心無い白と黒1
18.10.23 読みにくい箇所があったので修正しました
この世界の夜は青い、そしてなによりもまず幻想的だ。
窓越しに見上げた空には朱が差し始めており、そこには”あの”世界よりも大きな満月が、煌めく青の粒子に彩られ浮かんでいた。
あの青の光は、大気中の魔素反応による仮想光なのだ、と教わったのはほんの二月程前だ。
今まさに世界を照らす役割が月明りから陽光へ移り変わっていく、そんな大きな舞台装置が作動しているように思えた。
そして、それは見下げた街も同じである。
早朝は何かとてつもなく大きなものが動き出す、そんな奇妙な感覚があった。この宿の窓から見下ろせる通りには、ちらほらと人影が動き出しているが、あの人々も装置を構成する1つの部品ような気がした。
昨晩の吹雪は過ぎ去ったとはいえ、行き交う人々の吐く息が白いことから、外は相当に冷え込んでいるのだろう。
振り返った室内は重厚な木造り。落ち着いた色に統一された調度品からも、質の良い宿であることが伺える。もちろん、隙間風などあるはずもないが、部屋には頼りない暖房器具が一つある限りなのだから、この部屋も相当な寒さのはずだ。
そんな中、頼りの暖房魔術器具が灯す光は、あまりにも淡く弱々しく頼りない。
「この光景は、やっぱりシュールだと思うのよ…」
『慣れちゃいけないわ』と自分に言い聞かせるようにつぶやく声がきこえた。
声のした方を一瞥すると、見るからに柔らかそうな布団にくるまり、絹のように白い髪の女性が顔だけ覗かせてこちらをみていた。
冷え込んだ早朝の温かい布団の中という空間は、世界一の幸せと平和がある。
より一層丸まるように布団を巻き込もうと身じろぎする女の顔は幸せそうであった。
特に寒さを感じることもない体を顧みれば、遥か遠い彼方の幻想のようにさえ思えるが、あたたかな布団の中という実体験を伴った感慨が、どうしようもなく頭の中でもたげているのは人であった頃の残滓なのだろう。
「朝食の準備でもしておけば、なおシュールだったかい、お嬢さん?」
そう”肉球”を上向けて前足を体の左右へ広げる。そして、したり顔をするものだからこの女は毎回言うのだ。
「その邪悪な顔よ!やだやだ、猫はもっと愛らしいのよ。ほんとやめてよね…」
君の笑顔をまねてるんだよ、と”その笑顔”で言いたかったが、目の前の作業は人形の仕上げに差し掛かっていた。
自己問答のような思考を巡らせながら、一晩中人形を作るのにもすっかり慣れてしまった。
人形というからには人の形をしてはいるが、しっかりと作りこまれているわけではない。
森や林に行けばすぐに拾ってこれそうな木材等で頭、胴体、手足をかたどっており、人形と言い張るのも苦しい、かろうじで人の形をした何かでしかない。
今作成中のものも、足の長さ、手の長さが不揃いで、不格好だ。
そもそも、あの世界の人形がどのようにして作られていたかも知らず、有り合わせの材料しかないのだから致し方ないだろう。
だが、操作するための魔術回路を作成するのはこの世界ならではであるといえる。人形を意のままに操るために、各パーツに神経を創造するような作業といえばいいだろうか。
最近はこれを一晩で三回、つまり三体の人形を作っていた。手持ちの材料が尽きたので、今の時点で作成できるのはこの人形で最後だ。
日々の習慣の効用とは偉大なもので、毎日こつこつと作り上げた人形はもうすぐ100体となる。
始めた当初は一晩に一体もできなかったのだから、成長したと自画自賛したいものだ。
そんな自己陶酔に浸りながら、布団の塊へ語りかけた。
「今日が領主様に会いに行く日だったか?」
「そうよ。めかしこんで領主様の館に昼の12時のお約束」
面倒そうな響きが含まれるのは、着飾るのが相当にお気に召さないのだろう。
この女、動きにくい服装を親の仇のように嫌っている。もともと世界中を放浪していたせいもあるだろうが、寒さは外套でしのぐたちらしい。
寝るときも、下着以外は脱がないと落ち着かないと以前言っていたのを記憶している。
「自分で手配しておいて、面倒がるとは相当な困ったちゃんだな」
「手間や面倒を買うのは豊かさの証なの。…そういいたいとこだけど、さすがにあのボロじゃ失礼だし」
暖房器具の傍にかけてある、これまでの旅路を共にしてきた外套へ哀愁の目を向けながら 、自嘲したように続ける。
「恩を売りたい人に売らせるのも、懐の深さの演出なのよ」
宿に始まり、食事に送迎、服、面会の約束に至るまで”領主様に会いに来た”その一言で整えられるのだ。
断るまでもないが、決して猫一匹に対してではない。
英傑の傍にユキカゼは舞う、そう謳われる一族がいる。智謀、それただ一つをもって英傑に仕え、歴史に名を遺すユキカゼの一族。
特徴は白い髪、そしてユキカゼ一族のみに使うことが許された白百合の紋章魔術。
その二つを見た住民は、神が訪れたに等しかったに違いない。
その神が領主、つまり自らの主に会いたいというのだ。否が応でも期待をし、もてなしてくれる。
どのような用件か言わずに笑みをたたえる、この女の性悪なことこの上なし。
「そうして信仰を受ける私は神様なのだ、ぐぅはは」
わざとらしい笑いと、ニヤケ顔でうそぶき『光あれ』と挿した指を、こちらから暖房器具へ移していく様にはあきれ果てるしかない。
ユキカゼへあてがわれた部屋の居候としては、反論するよりも従う方が波風が立たない。
前足から糸を伸ばし、暖房器具へ魔素を流し込み始めると、魔術回路に流れ込む魔素により、頼りなさげであった光も頼もしいものへと変化していった。
不平不満を笑い話にできなければ、何も言わないのが吉である。
なにより、女性のわがままを何も言わず笑って許してやるのが、大人の対応というものであろう。
「じゃあ、部屋が暖かくなるまで寝るから」
「なっ、朝から準備を手伝う約束だろう!?」
だが、モノ申すこともある。
「君のように毛皮がない生き物には、寒すぎる!この国寒すぎるのよ!!」
「それは貴様が半裸で寝ているからだろう」
「お願い!あと一時間~」
「そうやって半日寝たやつを信用できるか!」
新たに前足から伸ばした糸を駆使して布団を剥ぎ取りにかかるが、暖房器具へ接続しているのを完全に失念していた。
あまりにも過剰な魔素を注がれ、唸りを上げつつ全力を超えて稼働を始める暖房魔術器具は、魔術回路が作動する快音とともに周囲に熱を撒き散らす。
その熱は傍にかけられた外套を灯し、薄暗い部屋を明るくするのであった。
「……どうだ明るくなったろう?」
燃え盛る外套を前に声の震えは隠せない。
「いやーーーーー!!!!!わ、た、し、のコート!!」
叫び声とともにくるまっていた布団をもって火を消しにかかるが、旅の友であった外套はすでにボロ布とかしていた。
「ユキカゼ様、どうなされました!?」
叫び声を聞いて駆け込んできた女主人も血相を変えている。
下着姿の女が、泣き顔で焦げた布へすがりつく様はまさしくシュールであろう。
「猫が…、猫が私のマントを……。ニーーーーーーック!!!」
恨み言を背に、黒猫は風よりも速く外へと駆けた。神の怒りを恐れたわけではない。
きっと、どこかの英雄譚も切り取る場所によってはこんな始まりになるだろう。
常に輝かしい英雄譚など、ありはしないのだから。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました!!
行間を開ける方が読みやすかったりしますか?