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僕らの大帝国  作者: 米菓子人形
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心無い白と黒2

18.10.23 少し修正しました。

 宿を飛び出し石造りの塀へ飛び乗ると、眼下には木造建築の街が広がっていた。

 東西と南に並ぶ、小高い三つの丘にわたって築かれたこの街は、雪原の街『レーベルク』。

 北の玄関口であるここを通らなければ北へ行けないことから、交通の要所として交易が盛んな街である。

 丘と丘の間の平地には、「人」の文字の様に伸びたメインストリートがあり、北は獣人が住む雪原地帯、西は只人の帝国、東はいくつかのエリアを挟んで、数多の種族が暮らす共和国へつながっているという。

 その道の両脇に設置された魔術灯は、込められた魔素の量が違うのか、役目を終えてもなおまばらに点灯しているものがあった。

(街の全貌が見えるとまた違うものだな…)

 昨晩の街中は、吹雪で視界が白暗く染まる中、淡い街灯の光が誘導灯のように浮かび、進むべき道を照らしていた。

 そんな幻想的な顔ではなく、今のレーベルクは石と木でできた堅実そうな顔つきである。

 何かを叩き加工しているのか、金属のぶつかり合う音が規則的に響いており、時折、魔素が反応したときに発する鈴のような済んだ音を聞きながら、髭を揺らす風を感じていた。

 塀の上でぐるっと街を見渡してから、身をひるがえし塀から飛び降りた黒猫を受け止めたのは石畳の道である。

 しっかりとした質感と平らに敷設された石畳から、豊かな石材資源と高い技術力が伺える。

 この箱庭のような世界では、市内の幹線道路を舗装できるほど資材があるのは国力のある証拠だ。

 この世界は”エリア”と呼ばれる箱庭のようなものが繋がりあって構成されているのだ。例えば、一昔前のRPGロールプレイングゲームに出てくる平原マップを思い浮かべてほしい。その平原は、いくつかの隣接したマップに繋がる出入口がいくつかあるが、その出入口以外からは行き来できず、遠くに景色が見えていても、見えない壁によって進行を阻害されるだろう。

 それがそのままこの世界では現実なのだ。エリアとエリアは”ゲート”によって連結され、広大な世界を作り上げている。

 雪国のゲートを通ると砂漠の国だった、というような極端なものは未だないらしいが、ゲートを境に気候や風土が変わるという。

 そして、それは明確な国境となるのが一般的だ。


 雪の残る小道を道なりに進んでくると、小さな広場にたどり着き、設置された時計塔を見れば時刻は午前5時になろうかという所であった。

(周辺地理の確認をして、12時に領主の館へ…)

 そんな予定を頭に描きながら、とてとてと歩く道すがら見上げた空には、赤い柱があった。正確に言うならば、空を穿たんとするかのように伸びた赤い光の柱だ。

 その光は、東の丘の頂上から伸びており”ダンジョン”の入り口の所在を示している。そして、光の根本に見える建物が領主の館なのだろう。

 ダンジョンは、エリアに必ず一つ存在し、エリアにとっての最重要拠点となっている。

 重要な理由の一つは、資源の産出だ。

 この『レーベルク』の石畳や城壁から推測するに、『レーベルク』のダンジョンは、豊富な石材が獲れるのだろう。衛兵の装備や暖房器具、街灯の支柱等に金属が使用されていることから、金属資源も多かれ少なかれ産出されているに違いない。食糧の多くもここから採れるのである。

 もう一つの理由として、魔素の発生源ということだ。

 魔素は、それこそ多種多様な場所で活用されており、その産出量に比例して街を拡大できるといっても過言ではない。

 なにより、エリアの環境そのものを作り上げているのが魔素である。魔素が不足したエリアは、住める環境ではなくなっていく。それは、寒さ暑さといった温度に現れるだけにとどまらず、天候不順やそれこそ地盤にまで深刻な悪影響を及ぼすという。

 そんな、ダンジョンを管理するものを、敬意や憧憬、嫉妬といった様々なものを込めて”ダンジョンマスター”と呼ぶのである。

 街は領主を表す、というのがこの世界の常識だというが、この街はどうだろうか。

 舗装された道や城壁が十二分に造られ、道行く人の恰好から厳しい寒さであるものの、生活ができている気候。

 先ほど通りかかった露店や市場といった商いの中心である広場には、太陽が昇り始めた早朝にも関わらず活気が出始めており、行き交う人々の表情は、差し迫った何かに追われているようなものではなく明るかった。

 そして、様々な土地から商人が訪れるのであろう、荷物や人を運搬するのであろう車を引くのは、馬のみならず鳥や蟲もいるようである。

 成長する街。

 宿で感じた”何かが動き出す”感覚は、もしかするとこの街自体の成長していく様子だったのかもしれない。

 ”あの”世界でもこういった都市はあったかもしれないが、住人に耳や尻尾が生えていることが、ここが違う世界なのだと物語っている。

 只人に近い容姿のものも居るが、犬科や猫科を中心に、獣のような面構えが多いようだ。

 只人に近い容姿の人は半獣人ハーフなのだろうかとか、あの揺れる尻尾にも感覚はあるのだろうかなどと、ふざけた事に考えを巡らせつつ、木箱や塀の上を飛び移りながら街の人々を横目で観察していた。

 西の門が見え始めた頃には、太陽は完全に顔を出していた。

 北と東にも門はあったが、西門は向こう側にいる何かを通したくはない決意なのか、他に比べて一回りは分厚く、また高く造られているのがわかる。

 そんな門の脇の詰所前では、ちょうど交代の時間なのだろう、物々しい格好をした衛兵の一団が話し込んでいた。

「西の哨戒の連中、また帝国の奴らと小競り合いをしたらしい…」

「一昨日もあったろう?」

「ほとんどこちらのゲート前で鉢合わせたという話だ」

「そりゃいよいよって感じだな…」

「呑むのひかえるかぁ…」

「尾ナシども相手なら酔ってるくらいでちょうどいいだろう!」

 そんな風に談笑する衛兵達の脇を抜け、停めてある荷車の下をくぐり門を抜ければ、そこは白銀の世界だった。

 昨晩降り続いた雪は一面を白く染め、降り注ぐ光を反射するため目を細めなければならない程に眩しい。緩やかな凹凸がある地形と、物見櫓だろうか、背の高い塔が点々と西の方へ続いていた。

 あの先にゲートがあり帝国へ続いているのかと考えると同時に、先ほどの衛兵の会話も反芻される。

 次第に頭によぎるのは、以前ユキカゼに語られたこの世界のことであった。




 あれは、この世界へ来て最初に立ち寄った宿だっただろう。

 部屋のハーフバルコニーで、手すりに腰かけながら、黒猫を抱きかかえる美女。

 半月と魔素が青く煌めく幻想的な空も相まって、どこを切り取っても絵になりそうな夜だった。

「改めてこの世界のことを説明しておくわね……」そう切り出したユキカゼは、エリア、ダンジョン、ダンジョンマスターや、この世界の常識と呼ばれるものをぽつぽつと語り始めた。

「大枠は一緒だが、細部が少しずつ違うな…」

 知識の基礎は”あの”世界でのゲームの話だ。

 知っているのに知らないといった不思議な感覚に囚われる。

 だが、続く話は明らかに知らないことであった。

「ここは中央エリア群の辺境、西の帝国と東の共和国の緩衝地帯といって差し支えないわ。

北には只人と獣人が多く、南には鳥人や鬼人が多いと聞くわね。それと、噂では魔人が生活してるエリアもあるとか」

 どんな種族が、どこで生活をしている。などという設定はほとんどなかったと記憶している。ゲーム上ではステータス数値の差、特性の差といったゲームバランスへの味付け程度のものであった。

「そんな多くの人種が隣り合ったエリアで生きていけるのか?」

「なんとか折り合いを付けて、うまくやっているエリアもあるけど、ご想像の通り、争いが絶えないか、燻ってるままかな」

 ”あの”世界では、同じ人間という種族でも争いが絶えなかったのだ、違う容姿に生活様式、食生活、宗教、資源など火種はいくらでもあるだろう。

「とりわけ、西の帝国が偏執的なまでに只人至上主義、魔術至高主義でね。只人以外が治めるエリアと年中戦争するわ、魔術以外は貶すわ…」

「主義主張を押し付けるとは迷惑な国だな…」

「近隣エリアにとっては、ね」

 話を続けるその顔には、魅力的な悪い微笑みを浮かべていた。

「争いがあってこそできる需要も、隙もあるでしょ」

 ハイエナよろしくそこに、つけこもうとしているのだから非難できはしない。

「恩を売り、猫の手を貸すまたとない機会というわけか」

 半ば独り言の様に返しつつ、見上げた空はなんと綺麗なことか。

自分たちのエリアを手に入れること、それが猫と女が交わした契約の必要最低条件といっても過言ではない。

 猫は、生存戦略のために。

 女は、不老不死のために。




 漂っていた思考の海から戻されたのは、目の前に槍の切っ先があったからだ。

 太陽はすっかり真上近くに来ているのだろう、影も短くなっていた。

 近くに鏡でもあれば、そこに映るのは口をあけたままの猫だったに違いない。

「…………」

 無言で目の前に突き付けられた槍の切っ先は、光を反射し、嫌にぎらついている。

 そして、向けられた槍をたどっていくと、口元に笑みを浮かべた衛兵の獣人がいた。

 冷静になると、ここが往来が盛んな東門の入り口で、周囲の多くの人々が行き交う騒がしさも感じ取れた。

 それと同時に、猫であるという自覚が思考の中で頭をもたげてくる。

 道に沿って歩くというのは、人の慣習法といえるだろう。

 道は、人の管理下にあるものには寛大だ。猫が、堂々と道に沿って門を通ろうとすれば追い払われるのは当然である。

 馬車が通るかもしれない、貴賓がいらっしゃるかもしれない、そんな往来に気まぐれな猫は異分子でしかなく、適宜排除されようとも誰も何も感じないだろう。

 そうだ、ここは猫として完璧に対応すれば問題ないはずだ。たかが猫一匹、衛兵もどうとも思わないに違いない。

「ニャア」

 響いた、自称テナーボイスの鳴きまねによって、空気が凍り付いたのを確かに感じた。数瞬、時を止めたかもしれない。

 周りの人たちが歩みを止め、こちらを注視しているのも気のせいではあるまい。顔を見合わせた衛兵たちには、驚きの表情が張り付いている。

「ナーオウ」

 ダメ押しの追撃を加えてみる。

 どうダメ押しになったかは、火を見るより明らかであった。

「…こ、こいつはなんだ!?」

「魔獣か!?」

 衛兵たちが慌てふためき、周囲の人々は関わり合いになりたくないのか距離をとった。

(かわいさのステータスが足りなかったか!!)

 そんな自嘲とともに仰ぎ見た太陽も、目を閉じていようが責め立てるように眩しいではないか。

 あまりにも想定外な事態に陥ると、凪のような心境に至るようだ。

 この剣呑な空気と共に取り囲まれる事態を、どこか他人事のように感じてしまう。

 あくまでも、猫として振る舞おうと顔を洗うのは、見るものが見れば憐れみを感じただろう。

 油断なく半円に取り囲む衛兵は4人。

「冷静になり給え、私は人だ」と弁明するには、既にタイミングを逸しているように思われるし、元々効果があったとも思えない。

 最初から何も言わずに立ち去ればよかったのではないのか、と自問自答し始める思考には右猫パンチを食らわせたい。

 なぜ、もっと早くその結論に至らないのか。

 衛兵に立ち向かざるえない状況であれば、争うこともやぶさかではないが、ただの”散歩”のついでに問題を起こす意味はない。

 今からでも尻尾を巻いて逃げ出すという選択肢もあるように見えるが、目を離したら刺されそうな雰囲気があるのもいなめない。

 そんな進退窮まる状況において、衛兵の後ろの”白”が目に入った。

「うちの猫がお世話になってないかしら?」

 場違いなほど軽い声のおかげで、緊張した空気が弛緩するのを感じる。

 明るい場所では、眩しく見えるような白髪は、片側だけ髪留めでまとめられている。

 フード付きのダブルボタンのケープコートは股下までを覆い、黒のタイツとロングブーツが、均整の取れた脚を健康的に魅せていた。

 衛兵達は、ユキカゼへの対応を優先したようで、武器の切っ先を降ろしつつ冷静さを取り戻していった。

「これはユキカゼ様…。こちらは、ユキカゼ様の飼われているネコだったのですか?」

 自分の中の猫の定義と葛藤があったのだろう、猫と信じ切れていない声色と表情だった。

 衛兵の皆々が恐縮しつつも、視線はこちらとユキカゼの間を何往復もしている。

「うちのがお騒がせしてごめんなさいね…」

 そう言いつつ、しゃがみこんでチッチッと舌を鳴らしてくるものだから、「ナーオウ」と思わず反応してしまった。

『黙って』と言外に伝えてくる引きつった笑みを浮かべるのを見て、猫として当たり前の対応じゃないかと心の中で呟きながら、伸ばされた腕の中へ飛び込んだ。

 ユキカゼが、当たり障りなく一言二言衛兵たちへのあいさつを済まして立ち去る頃には、周囲も普段通りに戻り始めたようだ。

「まだ、腹を見せて寝る最終手段があったのだがな…」

 おしいことをした、と強がりが出てくるのは自分のことながら不思議でならない。

「諦めない精神は、きらいじゃないわ」

 くっくっと笑いながら、頭を撫でてくるユキカゼは楽しそうである。

「世界は多数の猫好きと、少数のそれ以外だ。確率論的にはいけるだろう」

「猫ならね。まだその辺の石ころの方が可愛げがあるわよ…」

 ――――いや、すまない、助かったよ華風。

 そう最初から言えればよかったろうに、肩へ乗り移るようにしてようやく、囁くようにひねり出せた謝辞であった。

 自分の本当の名前を呼ばれたのに、少し驚いたようだが、「どういたしまして」と答える顔はどこか誇らしげにも見える。

「あと、外套はすまなかった」

「それは許さない!」

 神は許さなかった。


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