム的に言えば、装備のワンタッチ切り替えやアイテムストックといったシステムだった。

 例えば、剣士ならば、無手から抜剣するのはもちろんのこと、炎が弱点の敵には炎の剣、雷が弱点の敵には雷の剣といった風に、切り替えて戦うためのものであった。

 他には、遠距離と近距離で使用する武器を変更したり、スキル使用のための消費アイテムをストックしたりと、職業に関連する何かを自由に出し入れ出来るのだ。

 出し入れできる物の数も職業に依存していた。

 この世界では俺自身、人形を――木片などをつなぎ合わせただけのものであるが、自由に出し入れできることから、クルツが剣を出し入れできるというのをすんなりと受け入れらた。

 ユキカゼは、猫の姿となった主人を肩に乗せつつ、後ろの壁の地図の前へ向かうと、場を改める咳払いと共にクルツの方へ向き直った。

「…残念ながら、今すぐに帝国をどうこうできるわけではありません」

 これは明白な事実である。

 地図の指さされた地点には、20を超えるエリアを支配下に置く帝国がある。対するレーベルクは1エリアだ。

 地図に記されているが、この世界には2大勢力がある。

 西の帝国と東の共和国だ。

 両極に位置するその2勢力に挟まれるこの地域には、危機感が絶えない。特に、只人以外が多数を占めるこの中央部では、帝国は明確な脅威だろう。

「帝国は本気で仕掛けてくるつもりです。そして、今は威力偵察が完了した段階といったところでしょうか」

 衛兵たちが話していた小競り合いは、まず間違いなく偵察の一環である。

 どこまで警戒網があるのか、また、どれほどの練度があるのかを推し量っていたに違いない。

 エリアを手に入れる手段は3通りある。

 譲渡、殺害、破壊だ。

 比較的、穏便に済むのがダンジョンマスターの権利譲渡だ。降伏した際にもこの手段がとられるが、無血による入手も夢ではない。

 その他は殺伐としている。ダンジョンマスターの殺害か、ダンジョンコアの破壊だ。

 ゲームでならば、ダンジョンコア前でダンジョンマスターと戦闘をする、というシステムであったが、この世界では独立している。

 クルツがここにいることから、今ダンジョンに侵入し警備を抜けてコアの前に立ったとすれば、戦闘もなくコアを破壊できることだろう。

 こと戦争において、一般的な流れは次の通りとなる。

 形ばかりの降伏勧告を行う、場合がある。

 次は、潜入の画策だ。少数精鋭を持ってダンジョンへ潜入を試み、コアの破壊しようとする。その少数でマスターの殺害を目論んでもいい。

 そして最後に、大兵力の投入だ。

「次は、偵察ではなく本気でここを潰しに来るということか?」

 すでに何度も検討しているのだろう、帝国が攻めてくるということ自体に驚きはないようだ。

 腕を組み受け答えするクルツには、先程の動揺は毛ほどもなく、エリアを統治する者の空気を纏っている。

「いえ、おそらくそれはないでしょう」

 それはまたどうして、と口を出しそうになるが、話の腰を折るのも悪い。

 ユキカゼは地図上の『レーベルク』西側、緩衝エリアの更に先にある、帝国のエリア18と書かれた地点を指さす。

「帝国の18番エリア。北側の東征を任されているベルガー氏は、慎重に慎重を重ねる人です。過去の例から見て、次はこの街を消耗させてきます。それも、自分達に被害が出ない方法で」

 それに対してクルツは微動だにせず、続きを促すように沈黙を保っていた。

 そして、指さす地点を東に変えつつ、続く言葉は確信をもって紡がれる。

「まず、対処しなければならないのは、東の『アルトール』です」

 東のエリア『アルトール』。

 只人が統治するそこは、世界の中心に近いことから交易が盛んなエリアだ。只人が治めていることもあって、帝国との親交も深い。

 少し想像を膨らませ、『アルトール』の領主の立場となってみよう。

 帝国から「そろそろレーベルクが欲しいんだ。ちょっと協力してくれないかい?そうすれば、地位と権力が欲しいままだよ?」と声を掛けられたらどうするだろうか。

 なんて甘い甘い言葉。

 そんな言葉を、品と格式で包んで渡されたとしよう。協力無き場合は…と添えてあれば完璧ではないか。

 反骨精神に溢れていなければ、取るべき行動はおのずと限定されるというものだ。

 そしてやはり、すでに検討されているのだろう。

「…確証はあるのか?いや…」

 何かを言いかけるが、目を閉じ、溜息を吐くクルツはもちろんのこと、他の2人も驚きというよりも達観した空気を放っている。

 ユキカゼは追い打ちをかけるかのように続けた。

「『アルトール』をしのげたとしても、消耗した状態で帝国を相手取ると詰み。ならどうするか…」

 まるで舞台に立った役者のように身振り手振りをし、握りこぶしをかざす。

「『アルトール』を圧倒的に叩くしかない!帝国の予想を超えて、圧倒的に。慎重に慎重なベルガー氏は必ずためらうでしょう」

 そして、広げた手を胸元に当て宣言した。

「それが私達に可能です。やらせてもらえませか?」

「……にわかには信じられないが…」

 肯定も否定もする根拠がないのだろう。

「仮に可能であるとして、まず一つ聞かせてくれないか?ニコラス殿とユキカゼ殿の目的は、どのあたりにあるのだろうか?」

 ユキカゼとニコラスは悪い笑みを浮かべた。

「帝国がためらっている間に、北の2エリアを統合していただけませんか?」

 地図上の『レーベルク』の北のエリアを指さして、ユキカゼは続ける。

「そして、どちらかを私たちに譲っていただきたい」

 これこそが、二人の目的。

 最短で、好みの場所に自分のエリアをもつこと。それも、できる限り穏便な方法で。

「ついでに、協力して帝国を潰しましょう」

「ははっ、帝国はついでか」

「ええ、そんなものついでです。お返事は、東とじゃれ合ったあとでかまいません」

 まず、『アルトール』に上手く対処してみせてからでないと、この話はなりたたない。

 うやうやしくお辞儀をするユキカゼは、やはりどこか神秘的な雰囲気を漂わせる。

「もともと腹案がおありかとは存じますが、今さら猫一匹と女一人増えたところで邪魔にはならないでしょう?」

「…そうだな」

 後ろの2人にも明確な反対はないようだ。

「まずはお手並み拝見といこうか。こちらから協力できることはあるだろうか?」

「2,3お願いが……」

 そこからは、トントン拍子に話が進んだ。

 ユキカゼの一族の名前が信じさせるのか、人形遣いとしての不気味さが役に立ったのかはわからないが、話が進んだというのは身を削ってヒトガタになったかいがあると言うものだ。

 だが、考えてもみれば、このまま状況が推移すればこのエリアは十中八九制圧されてしまうのだ。

 ユキカゼの言うとおり、猫と少女が関わった所で、これ以上悪くはならないという投げやりな決断だったのかもしれない。

 何かイレギュラーなことが無ければ、帝国と張り合うなんてことが出来ないほどの差がある。

 正しく、猫の手も借りたいということだ。

「では、こちらも全力を尽くさせてもらおう」

「必ず、私たちの有用性を証明してみせます」

 猫と少女は力強く言い切った。そして、猫の手を差し出してみた。

「………握手でも、と思ったのだがな?」

 したり顔で言う猫。

 一瞬あっけにとられたようだが、クルツは猫の手を握ると「よろしく頼む」と笑った。

 組織というものの駆動音があるとするならば、今まさに聞こえ始めたに違いない。既製品にはない”イレギュラー”が揃い、歯車が噛み合った瞬間であった。



 ダズに案内され退出していく猫と少女を見送ると、クルツはソファに深く沈み、天井へ溜息を吐いた。

「…どう思う?ジル」

 クルツの傍に控えていた眼鏡の女。

 付人筆頭であるジルは、あれが猫かどうかという質問ではないだろうと考え、答えた。

「本当に、”上手く”撃退できるなら幸いですが…」

 ユキカゼという一族の勇名は知っているが、それでも懐疑的であった。そして、ニコラスと名乗った猫のような何かは、無条件には信じられそうもない。

 猫は好きだが、あれは猫を被ったなにかと頭の中でカテゴライズする。なにより、こちらの消耗を少なくして、快勝する道筋を考えつけなかった。

「…結局はそこだな…。雪を降らせろ、か。…それで可能になるのか?」

 敵の襲来に合わせて雪を降らせて欲しい、それがユキカゼのお願いの一つであった。

 エリアの管理者でもあるダンジョンマスターには、少しの天候操作は確かに可能である。実際、『レーベルク』は、平時に雪を降らせないために魔素を使用しているので、それを止めれば雪を降らせるなど造作も無いことであった。

「こいつならできそう、と思えるほどの不気味さはあったけど?あの猫にはね…」

 そう言いつつ領主護衛のリンライトはソファに近づいていた。

「リンに不気味と言わせるか…」

「…とりあえず、お酒飲んで寝るわ…」

「ほどほどにしときなさいよっ!というか、食事は!?」

 いらないという答えだろうか、そのまま手を振りながら出ていった。

「俺も飲んで寝てしまいたいね…。年代物の一品が手に入ったと、昨日言ってただろう?」

「一段落してからの乾杯用にしましょう」

 口は笑っているが、眼鏡の向こうの瞳は冷ややかだった。

「”友人”を待たせるのも悪いだろう?」

 お酒ほど、世界的に仲の良い”友人”もそうはいまい。

「長年待ってくれているのです、あと少し待たせても気にしないでしょう…」

「確かに…」

 肩をすくめそう答えると、ソファに改めて深く腰掛けた。

「どうも祈るのは性に合わん。だが…上手くいってくれないか、と願ってしまう…」

『そうですね』と頷くジルも、懐疑的だが願ってしまうというのが正直なところだ。

今はまだ全て机上の空論。

 そもそも、本当に東から敵が来るのか、それを徹底的に撃退できるのか。何の根拠もなく信じる、そんなことができようはずもなかった。

 帝国に敗れたとき、このエリアの大半を占める獣人か半獣人が辿る道は、良くて奴隷である。それよりもまず、戦火に散って行くだろう。

 このエリアにいる人々の多くは、内戦の折からの付き合いだ。気のいい連中ばかりなのだから、何があっても守ってやりたい。

 そして、苦労もしたが、面白おかしく作り上げた平和を、黙って踏みにじられる気もない。なにわともあれ、今自分にできることをしようと思い直し、クルツは立ち上がった。

「まず、飯にしよう」

 連れ立って出ていった部屋には、期待と不安が混じり合わさった静けさだけが残されているように思えた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ